第十一話 「ごめんなさい」
翌日から俺は退屈を感じる間もなく、ピアノ、流架とのゲーム、対病魔戦をこなした。
ピアノの勘を取り戻すには、あと三日はかかりそうだ。昨日よりはいいが、同じところでミスる。少し早い曲を弾くと、テンポをキープできない。重症だぜ、こりゃ。
昼食後、流架とゲームをする。FPSだけでなく、俺がやったことのある格闘対戦ゲームやレースゲームもやった。しかし、流架はどのゲームも極めていて、俺が勝利することはなかった。
「なあ、お前がまだやったことのないゲームしねえか?」
「いいですけど、僕、初見でもすぐコツつかみますよ。今までたくさんのゲームをしてきたので、パターンが見えちゃうんです」
流架はそう言いながら、俺のプレイヤーキャラに連続コンボを決めていた。
「なら戦闘医になれば、お前、強いかもな。病魔の攻撃パターンを見破れば無敵じゃねえか。レベル上げだって好きだろ? 戦闘医なら上限なしだぜ」
ゲームで勝てない以上、俺が勝てる土俵に引きずり込んでやるぜ。乗ってこい、馬鹿。
「一考の余地、ありですね。考えておきます」
流架と遊んだ後は、雑魚病魔をぶっ倒す。鎌鼬対策で速さと動体視力は上がったので、その他のパラメーター、攻撃力と防御力を高めるまんじゅうを落とす病魔と戦う。
十七時頃、おっさんから電話があった。
「鉄也君、診察の時間だよー。忘れてたでしょ」
「まじか。すぐいく」
診察室に走って行き、時間に遅れたことを謝る。こういうとき、おっさんは笑うだけで、責めたり注意したりしない。
「もうプロの戦闘医になった?」
おっさんが聴診器を俺の胸に当てる。
「おかげさまでな。まあ、初菜やキスシアに比べたら、まだまだだけどな」
「自分の体調と相談しながらやるんだよ。君は病人なんだから」
といっても、俺の症状はまだ比較的軽い。動悸やめまいはよくあるが、吐き気や発熱は滅多にない。
「血、取らせてもらうね」
おっさんが看護師に採血を命じた。
「昨日と今日、流架君と遊んでくれたんだってね」
「情報が早いな。そうだ。訊きたいことがあったんだ。子供でも戦闘医になれるか? 俺、流架を誘っちまってよ」
注射針が腕に沈んでいく。刺さった瞬間だけ痛い。
「問題ないよ。流架君が戦闘医になれば、きっと強いだろうね」
「だろ。俺もあいつのゲームスキルには一目置いてるんだ」
おっさんが唇を噛んで、何度も小さく頷いた。
「何だよ? 何か問題あるのかよ?」
「流架君は戦闘医にならないと思うよ」
「どうしてだよ」
「以前、僕も流架君に戦闘医になるよう言ったんだ。そしたら、嫌だって」
腕の痛みと共に注射針が抜けて行った。
「嫌? 理由は?」
「どうせ死ぬから、戦闘医として強くなっても無駄だって言ってね」
「死ぬ? 誰が?」
おっさんは黙ってしまった。けれど、沈黙から答えを推測できた。
「流架が死ぬのかよ」
「流架君、小児癌なんだ」
小児癌についての知識がない俺は、癌という言葉だけで身構えてしまう。
「やばいのかよ?」
「小児癌自体は、もはや不治の病じゃない。むしろ、成人の癌に比べて、治る確率は高い」
「一般論訊いてるんじゃねえんだよ。流架はどうなんだ?」
「脳に腫瘍ができてる。もう長くはないだろう」
俺と遊んでいる時、流架は苦しそうな素振りなんて見せなかった。俺はCTスキャンじゃねえから、脳に腫瘍があっても気づけねえよ。くそったれ。
「小児癌の病魔はAクラスか?」
「Aの上、Sクラスの強さだよ」
俺じゃ、無理か。
「初菜なら倒せるか?」
「初菜ちゃんが全力を出せれば、倒せないことはないと思う」
「はっきりしないな」
「僕は医者だからね。楽天的予想を押しつけるわけにはいかないよ」
俺はうなずく。おっさんは俺に対しても、「助かる」とか「治る」とか言ったことがなかった。
診察が終わった後、購買でメロンパンを買ってから初菜の病室を訪ねた。
「何?」
初菜の第一声はいつもこれだ。しかも、吐瀉物を見るような目つき。
「ほら、これ」
「ん」
初菜はメロンパンだけ受け取って、戸を閉めようとした。俺は当然、足を入れてブロックする。
「何?」
「お前、小児癌の病魔を倒せるか?」
「小児癌って範囲、広過ぎ。患者によっても病気の進行度は違うの。つまり、患者ごとに病魔の強さにもムラがある。もっと詳しく言いなさい。白血病? 脳腫瘍? 悪性リンパ種? 神経芽種?」
「脳腫瘍だよ。かなりやばめの」
初菜は唇を噛んで、俺を睨んだ。何だよ、やんのか。
「一回で勝てるかは分からない。三回挑戦させてくれたら、確実に殺れる」
倒せない敵ではないみたいだ。おっさんの見立て通りか。
「頼む。流架を助けてやってくれ」
俺は頭を下げた。
「無理よ」
予想してなかった答えに、俺は顔を上げた。
「なんでだよ? お前、さっき、確実に殺れるって言ったじゃねえか」
初菜は視線を斜め下に飛ばした。
「順番があるの」
「意味わかんねえよ。分かるように言いやがれ」
「私は強いから、治療依頼もたくさん来るの。一日、千件以上。いつ死んでもおかしくない重病の人ばかりよ。誰もが一刻も早く治療を受けたいと思っている。だから、一人を特別扱いするわけにはいかない。流架君の病魔を倒すのは、今抱えている治療依頼を全て片付けた後になる」
反論の言葉が出てこなかった。初菜は正しい、と俺もどこかで感じている。
初菜が室内の時計に目をやった。
「六月十五日、十五時四十三分、流架君の治療依頼、確かに受け取ったわ。あと」
言葉を切って、一拍置いた。
「ごめんなさい」
「お前が謝る必要ねえよ。俺の方こそ、無理言って悪かった」
俺は踵を返す。首だけ振り向いて、初菜に言う。
「お前、強いからってあんまり無理するなよ。適度に休憩とか息抜きしろ」
初菜は口を開けて、俺を見た。隙のある表情は一瞬で消え、目に力がこもる。
「余計なお世話だから」
「ちっ。かわいくねーな」
またビンタが飛んできそうだったので、俺は急いで自分の病室に逃げた。




