第十話 「リベンジマッチ」
「夕食の時間ですよ」
看護師の声がした。ヘルメットを取ると、目の前に病院食があった。
「適度に休憩してください。いいですか?」
俺はうなずいて、看護師が出て行くのを見届けると、ヘルメットをかぶり直した。連勝記録を確認すると、八十を超えていた。俺はいつの間にか、アマチュアからプロの戦闘医になっていたのだ。メールボックスを確認すると、戦闘医師会から通知が届いていた。どうでもいいので、読み飛ばす。
Bランクの病魔と戦うには、最低五十連勝は必要と初菜は言った。充分、条件は満たしているだろう。俺は掲示板で患者を探し、リベンジマッチをとりつけた。
鎌鼬が出現したとき、俺にはおしゃべりする余裕があった。
「よお。会いたかったぜ」
鎌鼬が高くジャンプしたのが見えた。空中でもジャンプを繰り返し、縦横無尽にフィールドを翔ける。鎌鼬の輪郭がぶれるが、目で追えない速さじゃない。それに、最悪、目で追わなくてもいいのだ。耳で聞けばいい。
風の音がした。
後ろ。俺は体を捻りながら、鉄バットをスイングする。鎌鼬は両手の鎌でガードしたが、俺のバットはガードごと鎌鼬を吹っ飛ばす。地面を蹴って、追撃する。が、鎌鼬はすでに伸びていた。
You Winの文字が空中に浮かんだ。
鎌鼬はまんじゅうを二つ落とした。色は青と緑。一度に複数まんじゅうを落とす病魔は初めてだ。俺は手を合わせてから、二つのまんじゅうを交互に頬張った。
アバターがまんじゅうを食べても、当然、俺の腹は満たされない。俺は急に空腹を感じ始めて、ヘルメットを脱ぎ、目の前の食事にありついた。味の薄い病院食が妙においしい。まったく、人間てのは単純だ。
食事の後、俺は隣室へ出向いた。初菜に礼を言わねばならないだろう。いざ面と向かって言おうとすると、気恥ずかしいぜ。でも、メールで言うのは、違うよな。
ノックすると、初菜が出てきた。猫の足跡が模様になっているパジャマを着ている。顔はいつも通り、肌が白くて、目と髪が夜みたいに黒い。
「何?」
「動画、見たぜ」
「だから何?」
俺は頭の後ろを掻く。ええい。言ってしまえ。
「お前のおかげで鎌鼬に勝てた。ありがとよ」
初菜が若干、目線を下げた。頬の色が白から薄いピンク色に変わっていく。
俺は顎を上げて、初菜を見下ろしていた。逃げたいときほど、強気な姿勢をとるべきだ。ハッタリは喧嘩の基本だ。
「メロンパン」
初菜が呟いた。
「は?」
「メロンパン。今度でいいから買ってきて」
それだけ言うと、初菜は戸を閉めた。
「わーったよ」
戸を一枚隔てたその先に俺は叫び、自分の病室に帰った。そう言えば、初めて初菜に会った時もメロンパンを食っていた。好きなのか。




