第九話 「何連勝中?」
俺は初菜探しを再開した。廊下にも屋上にもホールにもいないので、看護師に初菜の病室は何号室か尋ねた。が、駄目だった。プライベートや個人情報がどうのこうの言って、教えてくれない。
内科の診察室に行き、おっさんに尋ねる。
「初菜ちゃんも個室だから近くだと思うよ。今、確認するね」
おっさんはマウスを操作して、初菜の電子カルテを画面に出した。
「204号室だ。あれ? もしかして」
「俺の部屋の隣じゃねえか」
随分、遠回りしたもんだぜ。俺は急いで204号室へ向かった。
引き戸の前で立ち止まり、二、三回、ノックする。先日の悲劇を繰り返してはならない。初菜のビンタをくらうのは、二度とごめんだ。
戸が動いて、隙間から初菜が顔を出した。黒目が俺を捉えた瞬間、戸が閉まり始めた。
「待てよ」
俺は足を出して、戸が閉まるのを防ぐ。
「何?」
「用があるんだよ」
「私は用、ないから」
そう言って、初菜は、戸を食い止めている俺の足を斜め上から踏んで、外へ出そうとする。戸を閉める力も強まっていく。
「Bランクの病魔に勝てないんだよ。どうすりゃいい? 教えてくれ。頼む」
と叫ぶと、初菜は戸を全開にして俺を見据えた。薄い唇が一層引き絞られて、開いた。
「何の病魔?」
「気管支喘息。鎌鼬みたいな奴だよ」
「速いだけの敵じゃない」
「敵の動きについていけないんだ。どうすればいい?」
初菜が顎に手を当てた。対策を考えてくれているみたいだ。
「考えたんだけど、あなたが弱いだけじゃないの?」
「何だと?」
「今、何連勝中?」
「二十」
「話にならない。Bランクの病魔と戦うなら、最低五十連勝は必要よ。アマチュアが気管支喘息に挑むなんて勘違いも甚だしい」
俺は大きく息を吐いた。落ち着け。キレてはいけない。
「こんなつまらないことで、私を呼び出さないで」
初菜が戸を閉める。
「待ちやがれ。どうすれば強くなれる?」
「病魔を倒しなさい」
「雑魚を倒せってんだろ。でも、それ、まどろっこしいんだわ。もっと裏技みたいな、すぐ強くなれる方法ねえのかよ」
甲高い音が廊下に響いた。俺は頬をひっぱたかれていた。
「あるわけないでしょ。誰だって最初は弱い。でも、地道に、目の前の病魔を倒して強くなるのよ。あなたの今の発言は、全ての戦闘医に対する侮辱よ」
俺は頬をさすりながら言う。
「悪い」
「悪いと思うなら、一体でも多く病魔を倒しなさい」
音を立てて戸が閉まった。
病室に戻り、回復の終わったアバターを使って、C、Dランクの病魔を倒しまくる。半ばやけくそだった。強くなるには、病魔を倒すしかない。どんな雑魚だろうと、まんじゅうは落とす。まんじゅうの効能は病魔の強さと比例しているから、強い病魔を倒した方が一気に成長できるけれど、倒せないなら仕方がない。少しずつ強くなるしかない。
連勝記録が三十五になったところで、メールが届いた。おっさんからだった。
――初菜ちゃんからだよ。
本文はそれだけで、動画ファイルが添付されていた。俺は眉をひそめながら、動画を開いた。
電脳フィールドに初菜が立っている。前にテレビで見たときと同じ着物だ。どうやら、病魔との戦闘記録を送ってよこしたらしい。
出てきた敵は、鎌鼬、気管支喘息の病魔だった。初菜が日本刀を抜いた。一秒もしない内に鎌鼬が初菜の背後をとった。が、攻撃はせず、後ろへ退き、フィールドを駆け回り始めた。初菜は一歩も動かず前だけを見ている。鎌鼬は初菜に近づいては離れてを繰り返す。
どうして攻撃しない? 俺の疑問に画面の中の初菜が答えた。
「私が殺気を放っているからよ。今から殺気を解く。まばたきせずに見てなさい」
初菜の肩が微妙に下がった瞬間、鎌鼬が襲いかかった。右方向からの攻撃に初菜は片腕のみ動かして刀をふるう。刀が鎌鼬の胴体を真っ二つに裂いた。
「鎌鼬の防御力は低いから、攻撃を当ててしまえば勝てる。攻撃を当てるには、速さと動体視力を高めること。青色や緑色のまんじゅうを落とす病魔と戦いなさい。あと、鎌鼬の攻撃の前には必ず風の音が聞こえる。音がした方向から攻撃が来るから、注意しなさい。以上」
そこで動画は終わった。初菜は明らかに俺に向けて話していた。気管支喘息攻略の具体的なアドバイスをくれたのだ。
俺は初菜の指示に従い、青色と緑色のまんじゅうを落とす病魔と戦い、速さと動体視力を上げた。今日中に鎌鼬を倒してやる。




