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 口元に手を添えながら心の底から笑っている様子のネールに、今度はアスレイの方が驚き、あんぐりと口を開けてしまう。


「俺何か可笑しなこと言った?」


 彼は目を丸くさせながら思わずそうケビンに尋ねる。


「まあ…確かに充分可笑しなことは言ったが…」


 そう返したケビンだったが。そもそも、こんなにも大きな声で笑ったパーシバル―――ネールの姿では初めて見たかもしれないと、ケビンの方がアスレイ以上に動揺を隠せないでいた。


「いや、すまない…君があまりにも私の想像以上だったものでな…」


 未だ笑みを浮かべたままのネールはそう言うと咳払いを一つ漏らし、気を取り直して言った。


「悪いが私は弟子を取るつもりはない。魔道士を目指したいならば、まずは王都に行き魔道士の学問所へ入学した方が早い。君の実力的にもその方が適しているからな」


 淡々といつもの口振りで断るネール。

 突き放す言い方だが、アスレイとしてはそう返されるだろうと思っていたため驚きはない。


「やっぱ弟子入りはダメか…良い考えだと思ったのにな」


 それどころか彼は思案顔を浮かべながら次の算段を練っているほどだ。

 すると何か閃いたのか、突然目を見開いたアスレイはケビンへと視線を移す。

 嫌な予感に冷や汗を滲ませるケビン。


「じゃあケビンの弟子には―――」

「却下だ」

「えー…」


 即答の否定にあからさまな落胆の声を出すアスレイ。

 吐息を洩らし、ケビンは額を押さえたまま口を開く。


「俺たちはまだ弟子を取るような年でも実力者でもないし、ましてや重要な任の下動いている身だ。弟子を取って指導してやる余裕はないんだ」


 ケビンの言葉にアスレイは納得しているようであったが、妙案を論破されてしまったことで少なからず悔しそうに顔を顰めていた。

 何かしら慰めの言葉でもかけてやるべきか。ケビンがそう考えていた、そのときだ。


「―――弟子は取らない。が、私たちの旅に同行して技を盗み、得た知識が一人前のものとなった暁には…『魔道士』の許可をやろう」


 その言葉を聞いた直後、アスレイとケビンは目を大きくする。

 つまりは『弟子』ではなく、『旅の仲間』としての同行は許す。

 と、いうことだった。


「本当に良いの?」

「ああ、問題ない」


 本当にコイツはと、頭を抱え呆気に取られているケビンと、歓喜に拳を高々と突きあげるアスレイ。

 そんな二人を後目にネールは踵を返すと、まるで何事もなかったかのように再び歩き出していく。

 変わらず冷淡な彼の後ろ背へ、アスレイは深く腰を折り曲げた。


「ありがとう!!」


 アスレイにとっては弟子であれ、旅の同行者であれ。憧れの人物と共に旅が出来るということは、この上ない感激であり、光栄であった。

 だが、それは決して楽しい道のりではないということも重々承知しており、覚悟も出来ていた。

 故にアスレイの足取りは軽くとも、その口元は堅く強く結ばれている。彼はネールを一心に見つめ、その後を追いかけていく。




 その一方で、一人とり残されていたケビンは人知れず深い深いため息を吐き出し、誰に言うわけでもない愚痴をポツリとぼやいた。


「…結局、同行は許可するつもりだったんだろうに……全く。日頃は歯に衣着ぬ物言いのくせに、こういうときは回りくどい言い方で頭を悩ませてくれる…」


 ネールの背中を睨みながらそう呟くが、当然本人の耳に届くことはなく。

 もう一つため息を零した後、彼もまた二人の後を追いかけるべく歩き出した。









「ああ、そういえば!」


 山道を進むその最中。

 突然思い出したように声を出すアスレイ。

 だが、彼の驚きにも近い声にネールたちは足を止めることなく。歩き続けたまま、いつもと同じ淡々とした口調で尋ねた。


「どうした…?」


 と、アスレイは突如駆け足でネールの前へと回り込み、それから自身の手を差し出して見せた。


「そう言えば…今までちゃんとした自己紹介してなかったって思ってさ」

「そうだったか…?」


 確かにアスレイの言う通り、周囲が互いの名前を呼んでいたこともあってか、これまでちゃんとした紹介はしていなかった。

 アスレイの差し出した手を見つめつつ、ネールは足を止める。

 が、(ネール)は直ぐに手を出し返すことはなく。代わりに苦笑を浮かべて答えた。


ネールの姿(今の私)で良いのか?」

「当たり前だろ。どんな見た目でもパーシバルはパーシバルだよ」


 当然といった顔で笑うアスレイに、ネールは一瞬だけ目を見開く。しかし直ぐにいつもの冷静な表情に戻ると、僅かに笑みを見せて自身の手を差し出した。


「俺はアスレイ・ブロート。よろしく」

「パーシバル・スヴェインだ。今はネールと呼んで貰えるとありがたい」

「わかった。よろしく、ネール」


 ネールの手がしっかりと、アスレイの掌と重なる。

 そのしなやかで細い女性の掌が、まさか天才魔槍士()のものと到底思えるわけもない。

 だがしかし。交えた握手は間違いなく憧れであり、いつかは超えたい相手の―――パーシバルのものなのだと。アスレイは喜びをかみしめながら(ネール)の手を握り締める。




 これでようやく、一つ。

 大切な『幼馴染(彼女)』との目的は達成出来た。

 ならば今度は、自分の目標を叶える番だ。

 パーシバル()に自身の力量を見せつけて、そして仲間として認められるようになりたい。

 それが次の目標だ。と、アスレイは交わした掌を強く握り締めて歩き出す。


「早くしろ、置いていくぞ」

「ああ、待ってよ」


 青く、蒼く広がる空の下。三人旅となったアスレイたちは深緑色の山へと進んでいった。







 ―――これは、夢追う少年と天才魔槍士と謳われた英雄の出会い、そして別れまでを描く物語だ―――

 







  ~ 黄昏の魔女と深緑の魔槍士編  完 ~







   

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