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その後。一旦自宅へ戻ったルーテルはこの日の仕事を休み、着替えた後すぐさまこの病院へ直行し、そして現在に至ったというわけだった。
一通りの経緯を説明し終えたルーテル。そんな彼女を見つめ、ファリナは笑みを浮かべながら言った。
「じゃあ私も、その彼にお礼を言わないと…こうしてルーテルと再会させてくれたんだから…」
すると、ルーテルはそれまでの穏やかだった表情を変えた。
彼女は静かに顔を俯かせ、ゆっくりとかぶりを振った。
「それが…もうこの町には居ないんだ」
「え…?」
哀しげとも取れる複雑な笑顔で、彼女は続けて語る。
「私も此処に一緒に来ればって誘ったんだけど、用事が出来たから直ぐに町を出なきゃいけないって言われてさ…やるだけやってさっさと町を出て行って、格好つけてさ、本当に大バカだよ」
ルーテルは深いため息を洩らす。
そんな彼女の様子を眺めるファリナはふふっと笑った。
「ルーテルのその顔…何だか恋して振られたって感じの顔みたい」
そう言われた直後。ルーテルは顔を真っ赤にし、ファリナを睨みつける。
「そんなことない、冗談でも言うな!」
強くかぶりを振りながら、病室であることも忘れて声を張り上げるルーテル。
しかしその一方でファリナはルーテルが見せた可愛らしい反応に笑いを止めない。
それから間もなく。騒がしい二人を叱りつけに来た看護師により病室は再びしんと静まり返る。
と同時に、これ以上の否定を叫ぶことが出来なくなってしまい、ルーテルは忌々しげにファリナを睨んだ。
だがその反面、ルーテルはファリナが心の底から笑っている姿を見て、心の底から嬉しく思っていた。
普段は無口である故に不愛想と思われがちだが、本来のファリナはこんなにも笑うのだ。
(こうして笑い合えるのも全部アスレイのおかげ。だなんてのは…口に出すのも恥ずかしいけど……認めてあげるよ、アンタのバカ純粋さに助けられたってさ)
アスレイが行動を起こしてくれたおかげで、こうして親友の笑顔にまた出会えた。彼がいなかったら未だ彼女の笑顔も見られなかったし、もしかすると永遠に会うことさえ出来なかったかもしれない。
そう思えば思うほど、ルーテルは心の中でアスレイに感謝する。
(本当にありがとう。アスレイ…けど、お人好しは程ほどにね)
此処にはいない彼への思いを胸に秘めながら。
ルーテルはその後、無事退院出来たファリナと共に一日中散歩をしたりカフェで会話をしたりして楽しんだ。
これまで失われていた親友の日常を取り戻してあげるかのように。
互いに笑い合い、ずっとずっと語り合っていた。
同刻。
キャンスケットの町から北へと進んだ奥地の道路。山岳地帯へと続く道。
嘗ては王都への最短ルートとして利用されていたが、現在はその崖沿いの険しい道のり故に利用者はほとんどいない。
そんな悪路を淡々と進んでいくケビンとパーシバル―――今はネールの身体に戻っているが―――二人の姿があった。
穏やかなあぜ道から傾斜の続く山路へと変わっていく道中、おもむろにケビンが口を開いた。
「このまま進んでも良かったのか?」
「…急にどうした」
意味深な言い回しをするケビンに、ネールは歩を進めながら聞き返す。
いつもの冷淡な様子の彼女を見つめつつケビンはため息を一つ零した後、答えた。
「夜も明ける前に出発などしなくとも、ローディア騎士隊が町に到着するのを待って報告してやってからでも遅くはなかったんじゃないかと思ってな」
歩幅の違うネールを気遣い、器用に一歩分遅く歩きながらケビンはその横顔へと視線を向ける。
汗一つ流さず正面を見つめ歩くネールは僅かに吐息を洩らし、言った。
「彼らの到着を待たずとも言伝は残してあるし、魔女が抵抗する様子もなかった。ならば後は衛兵の者たちに任せても問題はないだろう」
結果から見れば、キャンスケットの衛兵たちは今回の事件を見逃してしまっていたということとなる。
だがそれは決して職務怠慢であったからというわけではない。
むしろ彼らは生真面目なほどに職務を全うし、町から賊を守り続けていた。
そんな成果と信頼が黒幕であったティルダによって利用されただけであり、そうした点においては衛兵たちもまた被害者と言えた。
だからこそパーシバルは事件の責任を負ってもらうべく、衛兵たちに後を託した。
「それに…良くも悪くも噂の広まりが早い町だ。今頃私の事も噂になっている可能性が高いからな」
そう言って苦笑を浮かべるネールに釣られ、ケビンも「確かに」と頬を掻きながら呟き、苦笑する。
領主が連続失踪事件の黒幕だったという衝撃的なニュース。そしてそれを『天才魔槍士』が解決したとなれば、その噂が瞬く間に広まるだろうことは容易に想像できる。
おそらく今頃はその『天才魔槍士』を一目見ようと、衛兵の駐屯所や領主の館前に多数の野次馬が集まっているだろう。
この姿になる以前から人目につくことを得意としないパーシバルにとって、その状況はできる限り回避したかった。
つまり、ネールとしては『人が集まってくる前にさっさと其処から立ち去っておきたい』というのが本音だった。




