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 乱れた呼吸を整えるのも忘れ、頬を伝う汗もそのままに。

 ルーテルは目の前に現れたアスレイの傍へと駆け寄った。

 と、彼はやんわりと笑みを浮かべながら言った。


「どうしたんだルーテル。こんな場所にそんな格好で…?」


 ルーテルの心配を他所にきょとんとした様子のアスレイ。

 直後、彼女は彼の胸倉を勢いよく掴み上げた。


「それはこっちの台詞だ!」


 心配して損した。そう言いかけたが、そう言ってやるのも癪だと思い、ルーテルは口を閉ざす。

 と、そんな彼女の心情も知らず微笑むアスレイと視線が合い、彼女は慌てて胸倉から手を放した。怒りなのか焦りなのか、ルーテルの頬は自然と紅く染まっていく。


「…もう良い、帰る」


 アスレイがとりあえず無事と知れたルーテルは、徐々に冷静さを取り戻していった。

 そもそも事件について調べていたとは言え。部外者で一般人であるアスレイが事件の重要な情報―――ファリナについて知っているわけがない。

 事件を解決したのが天才魔槍士だというなら尚更、彼が事件に関わっているはずがない。

 その事実に気付いたルーテルは取り越し苦労であったと深いため息をついた。




 気付けば、このまま仕事場へ向かっても良い時間帯となっていた。

 だが寝間着姿で来てしまったため、ルーテルは仕方なく一度自宅へ帰ることにする。


(こんな取り越し苦労する嵌めになるなんて…コイツのことを考えたのがバカだったんだんだ…)


 そんな後悔の念を抱きながらルーテルは額の汗を拭う。

 取り戻した冷静さと羞恥心にもう一度ため息をつこうとした、そのときだった。


「待って。丁度良いところで会えて良かったよ」


 アスレイにそう呼び止められ、ルーテルは足を止めた。

 あからさまに憂うつげな表情と態度で振り返る彼女へ、アスレイは()()()()を取り出して手渡した。


「これ、受け取って」


 そう言って手渡したそれは、筒状に丸められた書状であった。

 一体これがなんなのか。何の意味があるのか。困惑顔を見せるルーテル。

 アスレイは微笑みを浮かべたまま答えた。


「これをキャンスケット中央病院の受付に見せれば、君の親友の部屋に案内してもらえるはずだから」


 直後、ルーテルは表情を変えた。

 それも当然だ。

 ()()()()と言えば、彼女の中で思い浮かぶ人物は一人しかいない。


「ファリナの? な、何、で……?」

「衛兵の人が用意してくれたんだ。それがあればちゃんと彼女の病室まで通してくれると思うから安心して―――」

「違う、何でアンタがこんなの持ってるのかって言ってんだッ!!」


 突然の怒声にアスレイは思わず口を閉ざす。

 街中が事件解決の影響で騒々しいとはいえ、早朝のしんとした空気にルーテルの声はよく響いた。

 まさかの怒号に目を丸くさせながらも、アスレイは至って落ち着いた様子で答える。


「詳しくは言えないけど…事件解決に手伝ったそのお礼…って言う感じかな」


 真っ直ぐで純粋な彼の双眸が、何一つ嘘は言っていないと語る。だが、アスレイはそれ以上何も語ろうとはしなかった。

 そこでルーテルは察した。先ほどの取り越し苦労な発想は、何も間違ってはいなかったのだと。

 でなければ、アスレイが事件解決に関与していなければ。こんな重要な書簡など手に入るはずがないのだ。

 

「言っただろ。必ず君の親友を助けるって」


 その瞬間。

 ルーテルの鼓動は大きく高鳴り、胸の奥が急速に熱くなっていった。

 彼女は顔を顰めながら更に叫ぶ。


「バカか! 事件を解決したのは町に来ていた天才魔槍士だって聞いた。つまりアンタが直接解決したわけじゃなかったんだろ…アンタがどうこうしなくても事件は解決したんだろ?


 受け取った書状を強く握り締めながら、ルーテルは空いている手でアスレイの肩口を強く掴む。

 怒りをぶつける彼女を、アスレイは黙って見つめた。


「カズマさんが襲われて、本物の魔女まで現れたって言う噂も聞いた! そんな状況でアンタみたいなのが…何が出来たって言うのさ…!?」


 徐々に俯かれるルーテルの顔、その紅くなる頬からは一筋の涙が伝う。


「何も出来なかったろうに…なのに、私の言葉なんか信じて……無茶するな!」


 強く掴んでいた手はゆっくりと剥がれ落ち、代わりに弱弱しくアスレイの肩口を叩く。

 溢れ出て止まらない涙をそのままに、彼女は言った。


「何かあったら…どうするの……バカ…!」

「バカって、他の人にも言われたよ。自覚はしてる」


 そう言って苦笑するアスレイ。


「心配かけてごめん。でも心配してくれてありがとう」


 次いで聞こえた感謝の言葉。

 ルーテルは顔を上げ、アスレイを見つめる。

 重なる瞳に思わず熱が上がり、ルーテルは慌ててまた顔を下した。


「ルーテルの言う通り、俺自身は直接活躍したわけじゃない。だけど、無茶してでも関わったおかげでルーテルが早く友達と会える。それだけ出来れば俺の役割は充分だよ」


 そう言ってアスレイは優しく彼女へ微笑み掛ける。

 ルーテルはそんな彼の笑顔は見ずに俯いたまま、先ほどまでとは違う、至極小さな声で言った。


「―――ファリナと会えるようにしてくれて、ありがとう…」


 彼女から聞いたその言葉は、アスレイにとって何よりも重要で重大な、嬉しい言葉であった。

 熱くなっていく目頭を堪え、溢れ出そうな感情を抑えながら、アスレイはもう一度笑って答えた。


「こちらこそ、どういたしまして」








   

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