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「―――ところで、どうして此処に居るってわかったの? そもそも病院は衛兵たち以外立入禁止だって聞いてたのに…」
ある程度泣いて落ち着いたところで、ファリナはふと抱いた疑問を投げかけた。
それは最もな疑問であった。
仮に街で事件の真相や噂を耳にし此処までやって来たとしても、部外者であるルーテルがこうして病室に入ること自体到底無理な話。
と、質問をされたルーテルは一瞬きょとんとした顔を見せた後、直ぐに破願をする。それもいつもクールである彼女からは絶対に見られないような、穏やで優しい笑顔で。ファリナの方が思わず驚いてしまうほどだった。
「それはさ……仕事仲間の、アスレイがさ…」
ルーテルのはにかんでいるその様子は、どこか照れ隠しのようにも、喜びを噛みしめているようにも見えた。
「アスレイって…あのヘンに賑やかだった人…?」
ファリナは思案顔を浮かべ、うろ覚えの記憶からその人物を思い起こす。
どこにでもいるような、ごくごく普通の明るい青年だとファリナの記憶は語っている。
ではそんな一般人の名が、何故この場に出てくるのか。ファリナは余計に混乱してしまう。
顔を顰めた彼女に、ルーテルは此処に至るまでの経緯―――今朝起こったことを語り始めた。
それは夜も明けぬ早朝のことだった。
ルーテルはドアを叩く音で目が覚めた。
比較的早起きな方とはいえ、まだ起きるような時刻でもなく。
起こされた彼女は苛立ちを表情に表しながら、玄関戸を勢いよく開いた。
「うるさい、何ッ!?」
確認もせず開けるのは何とも不用心に見えるが。彼女はこの来客に心当たりがあった。
そもそもこんな時刻に尋ねてくる者など、一人くらいしか見当が付かなかったのだ。
「ぶあっ!! ……い、痛いです…ルーテルさん…」
案の定、扉の向こうにはリヤドの姿があった。
勢いよく開いたドアによって強打した額を撫でながら、彼はルーテルを見つめる。
「こんな時間に起こしたんだから当然の報いよ」
「だって、事件なんですよ!」
「事件…?」
物騒な言葉に顔を顰める彼女に、リヤドは「と言っても、事件はもう解決したんですけど…」と付け足す。
するとルーテルは更に眼つきを鋭くさせ、目の前の少年を睨みつけた。
「何で解決した事件のために…こんな早くに起こされなくちゃならないの…?」
ピリピリと肌から伝わってくる威圧感に、リヤドはこの時間帯を選んでしまったことにひどく後悔する。
が、そんな威圧にひるまず。彼は改めて言う。リヤドが伝えたい重要な点は、そこではないからだ。
「ち、違うんですよ! その事件って言うのは、失踪者がいたっていうあの事件…魔女のせいだって噂されていたあの騒動のことなんですよ!」
彼の言葉を聞いた直後、ルーテルの顔付きは一変する。
怒りに細められていた双眸を見開き、脳は瞬く間に鮮明になっていく。
それと同時に、彼女は居ても立っても居られなくなる。
「…まさか、解決…どうして…?」
「あの騒動って実は魔女のせいじゃなくて、領主様と山賊がグルでやってたみたいで。カズマさんが犠牲になったのも見せしめだったとかなんとかで…だからこんな早朝からもう町中大騒ぎになってるんですよ!」
口早にそう説明するリヤドの言葉は、残念ながらルーテルには半分程度しか届いておらず。
彼女は自分の思考を巡らせることに手一杯となっていた。
「じゃあ…ファリナは……どうなったの…?」
徐々にこの目で確かめずにはいられなくなり、爆発した彼女の感情は行動となって出てしまう。
次の瞬間。ルーテルはリヤドを押しのけ、部屋から飛び出した。
「え、ちょっとルーテルさん! 寝間着のままですよ!!」
そんな彼の忠告さえ、最早ルーテルの耳には入らなくなっていた。
失踪したと思われていたファリナは誘拐されていたのか。
山賊に捕まっていたのか。
今は何処にどうしているのか。
衛兵に助け出されたのか。
それとも―――この町から連れ出されてしまった後なのか。
もう二度と、会うことは出来ないのか。
様々な不安が過る中、ルーテルはそれを振り払うように無我夢中で走り続ける。
しかし、全く行く宛てもなく走っているわけではなく。ルーテルには心当たりがあった。
(アイツなら…何か知っているかもしれない…!)
この連続失踪を誰よりも事件だと信じていた彼。
自分の言葉を誰よりも受け止め、必死になってくれた彼。
しかしその頑なな想いが逆に鬱陶しくなってしまい、つい突き返してしまった―――あの彼ならば。
何か解っているのかもしれない。そう思ったのだ。
だがそれは確信や推察というよりは、一縷の願いに近かった。
『この事件を解決したのはあの伝説の天才魔槍士様らしい』
『しかも噂を聞きつけやって来た本物の黄昏誘う魔女までも退治したらしい』
ルーテルが走っている最中。同じく騒動を聞いて沸いて出て来た野次馬たちが、口々にそう叫んでいた。
そんな真相もデマも噂も流れてくる中で、彼の名が一切出てこなかった。誰も彼の名前を言わなかったからだった。
(どうして……アンタはこの事件を一番に調べてたんじゃないの…?)
活躍の一辺どころか名前さえ一切聞こえてこない状況に、ルーテルは別の不安を募らせた。
もしかしたらこの事件に巻き込まれ、負傷でもしてしまったのではないか。逆に連れ去られたのではないか。
そんな考えが浮かんでしまうからこそ、彼女は願わずにはいられない。
(お願いだから―――怪我もなく無事でいて…!!)
と、そう願いながら次の曲がり角を曲がったそのとき。
「ルーテル!!」
願っていた彼の声が、ルーテルの背後から聞こえてきた。
急いで足を止めた彼女は勢いよく振り返り、彼を見つめた。
「―――アスレイ…!」
その無事な姿を見つけるなり、ルーテルは顔を歪めながら彼の名を叫んだ。




