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「―――いいえ、まだ終わりではありません…終わってはいけませんッ!!」


 そう叫んだのは巫女だった。

 彼女はケビンによって乱れた胸元もそのままに。顔を覆っていたローブが撓もうとも構わずに。驚く部族たちの制止さえも振り切ってパーシバルのもとへと駆け出したのだ。

 しかし。彼女が駆けつけたそのときにはもう、パーシバルの身体は塵に等しい状態となっていた。

 思考は虚ろとなり、視界は白く染まり。風前に消えた後の灯火のようだとパーシバルは記憶している。

 目前で伸ばされた巫女の手を掴むことも、その意味を問うことさえもできないまま。

 パーシバルはそこで意識を手放した。








 目を覚ましたパーシバルは、淡い白とも黒ともとれない色彩の空間に居た。深い霧とも水中とも言えるその空間には彼以外、誰もいないようで。


「此処は……死後の世界というものか…」


 思わず独り事を呟く。

 しかし、その言葉から間もなくして、返答が彼方から聞こえてきた。


「―――いいえ、此処はそんな素敵な世界ではありません」


 パーシバルは声が聞こえてきた方へと振り返る。

 するとそこから、顔以外を白いローブに包んだ女性―――巫女がゆっくりと姿を見せた。彼がその言葉の意味を尋ねるよりも先に、彼女は話を続けた。


「此処は私の精神世界になります」

「精神世界…?」


 彼女の言葉だけでは流石のパーシバルも直ぐに理解出来なかった。

 が、これが非常識な現象だというならば、それが可能な御業は一つしかない。


「…これはまさか、君の禁術か」


 彼女は深く頷き、静かにその頭を覆うローブを取り払ってみせた。


「はい。マナタイム一族の巫女のみが代々受け継ぐ、禁術中の禁術です」


 そう説明しながら彼女は長く艶やかな黒髪を払い、その端正な顔立ちで微笑んでみせた。

 真っ直ぐに見つめる双眸は、強く引き込まれるような輝きを発していた。


「この禁術は…対象者の精神を私の精神内に取り込むことで、いざというときに私を依り代として対象者を召喚することが出来る…といったものです」

「つまり、私は君の禁術によって君の精神に取り込まれた、というわけか」


 巫女は頷き、続けて説明する。


「本来は魔槍士様のように命尽きる寸前の英傑や博識者たちを取り込んでその力をお借りするものなのですが…実を言うと使用したのは今回が初めてで緊張しました」


 そう言って巫女は苦笑を浮かべる。

 この禁術の利点は自身の精神内に取り込んだ猛者たちを、切り札として意のままに召喚出来ることにある。

 取り込まれた人間の絶命を防げる点も踏まえれば、一見素晴らしい術と言えた。

 ―――が、しかし。

 禁術と呼ばれるものには必ず、()()()という欠点がある。


「これだけの禁術ならば…相当な副作用があるだろう」

「はい」


 即答した彼女は深く頷きつつ、同時に複雑な顔を浮かべていた。





「この禁術による()()()と呼ばれるものは主に三つです」


 巫女はそのか細く白い指先を三本分出して、語る。


「一つは私と取り込まれた対象者―――魔槍士様の命は表裏一体となるため、私が死ねば魔槍士様も死ぬ…逆もまた然りということです」


 対象者はその力量・外見は変わらずに固定される一方で、患っていた病や怪我と言った類はリセットされ、健常者と変わらない状態になるのだという。

 だがそれは不死というわけではなく。召喚の際に受けた傷は巫女にも影響し、致命傷を受ければ両者共死に至ると彼女は話した。


「二つは対象者の召喚時間が限られているということ。この制限時間は私の魔力量で左右されてしまいます」


 そして三つ。そう言った直後、彼女は更にその表情を曇らせる。

 おそらくこの三つめこそが彼女にとって、最も酷な副作用になのだろうとパーシバルは推測した。

 彼女は僅かな躊躇いを見せた後、静かに重い口を開いた。


「……対象者の魔力量が私の魔力量を上回っていた場合…その立場は逆転する。つまり私は精神内に取り残されてしまい、代わりに魔槍士様が私の身体―――この器を操ることになってしまいます」


 彼女の言葉を聞いたパーシバルは、思わず顔を顰めた。





「―――要は…私の魔力量が大きすぎる故に、私が君の体を乗っ取ってしまうことになるのか…」

「はい」


 寸分違わぬ動きで、首を縦に振る巫女。

 だが先ほどよりもその動きは僅かに鈍く、悲しみを帯びているようにも見えた。


「でもご安心ください。私の魔力がある程度貯れば魔槍士様の身体も召喚出来る…元の身体に戻ることも可能です。貯まるまでかなりの日数が必要だしほんの僅かな時間だけかもしれませんが…」

「……何故その副作用を解っていてこのようなことをしたんだ? 今すぐ禁術を解除するんだ」


 彼女ならばどちらの魔力量が多いかなど、一目瞭然であっただろう。禁術を使えばこうなることも判っていたはずだった。


「いいえ」


 すると巫女はこれまでの不安そうな表情を拭い去るかのように、強くかぶりを振った。

 そしてパーシバルに微笑みを浮かべてみせ、言った。


「竜の呪いについて説明しなかった私にも負い目があります。それに…仲間の方が仰っていた通り、貴方のような方が此処で命を落とすにはまだ早いと感じたのです。だから、結果がこうなると解っていても、魔槍士様をお助けしようと思いました」


 今にも泣き出してしまいそうにも見える、彼女の切ない笑顔。

 彼女は決して生半可な―――成行きの覚悟で禁術を行ったわけではない。その決意を組み、パーシバルは静かに口を噤む。

 だがしかし、腑に落ちないところもあり彼は眉を顰めた。


「…だが…君の身体を奪ってまで生き永らえるなど…」

「私のことは気にしないで下さい。ただこの精神世界で眠りにつくだけのことですし、魔槍士様が喚んで下さればいつでも自分の肉体へ戻る(召喚する)事も可能ですので」


 パーシバル自身がこの禁術を勝手に解除する。という選択もなくはなかった。が、こうした高度な禁術の解除方法はとても繊細で、発動させた巫女本人にしかわからない。

 しかし当の彼女は術を解除するつもりは毛頭ないようで。

 健気で頑ななその覚悟に、パーシバルの方が折れるしかなかった。


「これからは一心同体です。魔槍士様の命は私の命も同じ…ですので、無茶なことはしないで下さい。絶対に、一人で危険な真似はしないで下さいね」


 そう言って見つめる眼差しは先ほどとは打って変わって穏やかで。しかしながら強かでもあり、複雑な人質を得てしまった感覚にパーシバルは思わず深いため息を洩らした。


「すまない……役目を果たしたそのときは、必ず君にこの身体を返すと誓おう」


 巫女の覚悟を受け止めたパーシバルもまた覚悟を決めると微笑を浮かべた。

 と、巫女はおもむろに自分の手を差し出した。


「自己紹介がまだでしたね…私はマナタイムの一族の巫女、名前はネールです」

「私は国王兵隊諜報部隊所属、パーシバル・スヴェインだ」


 そして二人は堅く、握手を交わしたのだった。







    

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