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ティルダの亡骸と手鏡を抱きしめながら、泣き続けるユリ。
アスレイはただただ黙ってそんな彼女の頭部を優しく撫で続ける。
と、二人の傍へと駆け寄って来るケビンに気付き、アスレイは声を掛けた。
「ケビン」
「アスレイ。彼女のことは俺に任せておけ。お前は―――」
駆け寄りつつそう言ったケビンは、自身の背後の方を一瞥する。
その視線が何を意味しているのか。
誰が待っているのか。
アスレイは直ぐに理解出来た。
「けど…」
未だ泣き止まないでいるユリを置いていくことに、アスレイは戸惑う。
が、ケビンは軽くため息交じりに渋っているアスレイの腕を引っ張った。
「いいから、行ってこい」
そう言ってアスレイの背中を力強く叩くケビン。
思いがけない一発に呻き声を出すアスレイだったが、同時にそこから、何処か焦りにも近いものを感じた。
アスレイはそれ以上何も言わず。促されるまま、彼の―――天才魔槍士のもとへと向かった。
「……あの」
駆け寄ったは良いものの、どう声を掛ければ良いのやら。
アスレイは天才魔槍士へ恐る恐る口を開く。
待っていた様子の天才魔槍士は真っ直ぐにアスレイを見つめている。
ずっと会いたいと願っていた偉人。改めて見る天才魔槍士はアスレイよりも頭一つと出た長身で、外見の特徴を見てもネールとは兄妹とも思えないほど全くの別人だ。
しかし、初対面であるはずなのに不思議とそこまでの緊張感はなかった。
「えっと、その……天才魔槍士様、は―――」
「その呼称は好きではない。名前で呼んでくれて構わない」
そう言って爽やかな微笑みを浮かべるパーシバル。
やはり見た目は違えどその雰囲気はネールのそれと変わらず。安堵にも似た吐息を洩らしたアスレイもまた、笑みを浮かべて返した。
「それじゃあ……パーシバル」
とはいえ、憧れの人物の名前を呼ぶのは流石に緊張すると、アスレイの胸は自然と高揚していく。手から滲み出る汗を感じ、思わず胸元でそれを拭った。
「―――君には私とネールについて…この副作用について話しておこうと思う」
思わぬ言葉にアスレイは目を丸くした。
「ちょ、ちょっと待って。それって俺が聞いちゃっても良いの? だって深い事情というか…他言しちゃいけないようなことなんじゃ…?」
「ああ、他言無用の話しだ。が、この事情自体は任務と一切関係のない…私情由縁のものだからな。君に話すこと事態は何ら問題ない」
てっきり任務の都合上や知名度が高すぎて身を隠すため、そうした変装をしているのだろうと勝手に予想していたアスレイ。
そもそも、あの変身自体が副作用―――つまりは禁術によるものだという事実に驚きを隠せないでいる。
と、あからさまに狼狽えているアスレイへ、パーシバルは苦笑にも近い微笑を見せながら言葉を続けた。
「魔女と渡り合うだろうと推測していたときから、この姿に戻る他手段はないと思っていた。だから…君に目撃されることも承知の上だ。君が気に掛ける必要はない。それに……この光景を目撃したまま事情も知らされないまま、というのは流石に酷だろう」
確かに、『少女から天才魔槍士へ変身』なんて。誰だってその事情が気になってしまうだろう。
憧れを抱いている者ならば、尚更のこと。気が気ではなくなる。
「それは、確かに」
抱えていた頭を解きながら、アスレイもまた苦笑を浮かべてそう言った。
「それじゃあ聞くけど…パーシバルはどうしてあの姿―――ネールの姿になっていたんだ? そもそも器とか借りているとか言っていたってことは、つまりあのネールは、元々は別の人だってことなんだよね?」
早速アスレイは、彼なりの推測を織り交ぜながら尋ねる。
するとパーシバルは静かに頷き返し、口を開く。
「ああ…結論から言うと、私は彼女の禁術―――その副作用によって、今こうして生き永らえている」
『生き永らえている』。
その言葉に何処か不穏な予感を抱き、アスレイは無意識に顔を強張らせる。
彼のそんな僅かな反応を横目に、パーシバルは語り始めた。
「―――事は半年ほど前に遡る」
「半年前…」
それは丁度、天才魔槍士の活躍を聞かなくなり始めた頃のことだとアスレイは思い返す。
行方不明説、死亡説など良からぬ憶測を立てる者も中にはいたが、大抵の人々は『天才魔槍士』だから何処かで今も活躍しているのだろう。そういうものなのだろうと、安易に受け止めていた。
それはアスレイも同じで、だから彼は天才魔槍士は今も何処かで人知れず活躍しているに違いないと思い込んで旅をしていた。
「私とケビンは国王から受けていた密命の下、大陸南方の霊峰マナタ山を登頂していた」
「霊峰マナタ?」
肯定に頷くパーシバル。
霊峰マナタは大陸最高峰の山であり、神が眠る山、幻の巨獣が眠る等、数々の伝奇が残されている神聖な山だ。
「もしかして密命って…まさか、伝説の調査だったのか?」
するとパーシバルは小さく苦笑を浮かべ、返す。
「いや、違う。密命について詳細な説明は出来ないが…君には以前、軽く話していたと思うが」
彼の言葉に暫くと首を傾げた後、アスレイは思い出し顔を上げる。
「あっ、人探しか」
パーシバル―――ネールの姿をしていた頃、彼は言っていた。
とある人物に頼まれロエンという男を探している、と。
あのときはその『とある人物』についても『ロエン』という男についても詳しくは語ってくれなかった。が、その『とある人物』が『国王』だったならば、確かにそう簡単に話せる内容ではないと、アスレイは察する。
「私とケビンはその道中、霊峰マナタ山奥のとある部落に辿り着いた。そしてそこにいた部族の巫女からある頼み事をされた」
それは、『この大陸を滅亡させうる怪物が封印から復活しようとしている。だから、その怪物を退治してくれないか』というものだった。
「……って、唐突にまた凄い名前が挙がって来た気がするけど…」
下したばかりの手で再度頭を抱えてしまいそうになるアスレイ。
伝説と言われていた怪物が実際に居たということも、大陸を滅亡しうるようなその存在で復活しようとしていることも、それを退治しろと突然頼まれたことも。今は突っ込んではいけないのだろうと抑えつつ。アスレイは別の質問をする。
「…それって、パーシバルが天才魔槍士だって知っていたから頼んだってこと?」
「いや、巫女を含め部族の者たちは当初、私の正体には気付かずに頼んだらしい」
それはつまり、『天才魔槍士』という肩書きとは関係なく、偶々訪ね来た旅人に頼み事をしたということになる。
では何故、巫女は突然パーシバルにそんな驚愕の頼み事をしたのか。
パーシバルは冷静な口振りで答える。
「神託。彼女はそう言っていた」
巫女たちの部族は代々、霊峰マナタに封印されているという怪物を監視し続けていた。
が、先日。巫女はある神託―――予知夢を見たのだという。
「それが…封印されている怪物の復活…?」
「ああ。伝説によるとその怪物が目覚めれば、大陸は十日のうちにして焦土と化し滅びるのだそうだ」
「十日で大陸が、滅びる」
アスレイは人知れず息を吞み込む。
言葉に出すのは至極簡単なことであるが、それを想像することはアスレイにはとても出来そうもない。否、したくもないものであった。
勿論、それがデマカセや虚言かもしれない。騙そうとしているのではという疑心もパーシバルたちにはあった。
が、しかし。神が眠ると伝えられる霊峰に住まう部族たちがそのような虚言を吐くとは思えない。そう推察したパーシバルは巫女たちの話しを信じることにしたのだという。
「けど…復活が本当だったとしても、簡単に何とか出来る話じゃない。大問題じゃないか」
「…ああ、本当にその怪物が目覚めたなら大問題どころではない」
大陸に危険が及ぶのならば、パーシバルとケビンだけで判断すべき問題ではない。
故に二人は一度、城へ戻って王に報告することにしたのだという。
だが、しかし。
彼らが想像していた以上に事態は深刻だったらしく。
それは唐突に起こった。
二人が下山するよりも先に、伝説の怪物―――ドラゴンが封印から目覚めてしまったのだ。




