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 亡くなった―――と言うよりも既に亡くなっていた人たちを弔うため、一つずつ墓標を作っていくアスレイ。

 とは言え、既に土塊と化してしまった者たちの数は結構なもので。これは朝まで掛かるのではと、五つ目の墓標を作り終えたアスレイは深い吐息を洩らした。

 六つ目の墓標作りに取り掛かろうとしたそのとき。彼は未だ生気が抜けたまま、呆然としているユリの姿を見つけた。

 彼女は地面から姿を現したティルダの亡骸を抱きかかえながら、カズマだった土塊の前に座り込んでいた。


「ユリさん…」


 アスレイは顔を顰め、彼女へと近寄る。覗く彼女の瞳は絶望を通り越し、まるで虚無となってしまったかのように何も映っていないようであった。

 ユリは罪を犯した。主人の言葉に付き従い人々を誘拐し、人身売買に手を貸した。

 これがその報いだとしても、当然の罰だとしても。

 大切なもの全てを失い、見失ってしまっているユリにアスレイは同情を抱かずにはいられなかった。

 一瞬躊躇いもしたが、アスレイはユリにそっと声を掛けた。


「今は…とても辛いかもしれないけど、君はまだ此処で終わりじゃない…だからさ―――」

「私にとって、ティルダ様が全てだった…」


 アスレイの言葉を遮り、ポツリと語り出すユリ。

 独り言のような台詞であったが、アスレイは彼女の言葉に耳を傾ける。


「なにもなかった私を、ティルダ様は救ってくださった……だから私は、ティルダ様に全てを捧げると、誓った。ティルダ様のためならとどんな罪も、どんな汚いことも…何でもできた。私にとって、ティルダ様が…生きる全てだった…」


 虚無となっていた瞳から静かに溢れ出る涙。

 それは拭われることなく、大粒の雫となって零れ落ちていく。


「ティルダ様…ティルダ様…」


 そう言ってティルダに泣き縋る彼女は、主人を失った侍女と言うよりは、愛おしい人を失った少女のように映った。

 今にしてようやく、カズマがどんな気持ちで二人を見守っていたのか。どうして二人から目を逸らしてしまったのか。それがほんのちょっとだけ、アスレイはわかったような気がした。





「ユリさん、これ」


 泣き続けるユリに、アスレイは懐から取り出した()()を半ば強引に握らせた。


「これ、は…」


 ユリは握らせられた―――その手鏡を見つめる。

 紅い二つ折り型の手鏡。それはカズマの大事な宝物だった。


「俺が言うのもなんだけど…多分カズマはユリさんのことが好きだったんじゃないかな。助けたかったけどもう助ける方法もなくて…だからあんな回りくどいやり方(夜の巡回)しかできなかった。不器用過ぎだけどあれが精いっぱいの想いだったんだろうね」


 カズマがこの手鏡を誰へ託したかったのか。

 ダイイングメッセージとしてだけではなく()()()()()()()残したかった想いもあったのだと、今だからこそ彼の最期の気持ちが理解出来た。

 それがアスレイの勝手な思い込みだったとしてもこの選択に間違いはないと、アスレイは自分を信じた。


「ティルダさんも…カズマももう居ない。ユリさんの大事だったものは全てなくなってしまったかもしれない。だけど、だからと言ってそれで終わりじゃない。二人の分まで罪を償わなきゃいけない。それも()ではなく()()()という方法で、だ」


 ありきたりな言葉ではあるが、それでもアスレイは必死に伝える。

 カズマが本当に託したかった最期のメッセージを、彼女の心の奥底へ届くように。


「ティルダ様…カズマ様…ッ!」


 ポタリとユリの涙が手鏡へと零れ落ちる。

 その涙は手鏡の、多色に彩られた装飾を淡く輝かせた。


「でもさ…ユリさんは俺が励まさなくったってちゃんと前に進めるよ」


 アスレイはそう言うと、ユリの頭に優しく振れる。彼女は一瞬ビクリと肩を震わせたが、抵抗することなく受け入れ静かにアスレイを見上げる。

 アスレイは苦笑を交えながら言った。


「けど…今だけは本当に思う存分泣いて…泣いてから、二人を弔ってあげよう」


 優しく撫でるアスレイの温もりが、ユリへと伝わっていく。

 町の者たちを欺き裏切り続けてきた罪人だというのに。先日はその首に手を掛けた相手だというのに。そんな自分へ平然と笑いかけてくれる青年。

 冷たい夜風から温めてくれる彼の愛撫は、とてつもなく熱いくらいで。ユリの空っぽになっていた奥底はその熱によって光りが灯されたようだった。


「ごめんなさい…ごめんなさい…!」

「俺に謝る必要はないよ。その代わり後で皆に謝ろう」

「…ごめん、なさい……ッ!」


 彼女は小さく頷きそう囁くと、再びぽたぽたと、涙も鼻水も流して泣き崩れた。

 やがて大声を上げて泣きじゃくるその姿は、出会った当初の無表情な侍女でも、アスレイを襲った憎悪に満ちた襲撃者でもなく。

 どこにでもいる幼気な少女だった。







「―――本当に彼は甘い。被害者でもあるとはいえど、加害者のユリ(彼女)にも手を差し伸べ、そのうえ重要な証拠品も渡してしまうのだからな」


 二人の姿を眺めながら、一人呟くパーシバル。


「それはお前が言える台詞ではないだろ」


 と、その呟きを聞いたケビンは、苦笑交じりでそう返しながら彼へと近寄る。

 ケビンは視線をパーシバルから目の前のレンナに移しつつ話を続ける。


「俺からしてみればお前も充分甘い…情け深いと思うがな」


 先ほど勝敗を決した魔女ことレンナは、気を失ったはまま両手足を拘束されおり、身動き一つ取れない状態でいる。それは大罪人ならば当然の拘束なのだが、本来はもっと厳重に拘束するべきところであった。

 しかし、そんな重罪人である彼女さえも()は迷うことなく手を差し伸べてしまうのだろうと信じ、パーシバルはあえてレンナを軽度の拘束で捉えていた。


「…それは褒め言葉として受け取っておこう」


 そう言って、パーシバルは小さな苦笑を返した。





「…そういや、あれだけ色々見せつけておいてアスレイに何も説明しない。ということはしないのだろう?」

「ああ、その時間分の魔力もちゃんと温存してある」


 するとケビンは「そうか」と返し、パーシバルを通り過ぎる。


「なら…後処理の方は俺がやっておくから、今のうちにさっさとアスレイに事情を説明してやれ」


 それだけ言い残し、ケビンはアスレイとユリの居る方へ駆けていった。


「……さて、何処から彼に説明すれば良いだろうか…」


 一人そう呟き、パーシバルはその腕を軽く振るう。するとその手に握られていた槍はまるで手品のようにスッと、瞬く間に何処かへと消えてしまっていた。







    

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