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「アスレイ…」


 アスレイもまたそんな例に漏れず、ショックとも言える衝撃を受けているのだろうと、ケビンは推測した。

 なにせあれだけ熱望していた天才魔槍士の戦いを見る事が出来たというのに、アスレイは何もせず。ただただ言葉を失い傍観しているだけだった。衝撃が大きすぎて心の整理ができていない様子であった。

 あの暴力的とも言える力量を目の当たりにしたのだからその反応も致し方ない。と、ケビンは吐息を洩らす。


「―――アスレイ、アイツの力は本当に化け物並みだ…恐ろしいか…?」


 だが、ケビンの予想に反して覗き込んだアスレイの瞳には輝きが宿っていた。

 彼はかぶりを左右に振ると、力強い声で言った。


「凄すぎて敵わないのはまる判りだ。だけど―――勝てない相手だって決めつけたくもないんだ」


 アスレイの前向きとも無謀とも思える言葉に、ケビンは思わず目を丸くする。


「本当に…そう、思うのか?」





 確かに、『天才魔槍士』の圧倒的な魔術は、アスレイに絶望感すら抱かせた。

 その華麗な槍捌きに妬みそうになり、魔女を容赦なく倒した様は恐怖も感じた。

 だがしかし、絶望も妬みも恐怖も―――それは、『天才魔槍士』に出会う以前から抱いていたものだ。

 大好きな幼馴染みの心を奪った男の噂と想像だけで、アスレイは何度も絶望し、妬み、恐怖をしてきたのだ。

 アスレイにとって彼は、本当に想像通りなだけだったのだ。





「だって、噂通り過ぎて今更特別驚くことじゃないだろ?」


 そう語るアスレイはいつの間にかいつもの彼となっており、先ほどまでの驚愕していた様は全くなくなっている。


「確かに凄く賢いし強いしで狡いなって思うけどさ……案外嫌味も言ったり笑ったりもして、思ってたより普通だったかな」


 単なる強がりなのか、単純なのか。はたまた、女性の姿(ネール)男性の姿(パーシバル)が別人故に未だ実感出来ていないのか。

 とにかく、ケビンは初めてパーシバル(親友)()()と呼ばれるのを聞いた。

 これまで感謝からの賛美や羨望の声も多々耳にしたが、中には恐怖のあまり『化け物』と罵声を浴びせた者たちも少なくなかった。

 だからこそケビンはアスレイの言葉に、口元を緩めずにはいられなかった。それを隠すように彼は口元を掌で覆い隠す。


「それと一つだけ…これは絶対パーシバルには言わないでよ?」


 と、アスレイは衝撃を受けていた理由を話す。


「槍を振るう姿がさ…やっぱカッコイイなって思った。あれはホント敵わないよ…」


 その恐ろしいくらい強い力も、嫉妬するくらいカッコイイ容姿も。それで抱いた感情全部。ミリアの言っていたことは何一つ間違っていなかったんだと、アスレイは彼女に共感し、降参していたのだ。

 と、アスレイは不意にある比喩が浮かび、口に出す。


「まるで指揮者みたいだった」


 アスレイは小さい頃に村へやって来た旅の楽団を思い出した。

 いくつもの楽器が奏でる美しい演奏以上にアスレイが見入ったのは指揮者だった。

 豪快に、ときに優しく、優雅に。タクトを振る様はとてもカッコよくて。パーシバルの雄姿はまさにそのものだと思ったのだ。


「指揮者か……」


 苦笑を浮かべるアスレイの言葉を聞き、ケビンは一瞬呆けてしまうが、直ぐに破顔し安堵の息を洩らした。自分の事ではないというのに、アスレイの純粋な眼差しが何処かくすぐったく、それでいて嬉しかったのだ。


「それはアイツに言ってやってくれ」

「いやそれは恥ずかしいから言わないでって言ってるのに…!」


 こうしてキャンスケットで起きた『連続失踪事件』は天才魔槍士が黄昏誘う魔女を倒すという劇的な展開で幕を閉じる―――のだが。アスレイにはまだ聞かなければならないことが残っていた。









「これでもう大丈夫だろう」


 ケビンはそう言ってゆっくりと腰を上げ、アスレイから離れる。

 瓶はいつの間にか空になっており、その代わりのようにケビンの額からは滝のように汗が流れ落ちている。

 それほどまで魔術に神経を注いでくれたのだろうとアスレイは察し、口を開く。


「ごめん、ありがとうケビン」


 アスレイもその場から立ち上がると自分の体を軽く動かしてみた。口内の出血も、腕や胸部に感じていた鋭い痛みもすっかり治っていた。

 多少の気怠さはあったが、それは自己治癒力を極端に上げたことへの反動のようなもの前回の際聞いていたため仕方がないと割り切る。

 しかし一方で今目の前で起きた数々の光景に関しては、どうしても《《仕方がない》》と割り切ることはアスレイには出来なかった。

 独り言のつもりであったが、アスレイはケビンたちの耳にも入る声量で言った。


「…あの人たちを助けてあげることは…やっぱり出来ないのかな…?」


 アスレイたちの周辺には黄昏誘う魔女の禁術から解放された男たちの亡骸が転がっていた。だがその切り刻まれた身体は最早ただの土塊そのものとなり果てていた。風が吹けばもろく崩れ去ってしまう、そんな人の形をしていたかさえも解らない状態だった。

 それでも、アスレイはそんな彼らを何とかしてやりたい。救うことは出来ないのかと、考えずにはいられなかった。


「彼女の用いた禁術は恐らく、死体の肉体を土塊に変化させることで彼らを土人形として操作可能にさせていたのだろう。死体である以上…酷だが助けてやる術は存在しない」


 その淡々とした冷たい声はアスレイの前方から聞こえてきた。解っていた回答であったものの、アスレイは顔を顰めさせ、視線を声の主―――パーシバルへと移す。

 と、移した視線の先ではいつもの冷淡な口調でありながらもいつもとはどこか違う、複雑な表情を伺わせていた。


「失った命を救う方法は禁術でも存在しない。天才や化け物と呼ばれる者がいようとも…そればかりは不可能ということだ」


 それはアスレイに言っているというよりは、まるで自分に言い聞かせる独り言のようで。パーシバルのその表情は大切な何かを失ったことのある―――アスレイにも身に覚えのある表情であった。

 そうして静かに顔を背けるパーシバルに、アスレイは口を噤んだ。




 だがしかし。

 助けられない命だとしても、彼らの魂を救う方法くらいはあるはず。

 アスレイはそう思い、おもむろにパーシバルを横切った。

 彼は土塊の一つに近付きしゃがみ込むと、その塊を丁寧に、山のように盛り上げ整え始めた。


「―――だったらせめてお墓くらい作ってあげなくちゃ。本当はこんな場所じゃなくて、故郷の土に還りたいだろうけど…それでも、このまま土として晒すより形にして残してあげたいんだ」


 行方不明ではなく、此処にこうして彼らが居た。彼らはようやく眠る事が出来たのだという証にしたい。そういった思いを込めて、アスレイは土塊を山状に集めて一つの墓を作る。

 だがこれで完成のつもりはない。

 彼は他にもある亡骸の分だけ作ろうとしていた。何十と、その土塊はあるというのに。

 そんな彼の姿を見たパーシバルは一瞬だけ目を見開き、それから静かに吐息を零した。


「そう言えば君はそう言う人間だったな…」


 人知れず呟いた言葉。

 パーシバルは踵を返し、アスレイより離れていく。


「手伝ってはやらんのか?」


 ケビンはすれ違い様にそう言ってパーシバルを引き留める。パーシバルは足を止め、ケビンの方を一瞥した。


「あれは彼の役割だ。私たちには私たちの役割がある」


 そう言うと彼はもう一度、おもむろに歩き出す。


「それに―――この姿でいられる時間も限られているしな」

「…そうだな」


 パーシバルの囁きに、ケビンもまた小さく返答を洩らし、二人は二人の役目の為に動き出す。







   

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