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一瞬だけ、その風の心地良さは死出の導きかと錯覚したアスレイ。
だが目の前に突如として現れた彼女の後ろ姿を見つけ、そうではないと気付く
「ちょっと、何この魔力―――」
と、その異常な気配を察したときには、レンナの身体は既に宙へと投げ飛ばされていた。それは周囲にいた傀儡たちも同様であった。
突然巻き起こった嵐のような突風に成す術もなく。近くにあった馬車もろとも彼女たちはまるで木枯らしに舞う葉の如く、屋敷の奥にある雑木林まで蹴散らされていく。
その一方でアスレイとユリは突風を受けているにも関わらず、何故か吹き飛ばされることはなかった。
「一体、何が…!?」
それはまさに、瞬く間の出来事であった。
「くっそ、急になんなのさ…ッ!」
レンナの身体は、飛ばされた拍子に雑木林の枝へ運よく絡まり引っかかった。
突然の事態に困惑を隠せないレンナであったが、反面、この異常現象の犯人に粗方予想がついていた。
「あの女―――ッ!」
「ネール!!」
アスレイを守るかのように登場した彼女―――アレこそが、レンナが最も危惧していた厄介な存在だった。
「アスレイ…!」
「ケビンも…来てくれたんだ…」
傀儡の拘束から解放されたものの、激痛で蹲ったままでいるアスレイ。そんな彼の背後から、ケビンの声が聞こえてきた。
その声を聞いた途端、アスレイは助かった―――またもや助けられたのだと実感しつつも、安堵に口許を綻ばせる。
「…その前に先ず言うべき言葉があるのではないか……?」
「わかっているよ…約束守らなくてごめん。それとありがとう、ネール」
呆れたようにため息を洩らすネール。が、名前を呼ばれて思わず笑みを返し、それから直ぐに魔女と対峙するべく彼女は正面を向いた。
「ったく…随分な女難の相に見舞われたもんだな」
「ごめん…そうかもしれない」
うつ伏せに倒れているアスレイへ駆け付けたケビンは静かに彼を起こす。ネールと同じ顔でそんな皮肉を言いつつ、彼は例の禁術を使用するべく懐から水の入った小瓶を取り出した。
「ネール…あのさ、話せば長いんだけど」
アスレイはネールへと視線を動かし、此処で起こった事の経緯を説明しようと口を開く。
「事件の黒幕はやっぱりティルダで合っていたん、だ。けど、それとは別に…実はあの黄昏誘う魔女の正体がレンナで―――」
「説明する必要はない。粗方の事情は予測出来ていた」
「へ…?」
ネールのまさかの言葉にアスレイは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。否、上げずにはいられない。
何せ目撃者のアスレイでさえ予想外過ぎた事態に未だ混乱しているというのに、彼女はこの状況さえも予測出来ていたというのだ。
だとすれば、真に恐ろしいのは魔女の正体よりもこの事態すら見越していたと言うネールの方なのではないか。
そう思った瞬間。アスレイの背筋に悪寒のようなものが走っていき、次いで痛みも走ってしまっていた。
「あ、おい動くな。かけている水が逸れるぞ」
ケビンの禁術による治療のおかげで、鈍痛こそ止まないもののアスレイの傷は徐々に癒えていく。
身動きも取りやすくなったせいか、ふとアスレイはネールを見つめた。
ネールの強さは嫌と言うほど身に染みて知っている。しかし相手はかの有名な魔女。しかも悍ましい禁術によって多数の傀儡―――手駒を用意している。
いくら恐ろしく強いネールといえども、この状況は流石に分が悪く。アスレイは思わず息を吞んだ。
「あーあ。絶対来るとは思ってたけど…こんな早いとは予想外…しかも思った以上に驚いてないって感じね。あたしが黄昏誘う魔女だったって」
ネールが見つめていた先。雑木林の向こうからゆっくりと姿を現す屍の土人形たち。そんな傀儡集団の先頭に立つレンナは、深いため息を付きながらそう嘆く。
「ま、わかってたってことなんだろうけどさ…じゃあどうしてあたしだって見抜いたわけ?」
彼女はそう言って背後に立つ傀儡集団をネールに見せつける。両腕を広げて見せるその様は自身が魔女であることを自慢するかのようにも映る。
まるで小娘は引き下がれと言わんばかりの態度だ。
しかし、ネールは魔女や屍の集団を前にしても、全くもって臆する素振りすら見せず。
「簡単なことだ」
そう言っていつものように冷静な態度で淡々と答えた。
「当初から事件の主犯は領主と連れの二人だと視ていた。しかし、傭兵カズマの口を封ずるつもりだったならばもっと早めに…あんな夜回りをする前に消していたはずだ。その方が『魔女』の噂にも箔が付く。つまりカズマの失踪は領主側にとって予定外の出来事……第三者が起こしたものだと推測したわけだ」
「それがなんであたしだって繋がるっての…?」
「手鏡を見つけたときの反応だ」
直後、それまで余裕を見せていたレンナの顔色が変わる。
あのとき―――カズマが失踪したと思われた路地でのこと。
落ちていた手鏡を見つけたとき、ネールは『何処かの女性の落とし物だろう』と思った。
しかし、一方でレンナの反応は違った。隠し切れない動揺と驚愕した顔を一瞬だけ見せていた。
それはまるで手鏡の持ち主を知っていたアスレイと同じか、それ以上だった。
「おそらく……レンナは傭兵カズマを殺めた際、彼が命辛々何かを投げ捨てたことに気付いた。が、生憎と探す時間もなく見つけられなかった。それ故に偶然拾った手鏡がカズマのものだと気付いた瞬間、思わずアスレイ以上の驚きを見せてしまったのだろう」
そこで驚いたまま、アスレイを慰める演技をしていれば、いつもの『レンナ』でいたならば。疑われることはなかった。
しかし、あのときレンナは動揺していたアスレイへ、冷淡に言い放っていた。
『もしかしてカズマは……魔女にはめられて浚われたんじゃ…』と。
「君はアスレイに『魔女』の存在を知らしめるため、認めさせるため、絶望させるため。そのためだけにその名を強調した。してしまいたくなった」
あの瞬間だけ見せてしまった『レンナ』ではない、『魔女』としての自尊心。
その違和感こそがネールに疑心を持たせ、そして正体の確信へと誘ってしまったのだ。




