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 白布から姿を現した()()―――折り畳み式の真っ赤な手鏡を、アスレイはティルダたちへ見せつける。

 直後、二人は目を見開き、それから眉を顰めた。その反応から見て、この持ち主が誰かを知っているのかは一目瞭然だった。

 吹き抜ける風がどことなく冷たくなっていく。日が暮れ始めている証拠を肌で感じながら、アスレイは静かに手鏡の蓋を開ける。


「カズマの手鏡…その鏡面にわざと付けられた血の筋。これは三日月を表していた」


 三日月。

 そのキーワードだけではティルダたちには何のことだか、伝わりはしない。

 だが、アスレイにはそれが何を意味し、何を意図しているのか。理解することが出来た。


「これが俺だけに宛てたメッセージだとして、カズマと話した内容の中で()()()が当てはまるものは…七色湖しかない」


 二人の故郷にある数少ない観光名所。

 三日月型の湖の周囲には季節折々の花が咲き乱れる、絶景の場所。


「七色湖に咲く代表的な花の中には―――ユリの花もある。そしてこの手鏡の表面には七色の名に掛けて七種の花が描かれてあったはずだったんだ」


 しかし、今彼が手にしている手鏡には六種の花しか描かれていない―――否、一種類の花が血痕によって塗りつぶされていた。まるで隠すように紅き血痕が被せられた花の絵。それは白いユリの花であった。


「白い…ユリ…」


 ユリに僅かな動揺が見えた。その反応からして『ユリ』という名前の人物はこの界隈では彼女くらいしかいないのだろうと思われた。

 だが、真っ赤な鮮血に血塗られたこの痕跡ならば、時間が経てば血痕の変色によっていつか誰かが気付いたことだろう。しかし。カズマはそれよりも誰よりも早くアスレイに気付いて欲しかったのだ。


「カズマは真っ先に俺だけに気付いて欲しくて…咄嗟にこんな三日月のメッセージを残してくれたんだと思う」

「そ…そんなものは単なる言いがかりです!」


 すると、これまで固く口を閉ざしていただけのユリが声を上げた。

 常日頃冷静に努めていた彼女が見せる明らかな動揺。睨みつける視線。その憎悪にも似た憤慨の双眸を向けられ、アスレイの心に何かが突き刺さる。

 それは多分、罪悪感というものなのだろうと、アスレイは自身の胸元を強く掴む。

 しかし、此処で物怖じしてしまっては意味がない。胸が押しつぶされそうとも前に突き進むしかない。アスレイは彼女の双眸と対峙し、強い瞳で答える。


「このメッセージが察するに、この事件―――誘拐の実行犯って…ユリさんなんだね?」


 これ以上二人に事件を起こさせないでほしい。

 説得してくれ。

 止めてくれ。

 二人も助けてやってくれ。

 死の間際にカズマはそれを伝えようとしたのかもしれない。

 それはあくまでもアスレイの勝手な憶測だが、それでもこの手鏡にはそんな切なる想いが込められているように思えてならない。アスレイはそう眉を顰め、手鏡を一瞥した後、ユリへと視線を戻す。


「…あと、昨日俺を襲った人物。それもユリさんだよね。首を絞める指先に警告してきた声…あれはどう考えても女性のものだった」


 そう告げるアスレイの指先がおもむろに自身の首筋へと触れる。

 未だ残る昨夜の感触。自分の指よりも細く、小さく冷たかったそれは今なお記憶されている。

 しかし、意外にも彼の言葉に驚愕して見せたのはティルダの方であった。

 彼は目を大きくさせながらユリを見つめる。彼女の方はと言うと、主人とは一切視線を交えず、反らした顔を俯かせる。


「これでもまだ白を切るつもりなら、もっと確実な証拠を屋敷なり別邸なりから探したって良い。俺にその権限がなくたって、ローディア騎士隊が此処に来れば必ず貴方たちが犯人であることを突き止める」


 確かに領主の権限が通用しない第三者機関であるローディア騎士隊ならば、屋敷内をくまなく調べ、事件の証拠を見つけることも出来るだろう。

 だが、証拠などもう既に処分されている確率も高い。だからこれはあくまでティルダを自白させ、出頭へと促すために出た発言だった。

 と、真っ先にその重荷に耐え切れず、声を上げたのはユリの方であった。


「違います! これは私めが一人で勝手にやったことです! ティルダ様の目を盗んで単独でしたことなのです! だから…だから、ティルダ様は悪くないのです…」


 そう訴えるユリの顔色は怒りの形相とは打って変わって、青白く染まり目には涙が溢れていた。彼女は自白をして尚も一途に主人を想い慕い、庇おうとしていた。

 一介の侍女一人にこんな芸当が不可能なことなど、明らかであるというのに。




 健気な彼女の姿にアスレイの胸は痛み、思わず顔を顰めてしまう。

 しかし覚悟を決めて此処に来ているのだ。そんなことで気持ちが揺らいでしまっては説得なんて出来はしない。

 それに、約束を破ってまで来てしまった手前、ネールに「ほら見ろ」という呆れた顔をされては困るのだ。

 アスレイは気を引き締める。




 と、頭を深く下げたユリの背後で、ようやくティルダが口を開いた。


「ユリ、頭を上げろ。もう良いよ」

「ティルダ様…!」


 今まで見せていた好青年のそれとは違った、乱暴な口振り。

 ユリは思わず顔を上げ、慌てたようにティルダへとすり寄る。


「これ以上誤魔化したところで、彼はもうその口を止めるつもりはないみたいだからね」


 そうして見つめるティルダの目にもまた、怒りと憎しみが込められているようであった。

 アスレイは無意識に自身の拳を強く握り締める。


「…それにしても、ユリに誘拐をさせないよう夜回りしていたくらいなら可愛いものだと目を瞑っていたけど。まさかそんなくだらないメッセージまで遺していたなんて…本当にアイツは実直バカ過ぎて―――役に立たない奴だったよ」


 彼は白状し反省を見せるどころか、開き直ったようにそう言い放った。







   

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