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翌朝。アスレイは早朝から食堂にて朝食を取っていた。
今回起きた一連の騒動―――連続失踪事件についての結論、その犯人を追及する計画は昨夜のうちに練っていた。後はそれを実行に移すだけ。
これで事件の犯人を捕まえることは出来るだろうと、アスレイは確信している。
しかし、それは今も行方知れずの友人の願いを裏切る行為かもしれない。事件解決したとて友人の友人が見つかるのかも分からない。
だがそうだとしても。アスレイに迷いはなく、自分の行動の先に友人たちへの答えがあると信じていた。
不安や心配も当然あるが、それ以上の覚悟に満ちており、武者震いのような震えが彼を襲っていた。
と、食事を終えたところでアスレイは、窓向こうの通りを歩いているネールとケビンの後ろ姿を見つけた。
食べ終えた食器もそのままに、アスレイは慌てて二人を追いかけ食堂を飛び出した。
「ネール!」
その大きな声に二人の足が止まる。二人に振り返る暇も与えず、続けざまにアスレイは叫ぶ。
「昨夜話したことの続きなんだけどさ、実は―――」
そう言いかけたところで、二人の前へと到着したアスレイ。
が、その刹那。
彼の口元にネールの掌が、寸での距離で止まった。アスレイは思わず息を呑み、直後の言葉が遮られる。
「その件について詳細な説明は不要だ」
だからこんな場所で大声を上げるな、と言いたげな双眸でアスレイを睨みつけるネール。
彼は口を堅く結んだまま大きく頷き、今度は声量を下げて話し始めた。
「そ、それで…俺今日にでも実行に移そうと思っているんだけど、ネールも良かったら一緒に犯人の説得に―――」
『良かったら』とは言ったが、内心アスレイとしては出来る限りネールに同行して貰いたいと思っていた。
もしも武力衝突となった場合の戦力として同行願いたいという訳なのだが。それとは別にアスレイ個人としてネールが一緒にいてくれた方が心強いと思ったのだ。
しかし、そんな理由を話す暇も与えられず、ネールは顔を顰めると同時にかぶりを左右に振った。
「悪いが急用が出来たため今日は町を出る。君の同行は出来ない」
いつになく口早であると思ってはいたが、なるほどそういうことかとアスレイはそこで合点がいく。
彼女の助力がないという選択肢も予測していたのだが、いざそうとなると本当に残念だと、一歩引き下がり眉尻を下げるアスレイ。
と、ネールの話はそれで終わりではなく。
「…早ければ今夜中には町に戻ってくる」
その鋭い眼光でアスレイを見つめながら、ネールは更に付け足す。
「だから、私が戻って来るまでくれぐれも一人で勝手な行動を取るな。分かったな?」
まるで子供に言い聞かせるような、そんな強い口調で言った。いつもより僅かに感情的な彼女の違和感に、アスレイはこの時点で気付くべきであった。
しかし、彼はネールの「何もするな」というような口振りが何処か気に入らず、しかめっ面をするだけだった。
「勝手な行動って…俺だって一人でも犯人を問い詰められるし…いざとなれば戦闘だって問題ないはずだ。だからそんな言い方しなくても良いだろ」
それが子供の我侭のような言い分でしかないと、アスレイも本当は重々理解していた。そもそも昨夜、襲撃者から助けて貰った彼が反論など出来る立場ではなかった。
だが、例え心の何処かで理解はしていても、一度意地を張ってしまうとそう簡単に引き下がることは出来ないもの。
「それに昨日任せたって言ったのはネールだろ。ネールが居ないなら居ないで、俺は一人でも犯人のところに乗り込むよ」
アスレイは大人げなくムキになってそう言うとネールを通り越し、何処ぞへ立ち去ろうとする。
が、そんな彼の腕をネールは強く掴み引き留めた。
「駄目だ!」
いつもよりも強い―――怒声にも近い声にアスレイは驚き、自然と足が止まる。
「今夜以降であればいくらでも付き合う。だから…頼むから無茶な行動は慎んでくれ」
頼む、と彼女の口から始めて聞いた単語に、更なる驚きを隠せないアスレイ。
そこまで強く言われてしまっては、それ以上の反論も出来なくなってしまい、ムキなっていた感情も急速に萎えていく。
アスレイは眉尻を下げ、ネールから視線を逸らすと小さく吐息を洩らした。
「…ごめん。俺のことを心配して言ってくれているっていうのに…。犯人への追及はネールたちが戻ってきてからにするよ」
頭部を掻きながらそう告げ、彼は素直に踵を返し、食堂へと戻って行った。
宿へと戻るアスレイを、静かに見送るネール。
それまで二人の様子を静観していたケビンは、ネールを見つめつつ思う。こうも感情的なのは珍しい。と。
しかし、表向き冷血に思われがちなこの友人が、本来はただただ実直なだけの真人間であることをケビンは知っている。真面目で自他共に厳しくも、他人のためならば自身を犠牲にしようとも厭わない、優し過ぎる熱血であることも知っている。
だからこそ、ケビンが今投げかけるべき言葉は、その珍しい言動に対してではなく―――。
「まさか…力を解放するわけじゃないだろうな…」
またしても他が為に身を削ろうとしている友人に対して、釘を刺すための言葉だった。
ネールはケビンの問いかけに答える素振りもせず、踵を返すなり足早に歩き出していく。
「おい」
「時間が無いんだろう? 此処で話している余裕はない」
わざとらしく話しを反らし、歩みを止めないでいるネール。
強い意志の表れともとれるその姿勢だが、ケビンにとってはアスレイが先ほど見せた《《それ》》と何も変わらない。ため息を洩らさずにはいられない。
僅かに眉を顰めたケビンは、堪らず、無意識に声量を上げて呼び止めた。
「おい、パーシバル!」
その足がピタリと止まる。
「…今はその名で呼ぶな」
そう言って振り返るネールの横顔は、怒りというよりもそれを通り越した―――呆れ返った顔であった。
もう一度ため息をついているケビンに釣られるように軽く吐息を洩らした後、ネールは言う。
「お前の言いたいことは判っている。だが―――」
おもむろにその指先が、首元のペンダントに触れる。
「魔女が復活を望むのであれば…私もそれに応じるまでだ」
その表情に普段の穏やかさはない。
冷たく鋭い、敵を見据えた強者の眼。
直後、ケビンは察する。彼の予想通り、この友人は他の為にまたしても自らを犠牲にしようとしている。
そしてこの顔を見せた友人はもう止めることが出来ない。止める術を、ケビンは持ち合わせてはいない。
それどころか、そんな友人の為に自分は援助さえもしてやれない。静観することしか出来ない。
そういう禁術に掛かっているのだ、友人と自分は。
友人の覚悟と何も出来ない自身への歯痒さに憤りを感じつつも、これ以上は説得も無意味だと諦め、ケビンは深く長い吐息を吐き出す。
「ようやく溜まった魔力だって言うのに…まったく、ホントにお前は…」
呆れ顔を見せながらそうぼやくケビン。
何だかんだ苦言を洩らしつつも、いつもこうして最後は理解してくれる。そんな友人を見つめ、ネールは「すまない」と破願した。
「魔力など、また溜めれば良い。むしろこれで最悪の結末が回避されるのならば…本望だ」
穏やかにそう笑みを浮かべると、ネールは再度歩き出していく。
そんなネールの後を追いかけるべく、ケビンもまた静かに歩き出した。
「お前は馬鹿が付くくらい、立派過ぎる人間だ―――」
目の前を行く友人には届かない声で、ケビンはそう呟いた。




