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 その翌日。

 アスレイは泣き腫らした顔で家族のいる食卓へと足を運んだ。

 そこでは皆がいつものようにテーブルの上に並ぶ料理を囲み、朝食を取っていた。


「話があるんだ」


 アスレイの言葉に楽しい時間が一時、止まる。家族の視線が一斉に彼へ集まり、その中で彼は言った。


「俺、旅に出ようと思うんだ」


 が、意を決し告げたわりに、家族の反応は何処か薄く。 両親に至っては意外にも『わかっていた』というような顔を見せていたほどだ。

 元々、スレーズ領の男は出稼ぎに領外へ行くことが多いため、アスレイもまたいつか旅立つだろうと予想していたようだった。

 しかし次にアスレイが言葉を述べた直後。そう思っていただろう両親の顔色が一変した。


「それで、行こうと思う先はあるのか?」

「ううん。天才魔槍士って人に会いたいから、暫くは噂を聞きながら各地を回ってみようかと思う」

「…は?」


 両親はてっきりアスレイは一皮剥けるため―――成長するために旅立つのだろうと思っていた。

 それがまさか『天才魔槍士』という単語が出てくるとは。両親にとって予想外だった。

 が、それは無理もない。『天才魔槍士』というキーワードはアスレイとミリアだけの秘密であった。そのため両親どころか妹たちさえも、アスレイの旅立つ理由については晴天の霹靂といった顔をしていた。


「天才魔槍士って確か…巷で有名な魔道士だったかしら? そんなのに会いたいの?」

「気は確かかアスレイや。そんな噂でしかないような存在に会いに行くのかい…?」


 母も祖母もまさかの理由に思わず否定的な言葉を投げかける。

 動揺しているのか、持っていたパンをテーブルへポトリと落としたほどだ。

 だが、それでもアスレイの意志は揺るがない。


「噂でもなんでも。会いに行くって決めたから…実はもう準備も整えてあるんだ」


 真っ直ぐに、一心に輝く眼差し。そんな曲げそうにない態度に母も祖母も閉口してしまい、困惑気味に互いの顔を見合わせる。

 と、そこへ父が口を開いた。


「それがお前の正直な気持ちなんだな」

「うん」

「信じていいんだな?」

「うん」


 迷わず答えるアスレイ。

 父の視線が、アスレイの瞳と交わる。

 それから暫くの沈黙を置いて、父は静かに息を洩らした。


「わかった」


 その言葉に当然、即座に異を唱えたのは祖母と母彼だ。だが二人の小言に、父もまた意思を変えようとしなかった。


「ありがとう!」


 アスレイは目を輝かせながら一礼し、そしてその場を飛び出していった。

 と、自室へと戻ろうとするアスレイへ、慌てて呼び止める声。


「お兄ちゃん!」

「待って!」


 振り返るとそこには慌てて駆け寄って来る妹二人の姿があった。父の許可も得たため、今直ぐにでも旅立つつもりでは。そう思ったのだろう、二人は食事も途中で追いかけてきたようだった。


「お兄ちゃん本当に旅立っちゃうの? どうして、どうして行っちゃうの?」

「ミリア姉ちゃんだっていなくなっちゃったばかりなのに…お兄ちゃんまでいなくなっちゃうなんて嫌だよ…」


 涙を必死に堪えた、哀し気な顔で縋り付く妹たち。

 それから二人はアスレイの服を引っ張り、そこへ顔を埋め、すすり泣き始めた。

 彼女たちがこんなに泣きじゃくるのも無理はないと、アスレイは心が痛み、人知れず眉を顰める。

 二人にとっても大好きだったミリアを突然に失い、その上兄のアスレイまでも旅立ってしまうことは少女二人にとっては耐えられるものではないと思われたからだ。

 だが、二人に泣かれたとしてもアスレイの決意は揺らがなかった。


「ごめん、でももう決めたことなんだ」

「でもでも…!」


 そう泣き叫ぶナナリー。その一方でイリーナも涙を浮かべながら、しかし堪えるように口を噤み、瞼を擦った。


「それって、ミリア姉ちゃんのためなの…?」


 双子で外見もよく似ているとは言え、甘えん坊で賑やかなナナリーと違い、イリーナは察しの良いしっかり者だった。

 だからこそ、アスレイの決意を察したのだろう。

 静かに頷く兄を見つめ、それからゆっくりと兄からその身を放した。


「イリーナ…?」

「戻ろう、ナナリー」

「でも、お兄ちゃんがいなくなったら寂しいでしょ!?」


 ナナリーはそう叫び、兄の胸元で愚図ついて離れようとしない。

 するとアスレイはそんな彼女の頭を、優しく撫でた。


「いなくなるって言ってもずっとじゃない。ちゃんと帰ってくるからさ。手紙も出す。だから頼むよ、ナナリー」


 見上げるナナリーの目からは、また一つ涙が零れ落ちる。

 そして彼女もまた兄の強い決心を理解したのか、渋々と諦めたようにその手を放した。


「ありがとう。帰って来たときにはお土産沢山持ってくるから!」


 妹たちは言葉なく涙を堪え、それから最後には笑顔を見せて見送ってくれた。






 こうして、アスレイは更にその翌日。早々に故郷の村を飛び出し、旅に出た。

 村の外へ遊びにや買い物には行ったことがあったものの、それよりも向こう側―――領外へと出たことはなかったため、アスレイにとって目の当たりにした全てが初めて見るものであり、初めての経験であった。


「ミリア、これがスレーズ領外…俺たちの知らない向こう側だってさ…!」


 勿論、計り知れないほどの不安や恐怖も拭い去れてはいない。

 だがそれでも。アスレイは彼女と交わした約束のために、がむしゃらに進み続けた。

 どうしても迷ったときは彼女の言葉を思い出した。


『まずは相手の眼を見て、信じられると思ったら最後まで信じてあげるの。それが間違いだって判ったら、ちゃんとどうして間違ったかをよく考えれば良いの。とにかくまずは自分を信じて、相手を信じる。アスレイにだって出来ることよ』


 最初はよくわからない言葉だと思っていたが、旅を続けるにつれて何となくだがアスレイは理解出来たような気がした。

 間違っても良い。先ずは人を信じられる自分を、人を見極める目を身に付ける。

 そう自分を信じ続けて。アスレイはここまでやって来たのだった。







    

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