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二人が約束を交わしたあの日から、数年の時が流れたその年。
とある疫病がスレーズ領に蔓延した。
『人呑み枯木の餞別』。巷でそう呼ばれていたこの疫病は百年毎に突如として現れる原因不明の厄災だった。
何の前触れもなくそれは人々を侵し、数日で身体を蝕み、命を奪う。
何の手立てもなく、救う事も出来ずにその厄災は、人から人へと、村から村へと、そして街へと移っていった。
恐怖と絶望で呑み込むそれを、ある学者はこう例えたという。
『これは単なる厄災ではない。まるで憎悪から来る呪いだ』と。
山間地域に村々が点在しているスレーズ領にとって、その厄災は致命的であった。
突然人々を侵した厄災は瞬く間に村を壊滅状態へと追い込んだ。そして、他の村へ伝達する間も与えず、次の村へと広まっていった。
まるで、悪意ある生き物のようにスレーズ領を襲っていった。
そして、そんな厄災は等しくエダム村にも、何の前触れもなくやってきた。
先ずは他村に荷物や旅人を運んでいた御者の村人が罹り、そこから老若男女関係なく、村中へと広がっていった。
エダム村には医師こそ居たものの人手が足りず、またこの厄災に特効薬も存在しない。
そのため、診療所は厄災に侵された者たちで溢れ返ってしまい、溢れた者たちは集会所へと運ばれた。
「兄ちゃん、怖いよ」
「私たちも村の人たちも、みんな死んじゃうのかな」
不安な声を上げ続ける妹たちと共にアスレイはいた。
この厄災の不可思議なところは村を壊滅状態に追い込むとしても、全ての人間に罹るわけではないことにあった。
まるで罹る者と罹らない者を選んでいるかのように、隣人が侵されたとしても自分は無事であるという話は少なくなかった。
とはいえ、何の前触れもなく突然村人たちが奇病に侵され倒れていく中を平常心でいられるわけがなく。大人たちはもしもの事態を恐れ、健在な子供たちを村の外れにあったのアスレイの実家に避難させた。
アスレイを含めた子供は、そこから一歩も外に出るなと言われた。
だからこそ彼は心配だった。
我が家に避難して来た若者たちの中に彼女の姿がなかったことが。村に感染者が出て数日経ったというのに、未だ彼女が此処にやって来ないことが。
アスレイは震え上がる程、不安で仕方なかった。
嫌な予感がして、堪らなかった。
そして、彼の予感は的中した。
厄災がエダム村を襲った夜。
アスレイは父親から牛舎の片隅に呼び出された。
「どうしたんだよ、こんなところに呼んで」
父は躊躇った様子を見せながらも、その重い口を開き告げた。
「落ち着いて聞け……ミリアが人呑み枯木に侵されていた」
直後、アスレイの全身に電撃の様な衝撃が走った。
それは予感こそしていたが、直ぐには受け入れられない事実であった。
「なんで…ミリアが…どうして…だって、なんで…!?」
受け止められない事実に彼の頭は混乱し、そして真っ白になっていく。
「なんで」という言葉を何度も繰り返し動揺する中、父は言葉を続ける。
「お前には言うなと彼女にも、彼女の家族にも言われていたが…だが、俺は言うべきだと判断した」
真っ直ぐに見つめる父親の、真面目な双眸が全て事実であると告げていた。
だからこそアスレイはより信じられない、信じたくないという絶望感で、尚更に顔を青ざめさせた。
「お前はミリアに会うべきじゃない。しかし、行くべきだ! この意味が解るかっ!?」
と、突如父はアスレイの両肩を力強く掴んだ。
考えが追いつかず、放心気味であったアスレイだったが、肩から伝わってくるその痛みと温かみに、無理やり感情を奮い起こす。
アスレイは父に頷き返すとそのまま踵を返し、牛舎から飛び出していった。
駆け出していったアスレイは一気に村の集会所へと辿り着いた。
久しぶりに見た集会所は閉まりきっており、しかし奥からは呻き声が漏れ聞こえ、異様な空気を放っていた。
「ミリア! ミリア!!」
集会所の扉を力強く叩きながら彼は幼馴染みの名を叫ぶ。
しかし、冷静さを欠いた村人たちが恐怖の余り鍵を掛けてしまったらしく。頑丈な錠前は開けるどころか壊すことも叶わなかった。
と、そのときだ。扉の向こうから声が聞こえてきた。
「どうして来たの、アスレイ…!」
「ミリア!!」
それは紛れもないミリアの声だった。
今すぐにこの扉をぶち破って彼女の顔を見たい。
そう思うアスレイの願いに反し、ミリアは怒声を張り上げる。
「絶対に入って来ないで!」
当然と言えば当然の言葉であったが、アスレイは動揺を隠せない。
「どうして、ミリア…何でこんな場所に居るんだよ…なんでだよ…!」
感情は高ぶっていき、何度も力無く扉を叩き続ける。
否定された、拒絶されたような言葉にアスレイの目頭は自然と熱くなる。
扉に額を押し付けるアスレイへ、ミリアは消え入りそうな声で答える。
「誰かが言ってたの…この厄災は昔々からあって、この大地が増えすぎた人たちを『選別』するための自然の摂理なんだって……だから罹った者は大地に選ばれたのだと喜んで、大地の一部にならなきゃいけないんだって。これは運命なんだって…」
まるで諦めるために、自分に言い聞かせるために言っているような言葉。
堪らず壁を叩き、アスレイは叫ぶ。
「そんなふざけた話があるか!! 大地が決めるなんて話は信じない! これは不治の厄災なんかじゃない…絶対に治る病気なんだよ、だから…だからさ…」
だから誰か目の前にいる彼女を救って下さい。助けて下さい。
アスレイは心から強く願う。
「ミリアの顔が、見たい…」
張り裂けそうな思いの中、ようやくと声に出せた本音。
脳裏に過るあの太陽の様な笑顔を求め、乞うようにアスレイは縋った。
「それは絶対に駄目…!」
だがそれはミリアの強い口調で一蹴された。




