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 それはある日のことだった。

 この日もアスレイはいつものように、親の手伝いで牛舎の掃除をしていた。

 と、徐々に近づいてくる大声に、彼は持っていた熊手の手を止める。

 入口の方を見るとそこにはミリアの姿があり、相当な距離を走ってきたせいか肩を大きく揺らしていた。


「どうしたんだよ、ミリア」


 慌てているようにも見えるミリアの姿にアスレイも無意識に焦り、急ぎ足で彼女のもとへと駆け寄っていく。


「見て!」


 ミリアは近付いてきたアスレイにくしゃくしゃになった新聞を広げて見せた。

 こんな山間の村にも新聞は届く。

 だが、大抵は本来配達された日よりも随分と遅れて『一村に一部だけ』届く。村人たちにとってはその貴重な情報媒体は丁寧に扱われ、村の集会所に保管されていた。

 それをこんな場所にまで持って来てしまい、ましてやこんなにもくしゃくしゃにしてしまって。後でどれだけのお叱りを受けることか。

 しかし、彼女にとってはそのお叱りも些細なことのようで、気にも留めていない様子だった。


「それ、そんなくしゃくしゃにしたら大人たちに怒られるんじゃ…」

「良いのよ、それよりもここ見てここ!」


 興奮しているミリアは、くしゃくしゃの新聞紙の一面を指差す。

 強引にせがまれ、アスレイは渋々文面に目を通す。が、活字ばかりの文章に自然と眉間に皺が寄る。

 字の読み書きは出来るものの、こういった長文を読むのはあまり得意ではなかった。


「てん、さい、まそうし…が、さんぞくをたいじ…?」

「そう!天才魔槍士様!」


 と、アスレイの遅めな拝読に耐え切れず、彼女は自らこの記事の説明を始める。


「天才魔槍士っていう人がたった一人で100人近い山賊を退治したんだって!」


 ミリアの話によれば、『天才魔槍士』と呼ばれるその男は、若くして数々の功績や偉業を成し遂げており、それ故に『史上最強』といった子供たちが憧れるような通り名を持っているという。

 そんな『天才魔槍士』は国王直属の国王兵諜報部隊という部隊に属しているため、国王の命令ならば大陸各地を飛び回り、あらゆる問題・事件を一人で解決しているとのこと。

 更には、眉目秀麗で性格も問題のない好青年らしく、子供から女性、年寄りにまで。今大陸で一番人気の存在なのだと、ミリアは声高々に説明した。


「黄金色の髪に、深緑色のコートを靡かせ、振り回す槍捌きはまるでタクトのようにしなやかに軽やかに舞う―――それでいてたった一人で何でもできちゃうんだって! しかも顔もカッコイイんだって! 凄いなー、会ってみたいよね…!」


 そう語るミリアの瞳はキラキラと輝いており、零れる吐息は恋する乙女のそれそのもの。

 だが無理もない。彼女もそう言った年頃だった。容姿端麗な男に恋い焦がれ、夢中になっても可笑しくはなかった。

 むしろスレーズ領で言えばもう婚期を迎えても良い年頃であったが、縁談一つ寄せ付けないことが不思議なほどだった。そんな彼女に、ようやくと芽生えた感情と言うべきだった。

 が、しかし。一方でアスレイとしては、面白くはなかった。大好きな幼馴染みが、文面でしか語られていない男に恋をしているのだ。

 自分は男として一度も見られたことさえないというのに。これが面白くないと言わずして、何と言うか。


「…でも此処に書いてあるだけじゃないか。あくまでも噂って書いてあるし、本当はカッコよくないかもしれないよ」


 詰まらなそうに口を尖らせながら告げるアスレイ。不貞腐れているその姿は、完全に嫉妬のそれと言えた。

 だがそんな幼い彼の嫉みに気付かないミリアは、憧れる相手に悪態を付けられ表情が変わっていった。


「そんなことない! だってここに数年前から『天才魔槍士』様はカッコよくて有名って書いてあるし」

「こんな田舎村に届く新聞の情報なんて当てになるもんか。この新聞だって、もう何日も前のものだろ!」


 段々と、二人の声は張り合うように大きくなっていく。

 怒声にも近い二人の叫びに牛舎内にいる牛たちが怯えた様子を見せているが、二人の目には入らない。


「新聞が遅れてることと『天才魔槍士』様は関係ないでしょ!」

「関係なくないよ。この村じゃ新聞が届いてる頃には、もうその情報は()()()()ってことなんだから! 『天才魔槍士』だって、もう遅れてる人ってことなんだよ! もしかしたらもう年寄りかもしれないよ―――!」


 投げやりな口調でそう言ってしまってから、アスレイは思わず口を噤む。

 ミリアがいつもとは違う、見たことのない形相で彼を睨みつけていたからだ。


「これ以上、彼の悪口言ったら許さない…私怒るから」


 初めて聞いた低い声と、初めて言われた言葉に、アスレイは閉口するしかなかった。

 驚きと後悔で、反論どころか声さえもすっかり出なくなってしまっていた。敵意とも取れる彼女の凄まじい気迫に、幼かったアスレイの目からは、自然と涙が出てしまう。

 彼女に―――大好きな女の子に、嫌われてしまったと思ったからだった。




 無意識に、アスレイはミリアの前から逃げるように走り出した。

 作業途中であった掃除もそのままに。持っていた熊手も投げ捨てて、まだまだ青い少年は全てから逃げ出してしまった。

 呼び止められる声を背中にしながら、アスレイは必死に牛舎から去って行った。







  

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