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 結末から言って、アスレイは結局ネールから一勝することは出来なかった。

 『先に地面へ倒れた方が負け』と言うルールを、戦う前に決めてはいたが。ネールを地面に伏せさせるどころか、その腕一つ掴ませてはくれなかったのだ。

 ボロボロになったアスレイは、遂には降参の如く倒れ込んでしまったというわけだった。

 仰向けに倒れたまま、動けないでいるアスレイ。

 最初の一戦から時刻は進み、今は暮れなずんだ空が見える。

 そんな空を眺めながらアスレイは肩を大きく揺らし、呼吸を繰り返す。


「あー…だめかぁ…」


 心の底から漏れ出た本音だった。

 一方でネールはと言うと、汗一つ掻いた様子もなく、平然として立っている。

 息さえ乱れていないのだから、流石にアスレイも完敗と認めざるを得なかった。


「動きは悪くない。が、まだ瞬時の判断力に欠ける点も多い。ここで諦めず、更に精進することだな」


 相変わらず上から目線の言いぐさだな、と思いつつも、やはりアスレイは反論出来ない。

 ネールの言っていることは間違っていない、的確なアドバイスだった。

 アスレイは立ち去ろうとするネールへ頭だけを動かし、そして言った。


「ネールたちも色々用事があるのに今日は付き合ってくれてありがとう」


 疲労と怪我で身動きの取れないでいる彼が見せた、溢れ出る笑顔。

 そんな彼の爽やかな笑みに返すよう、ネールもまた微笑み、それから踵を返して去って行った。




 ネールと入れ違うようにアスレイへ駆け寄って来たのはレンナだった。


「こんなボロボロになっちゃって…怪我までして…ホントバカでしょ!」

「真っ先に言う事が文句って」

「当たり前じゃん!」


 そう言いながら彼女はアスレイの傍らで両膝を付き、持っていたカバンから何やら取り出す。

 それは消毒液や包帯といった手当のための備品だ。

 こうなることを予測して、予め用意したのだ。が、その手つきは残念ながら慣れているようではなく。


「消毒液って包帯に浸すんじゃなくて、傷口に付けるものなんだけど…」

「え? そうなのっ?」


 と言った具合であった。






 アスレイとレンナの二人が手当に騒いでいるその奥―――空き地から立ち去ろうとしているネールは、ケビンを見つけるなり二人の方へと目配せる。


「後は任せた」

「ああ、わかっている」


 そう言うと彼の視線はアスレイに向けられ、それから小さいため息を一つ漏らす。


「…全身の打撲に捻挫といったところか…随分と可愛い怪我で済ませられたな」

「そんなことはない。ちゃんと全力で戦った。軽傷で済んだのは彼の受け身が上手かったからだろう」


 ネールはそれだけ言い残し、歩き出していく。 

 その背中を見つめながら、ケビンは目を細め、ため息交じりに呟いた。


「良く言う…お前の全力は()()()()()を使って初めて全力と言えるんだ…」


 とは言え確かにネールの言う通り、見ている限りでは手を抜いて戦った様子もなく、間違いなく『本気』であったのだろうとケビンは推測する。

 そして、本気であろうと手抜きであろうと、骨折や切傷といった大怪我よりこの程度の怪我の方が、ケビンとしてはありがたい限りだった。


「さて、と…」


 ケビンは懐から水の入った瓶を取り出すと、アスレイへ歩み寄っていく。






 アスレイたちへ駆け寄ったケビンは、その恐ろしい光景に思わず閉口してしまう。


「ちょっと動かないでよ」

「これでどう動くんだよっ!?」


 そこには先ほどまでいなかったはずの包帯巻き男が姿を見せていたからだ。

 両手両足を見事に拘束されており、一体どうすればこのようになるのかと頭を抱えずにはいられない。

 その一方で彼をそんな姿にさせてしまった当人は、全く持って罪の意識を感じていないらしい。


「これで良し! 感謝しなさいよ」

「だからどう感謝しろって…身動き取れないし…本当、どうしたら良いんだ、これ…?」


 じたばたと体を必死に捩じらせ続けているアスレイ。

 怪我人であるはずの彼が、このままでは更なる怪我をしてしまいかねない。

 そう思ったケビンは急ぎ彼の傍に駆け寄ると片膝を付いた。




「ケビン!」

「ちょっと、今更来てももう治療は終わったんだけど―――」

「これは終わってないだろう…」


 そう言うとケビンはアスレイに巻かれていた包帯を強引に解いていく。

 見事に絡まっているため、包帯が締まる度にアスレイは激痛に顔を歪める。


「ちょ、ちょっと何すんのよ…!」

「まあ見ていろ」


 不満顔でケビンを睨むレンナに臆する様子もなく、おもむろに彼は手にしていた小瓶の蓋を開けた。

 なんてことのない真水。彼はそれをアスレイの素肌へと掛けた。


「冷たっ、いだっ!!」


 冷たさに体が反射的に動いてしまい、それによって生まれた激痛にまたもや顔を顰めることとなるアスレイ。

 そんな彼を気に留めることもなく、ケビンは続けて彼の腹部に手を掲げた。

 何かを念じるかのように、深く目を閉じ集中し始める。


「何しているんだ、ケビン―――」


 と、アスレイが尋ねかけたところで、それは突如起こった。







   

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