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カズマは翌朝になっても、キャンスケット領主の屋敷には帰って来なかった。
何があろうとも必ず毎朝姿を見せるはずのカズマの不在は、屋敷内の人間を騒然とさせる。やがてその不穏な風は屋敷外へと広がり、町中の人々の耳へと入っていく。
カズマを知る者、慕っていた者は数多く。そのこともあってか町民たちの心配や不安の声は急激に強まっていった。
事前に通報を受けて知っていた衛兵たちさえも、彼の失踪に耳を疑い、動揺を隠せないまま捜索を続けていた。
だが、結局日が沈むまで捜索を続けたものの、日付が変わり、明け方になってもカズマは姿を現さなかった。
町の人々は彼の失踪直前にあったという悲鳴や、おびただしい血痕が現場に残されていたという噂から、一連の騒動は魔女の仕業ではないかと囁き始める。
『黄昏誘う魔女』に誘われ、カズマは誘われた。
その話は瞬く間に町中へと広がっていったのだった。
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カズマの失踪が騒動となり、そこから更に一夜明けた朝。
一睡も出来ず、ベッドに座り込んでいる一人の男がいた。
寝間着も着られずにいた彼は不安や動揺により、いつも見せていた毅然とした面影は見る影もない。頭を抱え、俯き怯える姿は異常とも言えるほどであった。
と、部屋の扉をノックする音が聞こえる。
しかし男は返答しない。
しばらくと経たないうちにノックしただろう人物が、静かに扉を開けた。
「失礼します」
侍女は入室すると丁寧に扉を閉め、それから一礼する。
「おはようございます」
そう侍女は言ったが、主からの返事はなく。
代わりに不安げな、まるでお化けに怯える子供の様な顔を浮かべながら、侍女へと尋ねた。
「カズマは…?」
メイドは静かに首を左右に振る。
直後、彼は再び深く項垂れ、頭を抱える。
「どうして…どうしてこんなことに…」
青ざめた顔は更に険しく、歪んでいく。
「これは……アイツだ。これも全部アイツのせいなんだ!」
絶望の後に芽生える激しい憎悪。
歯をむき出し、力強く握られた拳は震えている。
「そうだ、アイツが…魔女がカズマを奪ったんだ! だから、だからこれは僕のせいじゃない…僕は悪くない…!」
その言動は最早情緒不安定とも取れた。
次第に彼は近くにあった枕を手に取り、それを力任せに引き裂いた。破れた布からは羽毛が溢れ、宙を舞う。
と、メイドは肩口で息をする彼の傍に近付いていく。無表情のまま、静かに歩み寄ると彼女はそっと、彼を優しく抱き締めた。
「ご主人様—――ティルダ様。ご安心下さい、貴方の事は私が守りますから…」
彼の―――ティルダの頭を抱き締める。
彼は震えながらも、徐々に乱れた呼吸を整わせていく。そうして落ち着きを取り戻すと同時に、彼女へと委ねるよう静かに瞼を閉じる。静まるティルダを腕の中で確認すると、メイドは小さな声で囁いた。
「…貴方の邪魔をする者はどんな者でも私が排除しますから…例えただの旅人だとしても、恐ろしい魔女だとしても……」
そうして彼女は優しく愛おしく、主人の後頭部を撫でた。




