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「何だ、と…」
その女性と思われる悲鳴はアスレイたちの真横に口開く裏道の向こうから聞こえてきた。街頭もないだろう暗闇の道からの叫び声。
カズマはあり得ないと言った様子で青ざめた顔をその方へと向けている。
「誰かが襲われたんだ、カズマ!」
と、アスレイが呼びかけるよりも先に、気が付くとカズマは裏道の奥へと走って行ってしまった。
「え、ちょ、ちょっと!」
彼の行動の速さに驚きを隠せないまま、アスレイも慌てて彼の後を追いかける。
しかし、必死に追いかけるが見た目からは想像付かない程、意外にもカズマの足は速く。
彼の背を見失わないよう、目で追うのがやっとの状態であった。
既に息を切らしている状態のアスレイ。
すると、その前方を走っているカズマから声が聞こえてきた。
「やっぱり俺は間違ってたのか……これは俺が追い込んでしまった結果なのか…?」
独り言のようにも思えたが、次にカズマはアスレイへと話しを振った。
「―――そうだ、そうなのだろうな…アスレイ……お前には…話すべきなんだろうな」
「カズマ…?」
走りながらであるため途切れ途切れであるが、しっかりと、カズマの決意ある声がアスレイの耳に届く。
若干乱れていた息を呑み込み、カズマは肩を揺らしながら続けて言った。
「後で、聞いてくれないか…俺の過ちと、隠していた事実を……」
その直後、カズマは更に加速して走っていく。
それは最早アスレイでは追う事も難しく、彼はあっという間に暗闇の向こうへと消え去ってしまった。
「ま、待って…カズマ…!」
アスレイの呼び声に返ってくる言葉はなく。
必死に追いかけていたアスレイであったが、その姿を見つける事が出来ず、入り組んだ道の先―――Y字路にぶつかったところで完全にカズマの姿を見失ってしまった。
「どっちに行ったんだ…?」
右か、左か。
迷っている時間さえ惜しい状況であり、アスレイは直感に任せて左へと駆け出していく。
そこは緩やかな勾配の上り坂が延々と続いていた。
所々で街灯が照っているだけまだマシかと、アスレイはその道を走り続ける。
と、そのときだ。
「あっぶないっ!!」
前方から聞こえてきた声。
直後、アスレイは何かに体を弾かれ、尻餅をついた。
「いっつつ…」
転んだ事で打った腰を摩っていると、直ぐ様、ぶつかって来た相手が彼に向けて左手を差し伸べてきた。
誰とぶつかったんだと顔を見上げると、そこには―――。
「レンナッ!?」
意外な人物がそこにいた。
「どうしてレンナが此処に…?」
突然現れたレンナに驚くアスレイ。
一方で彼女は咳払いを一つ漏らし、それから照れ臭そうな口振りで答える。
「アンタみたいに…ちょっと夜道を見回ってたのよ…」
「見回っていたって…一人でこんな薄暗い小道は危険だよ!」
「良いでしょ、いざとなれば返り討ちにする自信はあるし」
開き直っている様子の彼女にアスレイも呆れた吐息を零さずにはいられない。
「それで、此処を見回ってたとき、突然悲鳴が聞こえてきたからビックリして駆けてきたってわけよ」
その台詞から、どうやら彼女が悲鳴の主ではないと知り、アスレイは内心安堵する。
しかしだからといって此処で呑気に座り込んでいる暇はない。
レンナの差し出していた手を掴み立ち上がると、アスレイは即座に周囲を見渡した。
「レンナ、悲鳴ってどの辺から聞こえてきたかわかる?」
「え…そこに行くつもりなの?」
力強くアサは頷く。
が、その答えにレンナの表情は浮かない。
「やめときなって」
予想外の言葉にアサは目を見開き、彼女を見つめる。
「え…?」
「だって、アンタが行っても役に立ちそうにないし」
「それはレンナだって同じかもしれないだろ?」
アスレイがそう言うとレンナは不満そうに眉を顰めながら「あたしは魔道士だから大丈夫なの!」と答える。
「アスレイはちょっと強いかもしれないけど魔道士じゃないし、何かあったらどうするの?」
悲鳴のした場所にどんな危険性があるかわからない。だからそこへ連れて行きたくないんだと、訴えているようなレンナの双眸。
そんな彼女の思いやりが痛いほど伝わって来て、心優しい彼女に心配かけては申し訳ないとアスレイの気持ちも揺らぐ。
だが―――。
「それでも、悲鳴を聞いたからには行かなくちゃ」
アスレイの気持ちは変わらない。
そもそも、先に駆けて行ったカズマを見捨てて自分はこのまま残る、という考えは毛頭なかった。
意思を変えようとしないアスレイに対し、視線を外し決めあぐねるレンナ。
しかし、此処でこうしていても彼はきっと悲鳴の声主を探して走り出してしまうはずだ。そう頭の中で結論付け、レンナは人知れず諦めのため息を洩らした。
と、そのときだ。
「ならば私も君たちに同行しよう。多少の戦力にはなるはずだ」
その声はアスレイたちの背後から聞こえてきた。
二人が驚きながら振り返ったそこには、アスレイの想像していた通りの人物が立っていた。
「偶々私用で通りがかったんだが…あの悲鳴は只事ではないだろう。助けに行くならば早く向かった方が良い」
「な、なんでネールまで…」
暗がりから姿を現した女性―――ネールは毅然とした態度で二人を見つめ、それから視線を遠くへと移す。
彼女が何故こんな場所にいたのか。そんな疑問も抱いたが、今それについて詮索するのは野暮だろうと、アスレイは思考を止める。
それにネールの言う通り、こうして悠長に会話している暇などなかった。
ネールの見つめているその先が悲鳴のあった方角なのだろうと察したアスレイは、誰かが口を開くよりも早く駆け出した。
「あ、アスレイ!」
慌てて彼に続くレンナ。そしてネール。
走る最中、レンナは隣に並ぶネールを一瞥し、その顔を顰める。
確かに彼女は魔道士としてかなりの実力者のようで、そんな彼女が同行するならば、心強い味方になるのだろうとレンナは思う。
が同時に、こんなにも良いタイミングの登場は偶然だとしても出来過ぎではないかと、不信を抱いていた。
するとそんな彼女の視線に気付いたのか、おもむろにネールが口を開く。
「私はそこまで考えて動いてはいない。君たちと遭遇したのはあくまで偶然だ―――だが君の方こそ、果たして本当に偶然か…」
そう言ってレンナに向ける眼差しは、挑発的とも冷酷とも取れるような気迫を感じた。思わずレンナは言葉を失い、静かに息を呑む。
と、レンナの心情も後目にネールはアスレイの後を追いかけるべく、さっさと暗闇の道へと消えていく。
一人取り残されたレンナは、力強く握った拳をもう片手で握り締めながら言った。
「そ、それって…どういう意味よ…」
しかし、ネールの応えが返って来ることはなかった。




