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領主とのひと悶着から丸一日が経った夕暮れ。
アスレイはこの日もいつもの見回りに向かっていた。
相変わらず夜は寂しいほど静かであり、人気も感じられない。それが返って不気味さを強めていく。
町の表通りを歩いていたアスレイは、ふと立ち止まり、前方の待ち人を見やる。
そこにはランタン片手のカズマがいた。
どうやら随分と前からアスレイを待っていてくれたようだった。
それから二人は何も語らず、当たり前のように並んで歩き出す。
アスレイはカズマの後ろに続きながら夜の街を巡回していき、今は丁度大通りを歩いているところだった。目の前には先刻、領主に大言を吐いたカフェが見える。
そのときの記憶が頭を過り、自然とアスレイの顔色が曇っていく。
それからアスレイは不意に隣へと視線を移した。
真っ正面を見つめながら、迷わず歩き続けているカズマ。
アスレイはそんな彼へおもむろに口を開いた。
「今日も事件は起こらなそうだな」
その言葉を聞き、カズマは「まるで事件が起こってほしいような言い方だな」と答える。
彼の複雑そうな顔が街灯に照らされる。
「そんな訳じゃないけど…ちょっと、友人に『目的があるんならここに留まってないでさっさと町を出た方が良い』って言われちゃって…」
と、ため息交じりにアスレイはぼやく。
「目的…ああ、天才魔槍士のことか」
カズマの台詞にアスレイは肯く。
自身の目的については、前日にカズマへ話していた。
あいにくカズマも天才魔槍士に会ったことがないとのことで、良い情報は聞けなかったわけではあるが。
「その言葉は正論だけどさ。せめて俺が居る間に賊が現れて捕まえられたら良いなって思っているんだけど…」
そう話すアスレイにカズマは暫く黙っていたが、やがて静かに口を開く。
「…残念だが賊を捕らえることは容易ではない。奴らは慎重だが大胆不敵だ。俺一人では到底適わないのに衛兵も動かせようがない…だからこそこうした行為で奴らの犯行を未然に防ぐしかない」
眉を顰めるその横顔には、やるせない彼の心情が滲み出ているようにも見える。
「俺はどうしたら良いんだろうな…このままこうして町を見回っていても良いのかな…」
アスレイはカズマの方へと視線を向けながら尋ねる。
「では逆に聞くが、この町にいるお前の友人らがもしも『お前と一緒にいたいから…だから町に残ってくれ』と言われたら、残るのか?」
「…残らないよ。俺には目的があるから」
「そうだろう、アスレイにはアスレイのちゃんとした目的がある。ならばこの町の事件のために拘り続け、燻り続ける必要などはない。友人に言われた言葉で悩んでいるならば、迷わず町から出て行った方が良い。まあ、同郷の話し相手がいなくなるのは残念だがな」
そう言ってカズマは苦笑を浮かべる。
ランタンの明かりに照らされたその顔を見つめ、アスレイもまた苦笑を返した。
「そっか…カズマがそう言うなら、これ以上俺が一緒に見回りをしていても役に立つことはなさそうだな」
そして、アスレイは静かに足を止める。
突然停止した彼に気付き、自然とカズマの足も止まる。
振り返り、若干困惑顔でカズマはアスレイを見つめる。
「どうしたんだ…?」
「じゃあ、もう一つだけ聞いていいかな?」
「…何だ?」
「単刀直入に聞くよ。カズマは―――本当はこの見回りに意味がないって、知っているんじゃないか?」
カズマの目が、一瞬だけ見開く。
その反応にアスレイは「そうなのか」と確信する。
「何を言ってるのかわからないんだが…」
即座にその反応を隠そうとカズマは白を切ろうとするが最早手遅れであり、アスレイは彼に詰め寄っていく。
「地図を買って見たときに可笑しいって思ったんだ。町には小道や裏通りも蟻の巣状に沢山あるのに…カズマの見回る道は大通りや表通りの目立つ道ばかりだったから」
未然に防止するための巡回ならば、小道や裏通りこそ練り歩くべきだ。
人攫いを起こしている賊が何人、この町に潜伏しているのかも謎である以上、そう言った隅々まで行き届いた行動こそが牽制となるはずなのだ。
しかし、そもそもカズマ一人きりの巡回が果たして本当に防止策や牽制となるのか。
カズマは先ほど断言した。自分一人では到底敵わないと。
確かに手練れた傭兵と言えど、彼一人きりの巡回程度ならその目を掻い潜って人攫いを起こす事は難しくない。例え潜伏中の賊が一人であるとしても、不可能ではないはずだ。
「でもカズマの言葉通り見回りをしている間、人攫いらしき事件にも現場にも俺たちは遭遇しなかった。悲鳴一つ聞いてない」
「それは…俺の存在によって賊が慎重になり、行動を起こしていないだけだろ…?」
「そうかもしれない。けどこれまでに何十人もの人を浚ったかもしれない賊がカズマを見ただけで人攫いをぱったりと止めるかな。むしろ、恐れるどころか邪魔であるカズマ自体を連れ去ったり危害を加える公算だってあったはずだ。それに―――」
カズマの確信に満ちたあのときの言葉に、嘘偽りはなかったとアスレイは今も信じている。
『自分が見回りをしている限り、賊は人を浚う事はしない』という、まるで誰かを信じているかのような眼差しを。アスレイは今もはっきりと覚えている。
「カズマは自分が夜道を歩くだけで牽制になるってことを知っているんだ。だから人目の付きにくい小道や裏通りは歩かず、自分の存在を犯人に知らせるためにあえて目立つ通りだけを歩いているんだろ」
真っ直ぐな双眸で、アスレイはカズマを見つめる。
一方のカズマは顔色を青ざめさせていき、自然とその足は後退りを始めていく。
それはまるで目の前の青年に恐怖感を抱いている様子だった。
「これも憶測だけど……カズマは犯人を知っていて、もしかしてその人を庇おうとこんな見回りをしているんじゃないのか?」
昼間の記憶が蘇る。
領主のあの言葉、あの態度。この町のシステムを守りたいがため、非情となり魔女と言う架空の存在を信じているように見えたが、その一方で、もしかすると彼も何かしらの事情を知っている上で、見て見ぬふりをしている。黙認しているからこその言動にも感じた。
だが、これらは全てアスレイの憶測であり、確証は全くない。証拠がなければ言い逃れをされてしまい、終わりとなってしまう。
だからこそ、アスレイはカズマからの証言を得たかった。
已むに已まれぬ事情があって彼が誰かを庇っているのは重々承知であり、故に自白する確率が低いこともわかりきっていた。
しかし、彼が庇う気持ちを捨てて覚悟さえ決めてくれれば。カズマの言葉一つさえあれば。この事件は一気に解決するかもしれないのだ。
だからこそ、アスレイはこの無意味な巡回を終わらせるべく。町の事件を解決に導くためにも、彼を説得しようと思った。
「カズマ…頼むからカズマの知っていることを、本当のことを話してくれないか…?」
「違う、お前の言ってる事はでたらめだっ!」
彼の怒声は言い逃れでしかないと、アスレイは確信する。
カズマは先ほどから、一向に視線を合わせようとしない。
元々隠し事は出来ても、嘘をつくことが出来ない性格なのだろう。カズマの動揺が手に取るようにアスレイにはわかった。
「カズマがこんなことしていても、その人もカズマも苦しい思いをするだけで、何も変わらないんだ。だから…覚悟を決めて―――」
「駄目だ! 頼む、何も言うな…!」
両手で頭を抱え込み俯くカズマ。
その犯人とは、彼がこんな風に取り乱し葛藤してまで守りたいと思うくらいの相手なのかと、アスレイは思う。
だが、そうでなければこんなにも回りくどい方法をしてまで、犯人の犯行を邪魔しようとは思わない。庇おうとは思い至らないだろう。
カズマを見つめながら、アスレイの中でやるせない空しさが込み上げていく。
「このままでは町も人々も何も変わらない…そう言っていたのはカズマだろ? だったらカズマがするべきことはこんなことじゃないだろ? 第二の故郷で大切な町も、庇っているその人も、助けてあげられるのはカズマだけなんだ。カズマが変わることで、みんなも変わる事が出来るんだ」
すると、カズマは僅かに顔を上げ、両手で隠れた双眸を僅かにアスレイへ覗かせる。
これまで一度も見たことないほどに、その顔は静かなる怒りを秘めていた。
「そんなことは判ってるんだ…だが、俺はお前ほど強くはない…!」
またしても聞くその単語に、アスレイは微かに眉を顰める。
「いや、判っているんだ…だが、説得したところで無駄なんだ…アイツは―――」
と、その時だった。
「キャアアアァァッッ!!!」
甲高い、断末魔のような悲鳴が二人の耳に届いた。




