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「ちょっと待ちなさいって、アスレイ!」


 背後から聞こえてきたその声に、アスレイの足がようやく止まる。

 そこはカフェから暫くと進んだ先の小道であった。

 位置からすると、アスレイたちが寝泊まりしている宿とはもう目と鼻の先。という場所だ。

 レンナの呼び声に振り返ったアスレイは、すぐさま両手を合わせ、頭を下げた。


「ごめんレンナ!」

「え…?」


 先ほどまで見せていた怒りの様子から打って変わり、いつも通りのアスレイがそこにあった。

 その豹変とも取れる変わり様にレンナは思わず驚いてしまい、甲高い声を洩らす。


「せっかく領主と話せる機会だったのに、それを台無しにしちゃって…!」


 しかも開口一番に謝罪の言葉。その内容が自分に対してのものなのだから、流石の彼女も呆気を取られてしまった。


「べ、別にそれは大したことじゃないし。っていうか、あんな態度見せられたらマジ幻滅ものだし」


 そう言って首を左右に振るとレンナはアスレイの頭を強引に上げさせる。


「むしろアスレイってば相手は領主様だってのに食って掛かっちゃうんだから…そっちの方がハラハラさせられた」


 だからちゃんと謝ってよ。

 と、言われアスレイは素直にもう一度頭を下げて謝罪する。

 しかし、悪いことをしたと反省している反面、アスレイ自身はあの無礼と言える言動に対し、恥じても悔いてもいなかった。


「―――でもおかげでわかったよ。あの人はこの町の人のことを何とも思っていないんだって」


 ティルダが重要視しているのはあくまでもこの『キャンスケット』という町の形だけであり、そこに住まう人たちが居なくなろうがどうなろうが気にしてはいない。 

 『町』が無事ならばそれで良いと思っている。

 だから『事件』を『現象』として片付けられる。片付けてしまう。

 アスレイはそう確信する。


「確かに、あんな風に魔女のせいにしちゃってる時点で、もう話にもならないって感じだもんね」


 レンナもアスレイに同意し、何度も頷く。


「だったらこれ以上あたしたちが調査する意味って無いんじゃない? 例え証拠突き付けたって、きっとあの領主様だもん上手くあしらわれて終わりだよ?」


 こうなってはもう、後はローディア騎士隊にでも頼んだ方が良い。

 レンナはそう提言する。




 ローディア騎士隊とは。

 国王に認可された傭兵部隊であり、領地・領主が持つ権限に囚われず自由な治安維持活動が許された自警部隊だ。

 だが、彼らを動かすには彼らに『依頼』を申し込まなくてはならず、場合によっては金額が発生することもあるため、一般民では中々手の出す事の出来ない部隊。

 とはいえ、この状況下ならばローディア騎士隊も安価、もしくは無料で動いてくれる可能性は充分にある。

 と、レンナは説明する。




 ―――が、しかし。

 アスレイは彼女の提案にかぶりを振って答えた。


「いや…少しだけ。その前に少しだけ確かめたいことがあるんだ」

「確かめたいこと…?」


 レンナは首を傾げながら目の前の彼を見上げる。

 しかしアスレイはそう告げただけでそれ以上何も言わず、彼女を置いて静かに歩き出していった。

 その横顔は『何か考えがある』と言っているようなのだが、レンナには全く理解出来ず。


「えー…もうこれ以上変に首突っ込んでくとさ、領主様の台詞じゃないけど、ホント後悔する事になるって!」


 そう投げかけてやることしか出来なかった。





 

   *


 




 某時刻。暗がりの中。人影が僅かに動く。

 月光さえ注がれない暗闇の空間でワイングラスを傾かせ、その人影は独り晩酌をしていた。

 と、突然その手が止まる。

 指先が小刻みに震えだしたその直後、突然持っているワイングラスを地面へと叩きつけた。




 パリンという破壊音と共に、グラスはただのガラス片に変わる。

 粉々に砕け散ったその様を見つめながら、しかしその手は未だに震えが収まらないでいる。

 しかしこれは恐怖ではなく、怒りによる震えだった。



「クソッ…あのガキ…」


 ポツリと、憎しみの言葉が漏れる。


「馬鹿にしやがって…笑わせる」


 指先は静かに、ゆっくりと目の前の空を掴む。

 まるで何かを捉えるかのような、握り潰すかのような仕草で、震わせている指先は力強い拳を作る。

 すると、その指先からポタリと鮮血が垂れ落ちていく。


「この魔女の毒牙で必ず後悔させてやる……!」


 そう呟き、最後にその人影は静かに、不敵に笑った。







   

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