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「…ふうん」
しんと静まり返った空気の中、静かに口を開いたのはティルダであった。
彼は『どういう神経の持ち主なんだ』と感服したくなる位落ち着いた声でそう言うと、視線をメイドに向けて微笑を浮かべる。
「君が謝る必要はないよ、ユリ。君を助けてくれたという方々なら僕は彼らを恩人として迎えなくてはならない。ならば、多少の無礼も非礼も目を瞑ろうじゃないか」
それは寛大なお言葉。と取るべきなのだろう。
現に周囲の女性たちは大らかな彼の答えを聞くなり、目をハートに変え、黄色い悲鳴を上げている。
だが、アスレイは逆に不気味さを募らせていた。
領主ティルダの言動には、何ら違和感を抱く余地もないといういのに。
一瞬だけ向けた彼の流し目に、アスレイの直感が訴えているのだ。
明らかにティルダの雰囲気が変わった、と。
「ありがとうございます」
そう言ってユリはもう一度、丁寧に腰を曲げ、頭を下げる。
ティルダはそんな彼女の頭を軽く撫でてから、次に視線をレンナへと向けた。
「確かに君が怒るのも無理はないね。己の侍女が危険に晒されたらしいというのに、僕はこんなところで現を抜かしていたのだから…本当に愚かだった。すまない、それと彼女を助けてくれてありがとう」
彼はそう言うと席から立ち上がり、ユリ同様にレンナへ頭を下げて見せた。
予想外の行動にレンナは目を丸くし、同じく取り巻きの女性たちもまた目を白黒させている。
「え、いやその…」
素直に自分の非を受け入れ謝罪するティルダの姿に、言葉を無くすレンナ。
動揺する彼女を後目に、彼は頭を上げ、そして告げた。
「これだけでは足りないかな…では、是非とも何か礼をさせてくれないか?」
何が良いだろうか。アクセサリー、それとも年代もののワインかな。
レンナが何も言わない事を良い事に、ティルダは次々と話しを進めていく。
彼女の意見も聞かず、気付けば彼は「指輪が良いよね」と勝手に決めてしまっていた。
が、彼の独壇場はここで終わることとなる。
「お礼の品はいりませんよ」
そう言ってアスレイが突如、彼の前へ割り込んだからだ。
顔色を伺うかのようにレンナを覗き込んでいたティルダの前へ、アスレイは強引に割り込んできた。
だが、三度目の乱入者に対しても予測が付いていたのか、ティルダに驚く様子は微塵もない。
「ああそうか、君には指輪は不必要そうだからね」
レンナから顔を引かせ、ティルダはアスレイと真正面から対峙する。
穏やかな表情のティルダに対し、真顔で見つめ返すアスレイ。
再度、周囲には不穏な空気が流れる。
しかし、此処で突如アスレイが破願した。
「お礼の品は要らないんで、その代わり…一つだけ質問させてください」
「ふうん。構わないよ、なんだい?」
手っ取り早くこの場を収束させたいその心情をアスレイの微笑みから察し、ティルダは彼の提案を受け入れる。
アスレイはその承諾を聞いた直後、吊り上げていた口元を解き、尋ねた。
「領主様は今この町で起きている失踪事件を、本当に魔女のせいだと思っているんですか…?」
彼の質問に、ティルダもまた笑みを消す。
が、笑顔を解いた彼は、直ぐに口元へ自身の指先を当てて見せ、困惑顔を作る。
「魔女のせい以外に何があるのかな?」
その素振りはまるで恍けていると言った様子だ。
だがアスレイもそれで引き下がるわけもなく、更に核心へと近付く言葉を投げかける。
「どう考えても、これは賊による失踪事件だと俺は思っているんです」
口元では微かに笑みを作っているものの目は据わっており、ただじっとティルダはアスレイを見つめている。
アスレイも負けじと彼を見つめ返し続ける。
ティルダは暫くの沈黙の後、口を開いた。
「…僕としては、どう考えても今回の連続失踪は事件じゃないと思うんだけどね」
「どうしてそう言い切れるんですか?」
「僕はこの町を信じているからね。この町の仕組みのことも、防衛のことも、働き暮らす人々のことも」
再び椅子へ腰を掛けながら、ティルダはその視線をアスレイから町の情景へと移す。
故郷愛を語るその穏やかな態度とは裏腹に、張り詰めた空気は一向に消え去らないでいる。
一心に見つめたままでいるアスレイを横目にティルダは悠長にティーカップの紅茶を啜り、そして告げた。
「だからね、この町から望んでもいないのに消える人たちがいるという現象は―――どう考えても不気味で悍ましいあの『黄昏誘う魔女』のせいでしか表せないんだよ」
これは『事件』ではなく、『現象』。
そう言いきった彼の言葉がアスレイの耳に張り付いて離れない。
口元に微笑みを浮かばせているティルダを見つめながら、アスレイは理解した。
もうこの領主には何を言っても無駄なのだと。
カズマが独りで奮闘してしまう気持ちがわかったと。
「…わかりました、ありがとうございます」
アスレイはそう言うと、律儀にティルダへ向けて頭を下げる。
だがその口振りは先ほど以上に不愛想さを含ませており、機嫌の悪化を表している。
一方アスレイの言葉を聞いたティルダは、少年の不満足さとは真逆に満足げに笑ってみせた。
「そうかい、君の質問にきちんと答えられたのならば良かったよ」
それから彼はもう一度優雅な手振りで紅茶を啜る。
話に区切りがついたと察した取り巻きの女性たちは、そんな彼へ我先にと口を開き始めた。
レンナのせいで中断してしまった雑談の続きと言ったところだ。
アスレイはそうした彼らの様子を見る事もなく、さっさと踵を返しカフェテラスを去ろうとする。
「ちょっと、アスレイ…?」
いつになく無表情な横顔が気になったレンナは、思わずアスレイを呼び止めようとする。
しかし、彼女の心配そうな声に答えることもせず、アスレイは歩いていく。
その態度には此処まで案内して来たユリでさえも、動揺を見せるほどだ。
と、そんなアスレイを突如、ティルダが呼び止めた。
「単なる好奇心なのか記者志望なのかは知らないけれど……これ以上、現象の詮索は止めた方がいいんじゃないかな。でないと…次は君が醜悪な魔女の毒牙にやられることになるよ」
足を止めるアスレイ。
彼はティルダを見る事なく、答えた。
「俺は俺が見て信じた友人の為に、出来る限りのことをしているだけです―――上辺でしかものを見ていないのに信じていると語る貴方とは違う…!」
「アスレイ!」
いつになく怒りを表している彼に、レンナは思わず叫ぶ。
先の彼女の言動は単なる戯言と笑って許してくれた。が、アスレイの的を射た言葉は、流石に笑えはしないだろうと瞬時に悟ったからだ。
彼女の推察通り、直後、殺気立った気配がアスレイたちに突き刺さる。
「今の失言は聞かなかったことにしよう。が…次からは言葉には気を付けた方が良い」
これまで見せていた笑顔も忘れ、鋭い眼光でティルダはアスレイを睨みつけた。
振り返り、それを睨み返すアスレイ。彼に謝罪する素振りはない。
むしろアスレイに代わって、侍女ユリが何度も頭を下げ謝っていた。
「すみません…すみません…!」
ティルダが見せた憤慨は他の女性たちも動揺を隠せず、言葉なく彼から一歩引き下がってしまったほどであった。
アスレイはその様子を一瞥し、何も言うことなく歩き出す。
慌ててレンナも彼の後に続き走って行き、二人は領主のいるカフェから立ち去っていった。




