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アスレイたちは近くの雑貨屋に行くとこの町の地図を購入し、早速それを広げてみた。
「こうして見るとやっぱり結構複雑だな…」
キャンスケットの地図はとても精確に作られており、つい一月ほど前にも作り替えられたばかりなのだという。
町の造りは大通り数本を軸にいくつもの裏通りが網目状に交錯しているといった具合だ。
領主の屋敷から町の玄関口までには高低差もあり、この町の複雑さをアスレイは初めて知る。
「ちょっと密集し過ぎ感はあるけど…大抵どこの町もこんなもんでしょ。っていうか、町中見回りしてるのに知らなかったの?」
「昼と夜じゃ見え方が違うからわかりにくいんだよなぁ…」
僅かに眉を顰めそう言うとアスレイは地図上の一点を指さす。
そこは居住区の一角といった場所だ。
「ここが行方不明になったっていう仕事仲間の友達が住んでる場所なんだ」
「何でそれをアスレイが知ってんの?」
「住所を聞いてきたんだよ」
ちなみにルーテルは既にファリナの家へ、行方不明になってから何度か足を運んだのだという。
しかし彼女の住んでいたアパートは家具もそのまま手付かず状態であり、他に人が来ていた形跡もないということだった。
本来ならその時点で衛兵たちは不穏を抱くべきなのだが、あいにくこの町においてはその段階は『夜逃げ』という公算で処理されてしまう。
そのため、行方不明とは断定できないという話であった。
「それで行方不明にならないんだったらどの段階で行方不明になるんだって話だよ」
そんな不満を漏らしながらアスレイは次に自身の仕事場でもあったカレンの仕分け所の倉庫を指さす。
地図上で見る限り、仕事場からアパートまでの道順は大通りを経由していくとコの字で繋がり、距離はそれなりにあるようだった。
「ルーテルと別れたその日の夜、彼女はこの道の間で浚われたってことか…」
アスレイが一人納得していると、突如隣にいたレンナが地図を覗き込みながら否定する。
「っていうか、どう考えてもこっちの道の方が早く着くんじゃない?」
彼女が指さす順路は地図上ではほぼ一直線のもので、確かにこれならアスレイの選んだ道のりよりも時間短縮が出来る。
が、アスレイは直ぐに同調しない。
「でもこれって裏道だろ? 最近独り暮らしを始めたばかりの女の子がこんな道を通るなんて危なすぎるんじゃないか?」
レンナが指し示した道は大通りや表通りではなく、所謂裏通りと呼ばれるような細い道通りであった。
夜に女性一人で通ろうと思うような道ではないだろうとアスレイは力説する。
しかしレンナも一向に譲らない。
「女の子だとしても、遠回りする表通りじゃなくって近道になる一直線の裏通りを行こうって思うんじゃないの?」
しかも自宅から作業場までは一本道。だからこそ、覚えやすくて通ってしまうはずだ。
そうレンナに詰め寄られては確かにと、強く否定出来なくなってしまうアスレイ。
そこで二人はとりあえず、この二つの道に的を絞り、証拠探しをすることとした。
先ず二人はアスレイが見つけた大通りのみ経由する道のりを歩いてみる。
やはり町の大通りというだけのことはあり、人の通りは多く、朝から日中にかけては人の行き交いが止むことはないほど。
夜は夜とてカズマが見回りを毎日している道のりであったため、人攫いが出来るような道ではないと推測された。
そのため、今度はレンナが見つけた道のりを歩いてみるべく移動する。
ファリナが住んでいたアパートの、表通りに面した玄関を出て直ぐ横。そこに例の裏通りはあった。
だが、そこは通りと呼ぶにはあまりにせまい裏路地だった。
大人四人並んで歩けるか程度の幅で、街灯は一つもなく。まだ昼下がりだというのに奥の奥まで真っ暗といった具合だ。
近道だと言われても、そこを通るにはそれなりの度胸が必要と思われた。
「まさに裏道って感じ。でもここなら浚われた可能性はありありって感じするし、証拠の一つや二つ落ちてそうじゃない?」
そう言ってレンナはその通路へ入っていこうとする。
が、直ぐにアスレイはそんな彼女を引き止めた。
腕を引っ張られ、強引に足を止めることとなった彼女は不機嫌そうに口先を尖らせながらアスレイを睨む。
「何よ急に」
「一人で突っ走ったら危ないだろ? 俺が先行するから、レンナは後ろから離れずに歩いて―――」
そう話すアスレイを、今度はきょとんとした顔で見つめるレンナ。
不思議そうに目を丸くしている彼女の視線を察し、アスレイは思わず首を傾げた。
「俺、何か可笑しなこと言ったかな」
「いや、そうじゃないけど…アンタもしかしてあたしのこと心配してくれてんの?」
「当たり前だろ。か弱い女の子に危なそうな道を先には行かせられないよ」
彼女が呆気に取られていた理由を知ったアスレイは、当然といった態度を見せて答える。
と、その直後。
通りがかる人が思わず立ち止まってしまうほどの大声を上げてレンナは笑い出した。
まさか大笑いされるとは流石に想像していなかったアスレイは、怒りを通り越して驚きの眼差しで彼女を見つめた。
「え、そこ笑うところ…?」
「だって、だって…そんなこと言われるなんて、思わなくって…アンタってホント面白いよね!」
面白いという予想外の表現に、彼女の笑い声に負けないくらいの素っ頓狂な声を思わず上げてしまうアスレイ。
目を見開き、恥ずかしさからか無意識に頬に熱がこもっていく。
「面白いって…どうしてそうなるんだよ」
腹部を押さえながら声を押し殺して暫く笑い続けていたレンナだったが、ようやく落ち着きを取り戻すと、彼女は顔を静かに上げ、目に浮かぶ涙を指先で拭いながら答えた。
「ごめんごめん…か弱い女の子なんて暫く言われた事なかったから、もう可笑しくて…」
「そうなの?」
アスレイより頭二つ分も小さく体つきも華奢な彼女は、どう見てもか弱い女の子にしか見えない。
意外だといった様子で驚きを隠せないアスレイを見やり、レンナは一瞬だけ思案顔を見せた後、腰に携えていたナイフを取り出した。
それをクルクルと手慣れた手つきで回転させてみせながら、彼女は言う。
「こう見えてアンタよりも長く旅してるんだもの。賊でも獣でも楽勝なのよ」
と、レンナのウインクに合わせるかのように、僅かな光を浴びてナイフにはめ込まれているトパーズが輝く。
よく見るとそのナイフは以前彼女と初めて出会ったときに見せて貰った魔道具だった。
グラスの水を土へと変貌させた現象を思い出し、そういえばとアスレイは理解する。
「そっか、レンナは魔道士なんだもんな」
「ま、そういうこと。か弱いなんて扱いされる必要ないってことよ」
そう言ってレンナはアスレイを残し、さっさと裏通りを歩き出していく。
もしや機嫌を損ねさせてしまったかと一瞬肝を冷やしたが、足取りからしてそうではないようなので一安心する。
彼女を追いかけるべくアスレイも歩き出しながら、ふと思う。
使い方さえ学べば幼子でも使えるという魔道具。
そしてそれを扱えば女性でも大の男を軽く吹き飛ばす事が出来るのだ。
「…凄いよな。やっぱ俺も魔道士になろうかな」
思わずぽつりと、そんな言葉をアスレイは洩らした。




