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予想外の返答に驚いたアスレイは目を丸くさせながら改めて尋ねる。
「本当?」
ネールはそんなアスレイの様子にも態度は変えず―――そもそもネールの態度は一定であるが―――視線を前方へと移してから口を開く。
「…あくまでも私の推測でしかない。聞く聞かないは君の自由だ」
「いや、聞かせて貰うよ」
「―――では分かり易く一つずつ説明していこう」
そう言うと彼女は歩きながら説明を始めた。
聞き逃しが無いよう、彼女の歩幅に合わせアスレイは隣を歩いていく。
「この町では現在、連続失踪事件が起こっている。それが賊の仕業である事を前提とした場合、だとすれば賊はどの様に人を浚っていると思う?」
ネールの問いかけに思案顔を浮かべるアスレイ。
「それは…夜アジトからやってきて町に潜入して、それで次々と浚っているんじゃないかな?」
「まあ妥当だが、町一帯の警備は厳重にしていた。そう容易く潜入は出来ないだろう」
キャンスケットの町では現在、王都の祭のために集められた商品、食材が多数保管されている。
近隣の村や馬車が賊に襲われている現状もあるため、衛兵団や傭兵たちが町の周囲を囲うように、昼夜問わず、厳重も厳重に警備を続けているのだ。
町を出入りする馬車も当然許可書がなければ通ることは許されないため、馬車を偽装させての侵入も不可能と思われた。
キャンスケットの町には外壁こそないが、そういった涙ぐましい努力のお陰で、今現在も食材や商品が奪われたという一報は一度もないとのことだった。
「あ、だったらこういうのはどうだろう?」
アスレイの脳内にある推測が閃き、そう言ってネールの方を見やる。
見つめているネールとの視線が重なり、僅かに緊張が走るものの、彼は臆せず語る。
「賊は既に町の中に潜伏していて、人を浚った後、許可書の持っている馬車の荷物にその人を紛れさせて町の外へと抜け出させる。そうすれば衛兵たちにも怪しまれず浚った人を町の外に連れ出すことが出来る!」
元より流民の多いキャンスケットならば、住民に紛れて住み着くは容易いことだ。
更に言うならば、町外の警備が厳重であるせいか、町中での兵団の姿はほとんど見ない。
そうなれば人を浚うのもまた容易なことで、後は許可書を貰った馬車に荷物と共に紛れ込ませれば、簡単に連れ浚うことが出来る。
「君にしては上出来だな」
「しては、は余計だって」
多少不機嫌な顔は見せたものの、アスレイはネールの言葉に思わず顔が綻びそうになる。
この方法ならば衛兵団の目を盗んで連れ去ることは可能だし、人が忽然と消える事件の謎にも繋がる。まず間違いない。アスレイはそう確信し、心が湧き立った。
が、その一方でネールの表情は何故か硬い。 嫌な予感は的中し、案の定彼女は「しかし」と付け足した。
「その推測が間違いないとするならば…次の問題は『では潜伏している賊は果たしてどこにいる誰なのか?』ということになる」
「そ、それは―――」
何か言い返そうとし口を開いたが、アスレイは何の言葉も浮かばなかった。
この町に潜んでいる賊は何処の誰であるか。そう尋ねられて即答出来るはずがない。
何故ならそれは、この町のほとんどの人間が名乗れる身分もない容疑者となってしまうからだ。
と、そこでアスレイはあることに気付き、足を止めた。
「気付いたか」
その言葉を聞く限り、ネールは既にこの結論にたどり着いていたのかと察する。
言葉が出ない彼に代わって、ネールは告げた。
「潜伏中の賊だと思われる人物―――つまり人攫いの見込みは、この町のほとんどの人々に当てはまってしまう」
何度も言うように、ここは流民の多い町だ。
ある日ある時突然と町に住み着いた者が賊ではないという保証は存在しない。
斡旋所では登録書と言うものこそ存在するが、適当な嘘を並べれば賊だとばれないし、町に住むだけならば登録する義務さえもない。
そもそも潜伏している賊―――お尋ね者の数もいかほどなのかさえ、定かではないのだ。
そうなれば何もかもが怪しく見えてしまい、隣人さえも疑うべき相手となってしまう。
「つまりはそういうことだ」
ネールが言った。
ゆったりと日が暮れ始めた空は、徐々に淡い黄昏色へと染まっていく。
煉瓦調の街並みに差し込んでいる光に照らされながら、ネールはアスレイを見つめる。
「失踪事件の犯人を賊説で疑うということは、この町の人々を疑わなくてはならないということになる。しかもその対象者は町の住民ほぼ全てとなるだろう」
それは新参者然り、古参の者でさえ、町に流れ着いた者たちにとってみれば疑うべき対象に違いはない。
そもそも町に賊が潜伏しているという見込みが有ること自体大問題であり、これを対処するには相当な労力と町の根底を覆すような改革が必要になる。
それこそ『流民を町に受け入れない』という程の改革が。
「まさか、そんな…」
そんな言葉しか、アスレイには出てこなかった。
すっかり止まってしまった足先をただただ見つめている彼へ、ネールは言葉を続ける。
彼女の胸元では、半月を象ったペンダントのモチーフがキラリと揺れ動く。
「流れ着いた者たちにとって、この町はようやく辿り着いた憩いの場だろう。同じような境遇の者も多く、共感し合う事も出来るだろうからな」
「けど、事件のせいで町の人々は同じ町の仲間を疑わなくちゃならなくなる」
「ああ―――だがそこで住民たちは有る噂を耳にする」
「それが『黄昏誘う魔女』…」
ネールは静かに頷く。
より一層と空は色濃く、黄色く朱く染まっていく。
「誰かを疑うくらいならば、『魔女』という不確定の存在を信じた方が楽。という考えに皆は至ったのだろう」
「そんなの……ただ現実を考えるのが怖くなって空想に逃げたのと何も変わらないのに…」
「しかしそう思った者が実際にいるからこそ、魔女の噂は今も広まっている」
言い返す言葉もない。
カズマの言っていた信じたい理由というのがまさかこんなことだったのかと、アスレイは複雑な気持ちを抱く。
「黄昏誘う魔女の名が浮上したのも、彼女が連続失踪事件で名の挙がった存在だからこそだろう。その方が信憑性も上がるからな」
そう言ってネールは立ち尽くしているアスレイを見やる。
「疑うは容易だが信じることはそう容易ではない。更に一度疑ってしまうと何もかもが信じられなくなる。だからこそ彼らは『魔女』を疑うことにしたのだろう」
「だけど…」
「それは単なる逃げにも見えるだろうが、それもまた彼らなりの決断ということだ」
アスレイは静かにネールの方へと視線を向ける。
相も変らぬ無表情で、冷たいと思える視線を向けていたが、いつもとは違いその双眸に何処か優しさのようなものを抱いてしまう。
夕焼けの光のせいなのだろうかと、アスレイはふとそう思う。
それからおもむろに視線を逸らし、呟くようにネールは告げる。
「それに―――皆、君の様に強くはない」
「俺が…強い?」
突然言われた予想外の言葉にアスレイは驚き、目を大きく開かせる。
目の前の少女にさえ勝てない。
町を歩けば知らぬ間に騙されてしまっている。
そんな自分が果たして強いのか?
アスレイがそう首を傾げるのも無理はない。
「ああ、君は強い」
「記憶を辿っても弱さしか見せてないけど…」
「いつか判る日が来るだろう…まあ私と勝負で勝てた日が来たら、それについても教えても良い」
ネールはそう言って、歩き出していく。
何処か笑みの様な横顔を見せ、横切っていくネール。
多少迷ってから、彼女の後を追いかけたアスレイは、しばらくしてポツリと呟いた。
「…勝負ってさ、早食い競争じゃダメ…?」




