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結局この日ルーテルは仕事場に戻って来ることはなく。アスレイの仕事は終わりを迎えた。
カレンたちには既に前日に話してあり、本来ならばこの後皆でカレンの手料理をご馳走になりつつ盛大なお別れ会を開く予定であった。
しかし、ルーテルの件もあるため、皆そんな雰囲気ではないだろうとアスレイの方からパーティを断った。
「すまないね。本当ならお別れ会をするつもりだったのに…」
頭を下げるカレンへ、アスレイは笑みを浮かべながらをかぶりを振る。
「良いんですよ。それにお別れといってもまだしばらくは町に滞在するつもりだし」
そう言ったアスレイに、もう一度カレンは頭を下げる。
するとリヤドもまた、申し訳なさそうな顔でカレン同様謝罪の言葉を告げた。
「本当にすみません…僕、この後彼女を探しに行って―――」
「それは止めとけって。夜になろうって時刻なのにガキ一人を町に放り出せねえよ」
言いかけたリヤドの言葉を、朝方彼に絡んでいた男が遮る。
眉間に皺を寄せている彼の脳裏では、例の魔女が想像されているのだろう。
不服そうな少年の一方で、他の作業員たちも止めとけとリヤドを囲い始めた。
「ルーテルは俺らが探しとくから」
「…はい」
作業員たちは中途半端な気持ちで忠告しているわけではない。
彼らもまた、ルーテルとリヤドを家族のように思い心配している。だからこその言葉なのだ。
そんな様子を黙って眺めていたアスレイであったが、そのうち静かに踵を返す。
「ああ、もう行くのかい?」
黙って去ろうとするアスレイの姿に気付き、慌ててカレンが呼び止めた。
アスレイは振り返り、それから軽く頭を下げる。
「はい、色々とお世話になりました」
笑顔でそう言うアスレイに、カレンもまた口角を吊り上げて笑う。
彼女の隣に並んだリヤドが手を振り始めると、他の者たちもまた、大きく左右に手を振り回し始める。
「気をつけてな」
「またな」
「いつでも遊びに来いよ」
そんな声を背に受け見送られながらアスレイは歩き出し、お世話になった仕事場を後にした。
辺りはすっかり日も暮れ、魔道製の街頭が通りを照らす時刻となっていた。
街頭は煌々と街並みを明るく照らしているが、一歩路地裏に入り込めばその先には灯りなどなく、不気味な雰囲気を漂わせている。
それまでは何も気に止めず歩いていた道のりであったが、多数の人を闇へと誘い呑み込んでいるかもしれないと知った今では、恐怖を感じずにはいられない。
人の気配さえ感じられない、こんな通りでもしも魔女が本当に突如現れたら、どうしたものか。
そんなことを考えながら歩いていたそのときだ。
アスレイが歩く、通りの対面から現れた人影。
一瞬ドキリと心臓が高鳴ったものの、直ぐに見知った顔だと気付き、それは次第に収まっていく。
「―――ルーテル」
アスレイはその人影へと呼びかける。
と、彼女は足を止め、俯いていた顔を静かに上げた。
アスレイを見つめるその顔は、出会った当初のような鋭く冷たい眼孔を放っていた。
「…何」
彼女の発した声はいつも以上に単調で低い。
その言動から察するに、やはりファリナは見つからなかったようだ。
「皆心配していたよ?」
「わかってるって。今、機嫌が悪いの…だから話しかけないで」
ルーテルはそう言うと再び顔を俯かせる。
それは『これ以上私に関わるな』と、威嚇しているようだった。
しかし、だからこそアスレイとしては彼女を何とかしてあげたい。助けてあげたいと思った。
一歩も動かず黙っているアスレイに対し、ルーテルもまた動く気配がない。
と、俯いたままでいた彼女は突如、小さな呟くような声で喋り始めた。
「…ファリナは確かに、いつか王都で暮らしてみたいって言ってた。だから、カレンさんが言うように一人で王都に出て行ってしまったのかもしれない…」
街頭に照らされている、彼女の震える拳。
アスレイは真っ直ぐにルーテルを見つめ続ける。
「だけど……私に黙って居なくなるなんて、信じられないっ! 私には絶対、旅立つ前にちゃんと話してくれるはず…だからきっと何かあったんだ。何か事件に巻き込まれたんだ!」
彼女は徐々に強い口調となりながら、そう話す。
更に深く俯くルーテルの、その髪の先さえも、小刻みに震え始めていた。
一見冷血のように見えて、しかしその内面はとても直情的なルーテル。
カレンは彼女を人一倍プライドが高いと言っていたが、それだけではないのだ。彼女は人一倍、仲間思いでもあるのだ。
目の前のルーテルを見つめながら、アスレイはそう確信した。
「…どうせあんた何かが、こんな話、信じちゃくれないだろうけど…」
自虐的にそう言って鼻で笑うルーテル。
隠すように顔を伏せたままである彼女を見つめながら、アスレイは答えた。
「―――信じるよ」
そう言って彼はゆっくりと、ルーテルの傍に歩み寄る。
そして、震える彼女の頭に優しく自身の掌を乗せた。
「だって、君は嘘つくために泣くような子じゃないから」
アスレイの言葉にルーテルは慌てて顔を上げる。
彼を見上げるその大きな瞳には、薄らと涙が輝いていた。
ルーテルは急ぎそれを拭い取り、それからアスレイの手を払いのける。
「馬鹿…っ!」
しかしそこには先ほどのような冷血な様子はまるでない。
頬を赤くさせる、何処にでもいるような少女の姿があるだけだ。
「王都に行くまでは日数も暇もあるし、俺も色々当たってファリナを探してみるよ」
アスレイは払われた手を下すと、苦笑にも似た笑みを浮かべてそう告げる。
依然として視線を合わせないでいるルーテルだが、それでも先ほどより多少は和らいだ顔になっていた。
「だからルーテルはちゃんと明日から仕事に戻るように! いいね?」
「私に指図しないで…」
不機嫌そうな言葉を吐くが、その声に棘はない。
顔を背けたまま歩き出すルーテルは、去り際の最後に一言だけ返してくれた。
「……信じてくれて、ありがとう」
直後、彼女は勢いよく地面を蹴り走り出す。
その方角は間違いなくカレンたちの待つ仕事場の方で。
走り去るルーテルの背中を追いかけながら、アスレイは安堵の息を漏らした。
「さて、と…」
彼女の姿が見えなくなると同時に、止めていた足を動かし、アスレイは今度こそ宿へと向かう。
明日からはもう働く必要はない。
が、明日からやるべきことは出来た。
信じた少女のためにも、とアスレイは決意を胸に宿へ帰った。




