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 給金を受け取ったアスレイは、宿へ戻るべくその重い体を起こす。

 まだ寝転がっていたい気持ちはあったものの、いつまでもそこで寝ていてはまたルーテルに何やら皮肉を言われてしまいそうだったからだ。

 とは言え、起き上がった彼の腰はすっかり曲がったままの状態になっており、膝も笑っていた。両腕など上げられそうにもない。

 と、そんな彼にカレンが尋ねてきた。


「ところでアンタ、夕飯はどうするんだい?」


 良かったらご馳走するよ。と付け足して、彼女は白い歯を見せ笑う。

 確かに働きに働いたおかげで今のアスレイは空腹状態だった。

 しかもタダでご馳走になれるのであらば、こんなに嬉しいことはない。

 アスレイは二つ返事でご馳走になろうと口を開けた。

 既に脳内では様々な料理が想像され、自然と涎が溢れ出る。

 ―――が、しかし。


「そいつが来るなら私は行かない」


 と、突然ルーテルがそんなことを口にした。

 彼女の方へ視線を移すと、アスレイを見つめるその双眸はまさに威嚇する獣そのものだ。

 最初に言ってしまった失言が余程許せないらしく、すっかりアスレイを敵視している様子だった。

 どうやら先ほどの冷たい言葉も冗談や単なる皮肉ではなく、嫌悪感から発していた言葉だったようだ。

 まさかの言葉にカレンもリヤドも慌ててルーテルを説得するが、それで彼女の機嫌が良くなることはなく。

 眉を顰めたまま、さっさとその場を立ち去ってしまった。

 残されたアスレイとしてはあんぐりと口を開けたままでいるしかない。


「すみません!」


 またもやルーテルに代わり、何度も頭を下げて謝罪するリヤド。

 と、彼は顔を上げるとなんとか彼女を説得してみると付け足す。


「ルーテルさんはお腹が空いてるからイライラしてるだけなんです。だからここは僕に任せて下さい!」


 強く拳を作り、そう意気込むリヤド。

 しかし、そんな彼を制するようにアスレイはかぶりを振った。


「あー…いや、今回は俺が遠慮しとくよ。嫌がる台詞を言った俺の責任なわけだし」


 そう言って頬を掻きながら苦笑して見せるアスレイ。

 カレンとリヤドは互いに顔を見合わせてから、改めてアスレイに深く頭を下げた。


「…あの子はね、男に負けるのが特に嫌みたいで…だから男相手には誰彼構わずあんな感じに突っかかるんだよ」


 それは、言うなれば彼女が今まで独りで生きてきたからこそ出来上がったプライドなのだろう。

 私は何でも一人で出来る、女だって男に負けじと出来るんだ。という強い自尊心。

 そんな彼女にとって、自分のプライドを容易く傷つけ兼ねない異性は凶悪な敵にしか見えないそうだ。

 そうカレンが説明した。

 ちなみに、肉体労働であるにも関わらずこの仕事に男手が少ないのも、そんな彼女の言動が原因の一つにあるようだった。





「本当にごめんよ。でも悪い子じゃないんだよ」


 何度も頭を下げて謝り、何度も彼女を庇う様子はまさに母親の姿で。 

 カレンもまた、ルーテルを想う家族の一人なんだとアスレイは理解する。

 否、そもそもカレンにとっては此処で働く仲間全員が大切な家族なのだろう。

 だから誰にでも優しく豪快に接し、気軽に親切に話す。

 彼女はとても素晴らしい人だ。

 そう思ったアスレイは口元に自然と笑みを浮かべた。


「わかってます。明日また来て俺から彼女に謝ってみます。それで嫌われたままだとしても、仕事は諦めないですけどね」


 アスレイの言葉を聞いたカレンは安堵した様子を見せ、「ありがとう」と控えめに笑ってみせた。


「それじゃあまた明日」


 未だ此処に居座るのはカレンやリヤドに気を使わせるだけだろうと察したアスレイは、多少の名残惜しさを抱きながらも踵を返す。


「ああ、また明日」


 手を振るカレンたちに見送られながら、アスレイは重い身体を引きずり宿へと帰った。






 心身共にくたくたの状態であったアスレイは、道端で拾った木の棒を杖代わりにしながら時間を掛けて、ようやく宿へとたどり着くことが出来た。

 このまま部屋に戻ってベッドに倒れ込みたい心情であったものの、それよりも腹を満たす方が先決だと、最後の力を振り絞るように食堂へと足を運んだ。

 彼の訪ねた食堂は宿と併設しており、宿泊客以外にも料理を提供している。

 そのため、現在夕食時である食堂内は所狭しと客で溢れていた。

 空席はなく、相席は必須。

 それどころか座る場所さえもないように思えた。


「これは別の食堂探した方が良いかもな…」


 と、愕然とし嘆いたが、今の体力ではもうあちらこちら歩く余裕さえない。

 席が空くまで待つしかないかと途方にくれていた、そのときだ。




「―――アスレイ」


 賑やかな喧騒に紛れて聞こえてきた、覚えのある声。

 その安定感ある重低音が聞こえた方へと振り返ると、そこにはアスレイがやはり想像した通りの姿。


「ケビン!」


 軽く手招きしている彼の方へ急いで歩み寄ってみると、そのテーブルは運良く一席分の空きがあった。

 ケビンに感謝し、喜びに笑みを浮かべながらアスレイはすぐさまその席につく。

 と、ふと自身の向かい席へ目線を移したアスレイは、やはり居るかと無意識に声の質を下げる。


「あ、お揃いのようで…」


 そこには当然の如くネールが座っていた。

 アスレイの露骨な言動にも相変わらず無反応なネール。

 そんな彼女に何か苦言でも言ってやろうかと思ったそのときだった。

 自分の隣の席にいた意外な人物が視界に入り、思わず其方に視線を移した。


「―――って、レンナ!」

「驚き過ぎだから」


 予想外の組み合わせにアスレイは目を丸くさせ、食堂中に響くくらいの大声を張り上げてしまう。

 一方で彼の驚愕する様子に、レンナとネールは呆れとも取れる顔で彼を見つめた。







  

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