名探偵! 墓守天子! ※現行犯逮捕限定
僕は今、学校の言いつけを破って放課後の町を歩いている。
今月に入ってから既にこの町の近くで七人の人間が殺されているから、子供が一人で出歩くのは禁止されているのだ。でも、高校生のお兄さんとお姉さんは一緒にバラバラに分解されて公園の噴水にばらまかれてしまったし、サラリーマンのおじさんは山の中に棄てられて野良犬の御馳走になってしまったし、大人と一緒だからと言って殺されないとは限らないから無意味な決まりだと思う。
殺人犯は大人だって子供だって殺してしまうのだ。殺人犯から見たら、大人と子供がいるんじゃああなくて、殺せる人間が二人いるだけに見えるに決まっている。大切なのは、殺人犯に殺されないようにすることだと思う。
その点、僕は安全だ。
僕はその七人を殺した殺人犯にお礼を言いたいのだから。
殺人犯さんはあっくんを殺してくれた。そのお礼を僕は殺人犯さんに伝えたい。
あっくんはクラスの人気者だったけど、本当にあっくんのことを好きな人はいなかった。あっくんは頭が良かったけど、それと同じくらい性格が悪かった。クラスのみんなも先生も見下していて、『ショーコ』が残らないように酷い悪戯をして沢山の迷惑をかけていた。
そのせいで、先生は二人辞めてしまったし、クラスには不登校な子が七人もいた。
そのあっくんが二日前、殺された。
大人達は詳しく教えてくれなかったけど、第一発見者のお兄さんが言うには『目玉を刳り貫かれて、それが鼻の穴に詰められていた』みたい。僕は持っていないけど、スマホを持っている子がツイッターで見たと教えてくれた。
ざまあみろ。
僕はそう思った。
あんな奴は死んで当然だったんだ。テレビの中の人は『ざんこく』だとか『あくぎゃく』だとか『ひどう』だとか言うけど、それはあっくんのことだ。あっくんが死んで本当は喜んでいる。学校では皆、悲しい振りをしているだけで、心の底ではほっとしている。
テレビは何も知らない癖に、『せんにゅーかん』だけで話しているに違いない。
他の六人の被害者がどう言った人だったかは知らないけど、少なくともあっくんを殺したことは間違っていない。正義の行いだ。だから僕は学校の皆を代表して、殺人犯さんにお礼をしようと町を歩いているのだ。
だけど、簡単に殺人犯さんは見つからない。顔も名前も知らないのだから当然と言えば当然だ。僕は僕自身何を探しているかわかっていないのだから、見つけようがないとも言える。
それでも僕は僕の誠意の為に殺人犯さんを探すと決めたんだ。
「それは間違っているよ。人殺しはいけないことだ」
うろうろと人気のない場所を歩き回っていると、僕はおまわりさんに捕まってしまった。僕が産まれるよりも前に潰れてしまった陶器工場の近くで、普段でも近付いちゃあ駄目だと言われている所だ。おまわりさんはこんな場所もパトロールしているなんて、大変だな。
最初に殺されたのもお巡りさんだったのに、怖くないんだろうか? その人はおじいさんだったんだけど、素っ裸にされて公園のゴミ箱に頭から入っていたらしい。
まだお兄さんって感じのお巡りさんは少し厳しい口調で「こんな所で何をしているの?」と訊いて来て、僕は正直に説明した。お巡りさんに嘘を吐くのは怖かったし、お巡りさんなら犯人を知っているかもしれないと思ったからだ。
でも、お巡りさんは僕の話を訊くと「人殺しはいけないことだ」と何度も言うだけで、何も教えてくれなかった。
「例えあっくんが嫌な奴でも、あっくんを殺すことはいけないことなんだよ」
「でも」少し怖かったけど、お巡りさんに対して口答えした。逮捕、されないよね? 「あっくんは本当に酷いんだ。女の先生は『のいろーぜ』になって校庭で自分の首を包丁で刺しちゃったし、きーちゃんは自分の大好きなペットの犬を自分の手で殺すことになっちゃったんだ。あっくんは沢山の人の人生を滅茶苦茶にしたんだ」
あっくんは控えめに言っても最低の人間だ。あのままあっくんが生きていたら、僕だって人生を駄目にされていたかもしれない。殺人犯さんがあっくんを殺したことで、今後、あっくんは誰も破滅させることができなくなった。
これは他の人にとっても、あっくんにとっても幸せなことだろう。
「それでも、人殺しは駄目だよ。犯人は悪い奴だ」
僕の話を冗談だと思ったのかもしれない。お巡りさんな繰り返した。
でも、あっくんは本当に超小学生級に性格が悪くて頭が良くて性根が腐っていたんだ。
殺されても仕方がない奴だった。
「人殺しは、いけないことなんだ」
「だけど! 結局犯人さんは死刑になるんでしょ? 裁判で!」
「そうだね。間違いなく、死刑になると思うよ」
「だったら、どうして法律は人を殺して良いの? 同じ殺人じゃないか!」
「それは難しい質問だね。でも、そんな危ない人を生かしておいたら危ないだろう?」
「ほら!」鬼の首を取ったように僕は叫んだ。「あっくんもそれだよ! 生かしておいたら危険なんだ! アイツはきっともっと沢山の人間を不幸にしたに決まってる!」
あっくんを殺すことは、決して悪いことじゃあない。
「そうか。わかったよ」
僕の熱意が伝わったのか、お巡りさんは少し困ったように言った。
「君は悪い子なんだね?」
「え?」
「殺人と言う罪悪を肯定する君はとっても危険だ。社会にとって害悪だ」
お巡りさんは気味の悪い笑顔をつくると、僕の肩に手を置いた。「痛い!」思わず、叫ばずにはいられない程、おお巡りさんの両手には力が籠められていた。
「それに、一人で出歩いちゃあいけないと言う学校の約束も破っている。みんなどう思う? 有罪! 有罪! 有罪! 正義の番人として、悪の芽は摘まねばならない! 死刑! 死刑! 死刑!」
突然、お巡りさんの目がぐるぐると落ち着きなく動き回る。一つの口から色々な声が飛び出して、僕のしらない言葉を叫ぶ。
恐い! 恐いよ!
「ああ! この町は悪徳で出来ている! 財布の中身を横領する警察官! 不純異性交遊する未成年! 立ち小便のサラリーマン! 犬の散歩途中で煙草をポイ捨てした女! 他人の傘を平然と持ち去る中年! 本官を贋物だと嘲笑う小学生! そして! 殺人を肯定する愚かな子供!」
肩の手が首へと移動し、ギリギリと僕の首を絞める。
悲鳴も出ない。苦しいけど、何もできない。
助けて……誰か……。
「私は正義の代理人! 法の番人! この世の悪を全て排除する者である!」
高笑いするお巡りさんの声に紛れて、遠くで男の人の叫び声が聞こえる。
「どうして人を殺ては駄目なのだと思う?」
「なんだ? 突然に。殺して欲しい奴がいるのか?」
「そうじゃあない。この間、警察官のコスプレしたサイコな殺人鬼を一緒に捕まえただろう?」
「墓守のシャイニングウィザードもどきがエグイ角度で顎を捉えたアレか」
「君こそ。本当に親指と顎の骨を折って肩を外すなんて思ってなかったよ。流石、武丈荒夜天流中伝、荒帯天だ」
「俺が折ったのは親指だけだ。後は、お前の膝の一撃と、興奮したお前が滅茶苦茶にビンタしたのが原因の事故だった! 過剰防衛分を全部俺のせいにしやがって。警察と爺にどれだけ俺が怒られたの思ってんだ」
「はいはい。それはすまなかった。山より深く反省しているよ。それで、助けた少年がお礼に我が家に来たのだが……」
「ん? 待て。俺の所には来てないぞ」
「己は小学生を助けた勇敢な女子高生だが、君は過剰防衛の暴力男子。教育によろしくないからじゃあないか? 一応、『お兄さんにもお礼を』とは言伝を預かったがね」
「そっちは正義の鉄槌で、俺はやり過ぎか。あーあ、俺も来世では女子高生になりたいな!」
「その時に、訊かれたんだ。『どうして人を殺しては駄目なの?』とね」
「はっ! そう言うことを訊ねる小学生の殆どはクソガキだ。その質問をすれば、大人が困るってわかっているんだよ。理解できていないことを知りたいだけなら『1+1=2なのはどうして?』でも『どうして人は歳を取るの?』でも良いのに、わざわざ『殺人』を選ぶなんて性根が腐ってるね」
「辛辣だな。それで、私は応えられなかったんだ。」
「そりゃそうだ。誰も答えなんて知らないんだからな。最初にそんなことを言い出した詐欺師にあってみたいくらいだ」
「そこでだ、君なら応えられるかい? そして、なんと答える?」
「『道徳とは便宜の異名である。『左側通行』と似たものである』
「芥川龍之介。『侏儒の言葉』だね?」
「ああ。人はその場の都合で殺したり、殺さなかったりする。それだけのことさ」
「…………小学生には教えられない答えだ」