第八話 動物園
麻衣には恋をすることの大切さを取り戻してほしい。
じゃなければ俺が麻衣の家にやってきた意味がないのだから・・・。
麻衣には「一緒に行くといろいろまずいだろ?」と言って先に家を出てきた。「わかった」とそっけない感じで答えていたので、どうやら疑われずにはすんだようだった。
そして現在、動物園にて裕子と二人で麻衣と洋平の後をつけているところだ。
「ところで、このサングラスって意味あるのかなぁ」
「何もないよりはいいじゃないですか。素のままで来てたら一発でばれてますよ?」
「ほんとかなぁ・・・妙に周りの視線が気になるんだけど」
俺達の近くにいるカップルやら親子連れが、先ほどからこっちをチラチラ見ている。
「あ、麻衣たちが移動しますよ」
俺の言葉は聞こえていないようだ。
まあ、それにしてもほっとした。麻衣がおりの中の動物を見つけると声を上げて指をさし、洋平がそれに答えている。朝出かける前の元気の無さを見たときはどうなることかと不安だったが、これなら安心だ。
隣で二人を眺めている裕子も満足げに微笑んでいる。
麻衣たちはさらに移動し、洞窟のような場所に入ろうとしていた。
「あんなところにも動物っているのか?」
「あそこにはコウモリとかがいるんだと思います」
洋平が入り口を開けた。ここからだと中は真っ暗に見える。
「おいおい、あんな暗いところに入って大丈夫なのか?」
裕子がくすりと笑う。
「すごい心配してるんですね。もしかして誠さんも麻衣のこと好きだとか言いませんよね?」
「そんなわけないだろう。俺には妻がいる」
そうだ、そんなはずがない。
それにこの気持ちは恋なんかじゃなく、もっと別の・・・・・
「出てくるまでベンチで休んでいようよ」
なぜか落ち込んでいる裕子を促し、ちょうど木陰になっているベンチに腰掛けた。
だいたい半分ぐらいの動物達を見終え、お腹が空いた私たちは食堂に来ていた。昼食を買い、外のテーブルに座った。
「篠宮さんってコウモリ苦手なの?それか暗いところ苦手?」
先ほど私が怖がってたのを棚に上げ、洋平君がからかってくる。
「別に、私は行きたくないっていったのに。洋平君がどうしてもっていうから」
「あはは、からかってごめん。今度は篠宮さんが行きたい場所決めていいからさぁ」
「分かりました。この後はウサギが見れるコースを外してここを真っ直ぐ行きます」
私はオレンジジュースを飲み干した。
「あ、怒ってるんだろ。謝るからさ、ちゃんと全部見て回ろうよ。お願い!」
ちょっとした仕返しのつもりだったが、真剣に頼んでくる洋平君を見てるとなんだかおかしくなって笑った。そんな私を見てぶつぶつ言ってる。
こんな風に心から笑ったのは久しぶりだった。最近では裕子以外とおしゃべりするのも少なかった。
会話の弾んだ食事を終えて、私はちらりと横を見る。サングラスをした二人組みが同じように食事をしていた。あちらも話題が途絶えないようで、こっちに気づく様子も無い。
裕子はちょっとおしゃれな感じのサングラスだが、誠さんのは真っ黒だ。目立つからはずせばいいのになぁ。きっと今日来た人に、どの動物が面白かったかって聞けば彼らが一位だろう。
「そろそろ行こうか」
「そうだね」
私たちは木が生い茂るコースへ向かうため、足を進めた。
ふと、女の子の叫び声が聞こえた。その声はワニを見ることができる場所からで、私たちが行くと、どうやらぬいぐるみを落っことしたみたいだった。
「いやー!あのパンダちゃんがいいの!あれじゃなきゃやだー!」
ほかの人たちに混ざり下を覗くと、水辺にパンダのぬいぐるみが落ちていた。
「どうしようもないね・・。あとで係員にとってもらうしか・・・」
隣で下を覗きながら洋平君がつぶやいた。確かにここからではどうがんばっても届かない。
女の子にはちょっと我慢してもらって・・・。
急に空が翳ったかと思うと、一人の男がフェンスに足をかけていた。そしてそのまま飛び降り
た。
あれは、誠さん?
遅れて裕子がやってきた。
「誠さんここ乗り越えたよね!?え?なんで!?」
私に聞かれても分からない。難なく着地した誠さんはぬいぐるみを拾い、女の子の方を向いて手を上げた。
「・・・・っと」
俺は着地すると、屈みこんでぬいぐるみを拾った。
なんでわざわざこんなことやってるんだろうな、俺。もしほしければ係員を呼んでとってもらえばいい。汚れてしまったら新しいのを買えばいい。
それでもあの子にとってはこのぬいぐるみは宝物で、母親に買ってもらった大切なものだからあんなに顔を歪ませて泣いてしまうんだろう。それを見るとどうしても・・・・・な。
そんな顔が見たくなくて、わざわざ取りに来ているのは、俺が「篠宮 誠」だからなのだろうか。
俺は立ち上がり、振り向いてぬいぐるみをかかげた。
女の子の泣き顔が見る見るうちに変化していく。自然と自分の顔がほころんでいるのが分かった。
俺はぬいぐるみをその家族のもとへと放り投げた。それは放物線を描いて、母親がキャッチした。女の子の笑顔が見えた。
「誠さん!」
麻衣が叫んでいた。
あーあ、ばれちゃったな。まあ、前からばれてたかもしれないけどね。
麻衣は必死に俺を指さして叫んでいる。
「後ろ後ろ!」
「ん?っ!!」
俺が振り向くと同時に、足が何かにはさまれたような感覚を得た。それも一瞬のこと、鋭い痛みとともに足を思いっきり引きずられた。
ワニだ!
何をのんきにしていたんだ、俺は。
「くそっ!」
両手と左足でなんとか踏みとどまった。
このままじゃ・・・引き込まれる!
俺は力いっぱい噛まれた足を引き抜いた。
「!」
言葉にならない痛みが走り、頭の中が真っ白になる。地面に転がりながらそれに耐える。右足を見ると、ズボンのすそが破れ、その辺りが真っ赤に染まっていた。
頭上から人々の喧騒が聞こえる・・・。
誠さんは手当てを受けたあと、事務室で園長にこっぴどくしかられていた。
無理も無い。悪いのはワニじゃなく、勝手に入った誠さんなのだから。
それからちょっとした目を離した隙に、誠さんと裕子はいなくなっていた。私たちが電車に乗る頃には晴れていた空は雲が立ち込め、雨の予感がひしひしと伝わってきていた。
家に帰ると誠さんが出迎えてきた。
「おかえり、デートは楽しかった?」
「全部知ってるでしょ?・・・足、大丈夫なんですか?」
「俺はずっと家にいたけど?」
右足を包帯でぐるぐる巻きにしながらしらを切るつもりなのだろうか。
「そんな冗談やめてよ」
「はは・・・、心配させて悪かった。怪我も意外と浅かったし大丈夫だよ」
「・・・・・うん」
「包帯かえるの手伝ってもらっていいか?自分じゃどうもうまくできなくて」
「いいよ」
私は救急箱を取りに行った。
手伝ってほしいと言われても、私自身包帯なんて巻いたことが無かった。それでも今は少しでも誠さんの力になりたかった。あの女の子はとてもうれしそうに笑っていた。私にもあんな時代があったのだろうか。
戸棚を開けると奥に救急箱が見えた。それに手を伸ばして、隣にアルバムが並んでるのに気がついた。
少し、見てみようかな。
私は一番端のアルバムを手に取り、開いた。それは私が1歳にも満たない頃のアルバムだった。そこにある写真には、若かりし時の母と、幼い私と、そして父が・・・・。
・・・・そんなことって・・・・。
まさか・・・・。
その写真に写っている父は、今日まで一緒に生活してきた誠さんにそっくりだった。




