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呉本朱音の供述帳  作者: 細身 狩骨
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第一声 奥深さ

 君は、引きこもりについてどう考える?


 世間の波に乗れない外れ者。少しのストレスにも適応できない軟弱者。普通からは大きくそれた考えを持つ人。過酷な環境に耐えることが出来なかった、可哀想な人。負け犬、社会のクズ。


 おそらく、多くの人が侮蔑、同情の対象と捉えるでしょう。実際問題、ただ飯を食らうだけの社会の問題児なことに変わりはありませんから。そして引きこもりの数が明らかになった現代、多くの人がひきこもる理由を知りたがります。なんで?どうして?って。だけど、僕はこう思うんです。


「どうせちゃんと知ることなんてできない」


 どうせ、と言うと、どこかの批判的な人なんかは『諦めているだけ』だなんて言ってくることでしょう。あのですね、別に諦めた訳じゃないんです。それが僕にとって唯一残された道なんです。第一、諦めることの何が悪いのでしょうか。諦めることで見えるものもあるでしょうに。それにある場所では諦めが肝心だとか言っているくせに、自分の気に入らないことには諦めるな、なんて言ってくる。本当、感情に身を任せて他人を動かすことは止めていただきたいものです。


 ですが、そんなことを言っていては埒が明かない上、話の趣旨が違ってくるので、僕はこう答えます。


「諦めたと思うのなら、僕がそれに至る経緯を考えてみてください。」


 深く考えたら、ひとまず感情任せに『諦めるな』なんて言葉は出てこなくなると思います。何故って?それは結果から経緯を探ると、それこそ植物の根のように、理由が広がって行くからです。そんなキリの無いことを考えだせば、そんなことは言えなくなるはずです。だって、感情任せに話すってことは、余程器用でもない限り思考を止めているってことですから、考え出せば、気持ちも収まるってものです。


 しかしこれはある程度引きこもりという性質について理解がある人にしか通じないかもしれません。僕はさっきの話で、相手に『僕がそれに至る経緯』という謎の、底なしの深さについて知ってもらいたかったんです。何が底なし沼、なんて思わないで、ちょっと考えてみてくださいよ、引きこもりが引きこもりになった理由を。


 例えば君は釣りをしたいと思っているとしましょう。なら、釣りをしたい理由は、当然ながら釣りというスポーツをしたいから。他にも、東京へ旅行に行きたいと思っているならどうでしょう。スカイツリーに登りたい、名店の料理を食べたい、地元にはない店で買い物がしたい。まあそんなところでしょう。いくら地方民憧れの東京とはいえ、数は多けれど限りはあります。


 では、「引きこもりたい」と思う理由は何でしょう。いじめを受けたから、親が厳しいから、学校の教師が恐ろしく酷かったから。人によって感じるものは様々ですが、例としてはこの程度でしょう。いずれも引きこもる理由としては妥当と思われます。


 では、ここで問題です。見事僕の求める答えが出たなら、君は引きこもり予備軍かもしれませんね。



 問 『東京に行きたい』や『釣りをしたい』の理由と、『引きこもりたい』の理由の違いを答えよ。



 国語的で道徳的な問題なので、数学の様な決まった答えはありません。それでも少しばかり考えてみてください。


 質問をするなら自分の名前を明かせって?いつの時代の人ですか君は。まあいいですよ。僕の名前は奈良井 研二、ただの引きこもりです。


 さて、答えを明かす前に、少しばかり雑談としましょう。


「さてさて、僕は貴女のリクエスト通りに、僕なりの考えを言っている訳ですけれど、貴女視点の考えを少し聞かせて頂けませんか?それなら僕のモチベーションも上がるのですけど」


「そうね、ひとまず言いたいことは、本当に君が引きこもりなのかってことかな」


「それはどういう?」


「ほらまたー、知った風な笑顔向けちゃって。分かってるんでしょ、どうせ」


「まあまあ、自分で言うのは恥ずかしいじゃないですか」


「……はあ、あまりにも饒舌だって言いたいのよ。もう四年も引きこもりやっているくせに、どうしてこうもすらすらと言葉が思い浮かんでくるのか、不思議で仕方ないわ」


「それは僕にもわかりませんね。如何せん引きこもりなものですので」


「全く、こんな奴選んでよかったのかしらね………」


 とても二―トとは思えない、整った顔立ちと身なり、そしてこうして問題なく話せるだけの対人能力。正直な話、この人を二―トだと言われても、十中八九いいえと答える自信がある。


 しかし外見や話し方はともかくとして、話す内容は実にそれらしいことを言っている。二―トなりに考える時間があるのか知らないが、一般的な思考も備えつつ、自分なりの考えを示している。まるでちょっとした講義を受けているような錯覚に陥る。挙句の果てにはこちらに向けて問すら出してくる始末だ。本当、この内容をどうやって記事にすればいいのよ……。


「それで呉本さん、貴女の考えもお聞かせ願いたいのですが」


「あぁ、そうね。私は記者って職業しているだけあって、色んな人から話は聞くわ。シングルマザーや街の漁師、畳屋さんだったりね。でも、あなたの話はどこか違ってるのよね」


「違う、とは?」


「うーん、あえて言うなら、講義かしらね。ほら、貴方の話を聞いてる限りじゃあ、主観的な部分と一般的な考えを上手く織り交ぜている感じなのよ。それも聞いている相手を諭すように、考えさせるように。だから講義。貴方、二―トなんかやめて大学の講師にでもなればよかったんじゃない?」


「そうもいかないからこうして引きこもりをしているんですよ」


「……そうだったわね」


「じゃあ質問を変えますが、このインタビュー?はどういう風に使われるんですか?」


「あれ、言ってなかったかしら。雑誌に載るのよ。まあ記者だから他に何があるのってものだけれど」


「ああいえ、そうではなくて、名刺を頂いてないので企業名からどういう雑誌なのかを判別できなくて。それで少し気になったんです」


 呉本朱音、二十四歳になってもいまだに名刺交換ができず。


「ごめんね、すっかり忘れてたわ……。その、あれよ?別にあなたのことを二―トだから下に見ているとかそう言うものじゃなくってね?」


「ええ、もう分かっていますよ。しばらく話していたら貴女の天然は直ぐに分かりましたから」


 二―トにこれを言われたらもはや社会人失格である。そう言えたらどれだけ楽なのか知る由もないのだが。


「ははは………、はいこれ、名刺。あいにく企業名は無いの。これまで出した雑誌が、全部個人出版だったからね。そうだ、武士じゃあないけど、無礼のお詫びに命名してくれてもいいわよ?」


「命名、ですか。……いいんですか?引きこもりにそんなことさせちゃあ、もし企業が大きくなった時に堂々と宣伝できないかもしれませんよ?」


「いいのいいの。もともと書いてる内容が内容だからね、きっと大きくなることはないから」


「……そうですか」

 一つ大きな息をついて答える。落ち着いていながらも、新しい経験を前にどこかわくわくしているようだった。


 いくら落ち着いていても、やっぱりまだ幼いのよね。


「まあ、命名の件はまた考えておいてよ。先着順だから、私が先につけちゃうかもしれないけど」


「ええ、よく心に留めておきます。そう言えば、僕確か貴女の書いた雑誌、読んだことあると思いますよ」


「え゛っ」


 喉を潰された蛙の様な声が出た。私の出版している雑誌、『golos』は、自費出版も自費出版、もちろん部数はそんなに刷れるはずもなく、コミケのように同士が大勢集まる様な内容でもない。そんな性質もあり、ほとんど一般には出回っていないらしい。もう正直正確なことは把握していないのだけれど。だが、少なくとも家からあまり出ない二―トには手に入る様な代物ではない。いや、アレを代物と呼ぶのはあまりに不出来なのだが。


「ほら、これですよね、『golos』ロシア語で声でしたっけ」


 彼が持ち出したのはまさに私の作ったもの。それも第一号。もっとも拙い文章とレイアウトでつくられた、まさに黒歴史と呼ぶにふさわしい駄作。


「なんてそんなもの持ってるの……」


「引きこもりの情報収集にかける時間をなめちゃあ駄目ですよ。それにこんなそそられる内容で、買わない理由が思い浮かびません」


「え、何。君ってもしかして特殊性癖の持ち主だったの?」


「知的好奇心がってことです」


 珍しくちょっとだけ怒気のこもった声でそう答えた。


「なんか聞くのが怖いんだけれど、何が面白かったの……?」


「……そうですね。この話題は後に持ち越しとしましょう。そろそろ本題に戻らないと、キリがありませんから」


「んなっ………」




 それでは答えに行く前に、少しだけヒントを。


「理由を原因として捉えることで、答えが見えてくるかも……?」


 では、答えに参りましょう。


 答 理由に他人が深く干渉しているということ。


 これが答えです。何?まるで意味が分からないって?それは残念です。きっと君は国語や道徳が得意ではないのでしょう。道徳はともかく、国語の説明問題は、大体文中に答えがあるのですから、そこから推測することを怠ってはいけませんよ。


 そもそもこの問自体、普段人が無意識に判別しているだけで、改めて考えると分かりにくいだけなのです。おそらく、知識もついて思考も凝り固まった大人よりかは、まだ脳にスペースがあり、これから詰め込むことのできる子どもの方が正答率が高いことでしょう。


 さて、答えの説明、そしてその意味の説明に移るとしましょう。


 旅行をしたいのは誰でしょう。もちろん自分です。スカイツリーに登りたいのも自分です。ですが『引きこもりたい』理由について、例を用いると、親が厳しいのは、もちろん親です。いじめをするのも、もちろん自分以外の誰か。もう分かったと思います。このことが、『理由に他人が深く干渉していること』ということです。


 さて、僕がどのような理由であのような答えに設定したのか、よく理解いただけたかと思います。では次にその真意、意図についてお話ししましょう。


 人は、自分が何を思おうが平気だが、他人から受ける影響は多大なものだ。別に誰の言葉ではありませんが、これが一つの真意です。自分で旅行に行くなり、釣りに行くなりするのは自由です。旅費や交通手段、釣り道具など、行う前段階で他人の協力を必要とする場面はあるかもしれませんが、基本的に意思決定権は自分にあります。行くのも行かないのも自由。


 ですが、親の厳しさや、いじめに関してはどうでしょう。親が厳しくするのは親が決めること、いじめるのもいじめる側の決めること。決定権は他人にあるんです。そのことをよく踏まえたうえで考えて欲しいことがあります。


「被害者である自分に何ができるのか」


 ということです。


 親の件についても、いじめの件についても、自分の立場は完全に下位にあります。厳しい親に、どのように自分がどれほど苦しんでいるのか打ち明けたところで、問題が解消されると誰が思うでしょうか。いじめる側に、どれだけ自分が苦しんでいるのか伝えたところで、何が解決するでしょうか。親には逆切れをくらい、いじめる側からは更に激化する未来が容易に想像できます。これは多くの人に理解してもらえると信じたいものです。


 世間では、頼れる存在に相談しろって言います。もしそれができたのなら、ひきこもりの数は少なくとも増えることはなくなるはずなんです。それを証明するように、近年学校がいじめに気付けなかったことや、いじめなどが原因で自殺した子どもによれば、頼れる相手なんていなかったことが伺えます。果てには本来いじめの問題を解決するべき学校でさえいじめを隠蔽するなんてこともある。


 このような事例があるのに、世論がいくらいじめなどを批判しようとも、対策を施しても、結局の所変わっていません。


「最大の悲劇は、悪人の圧制や残酷さではなく、善人の沈黙である」


 これは、黒人差別と闘ったキング牧師の言葉ですが、僕はこの言葉が実に現状に当てはまっているように思います。本来生徒たちを正しい方向に導くべき教師ですら押し黙り、どこかにいるはずの善人も物言わぬ木偶になり下がっています。キング牧師の言う通り、最大の悲劇が善人の沈黙と言う現在の状況ならば、次に起こる悲劇は一体なんと呼ばれるのでしょうね。


 さてこれまでで、本質とまでは言いませんが、引きこもりに至るまでの片鱗を感じ取ることができたのではないでしょうか。中々に奥深いものであったように私は思います。自分だけで済む話ならとにかく、他人が関わってくるとこうも面倒で根の絡んだものになるのです。


 ですが、僕が話していたことはあくまで事実を述べただけなんです。どこぞの名のある企業セミナーのように、答えや、解決策を提示している訳ではありません。そういった点では、この会話は実に無駄なものです。ですが答えは誰かに聞かずとも出てくるものです。テストの問題を解くのと同じように。ですが、自らで考え出した答えは、確実性が無ければ、不変でもなく、ましてや正解なのかも分かりません。そして仮にこの引きこもりの問題の解決策を講じたところで、その解決策を編み出した当人ですら、その案が正しいものなのかは分かりません。結局の所、数字以外の答えに正確性なんてものは無いのです。


 数を数えること、過去に起きた出来事ならある程度は正確かもしれませんが、結局の所、人の編み出した答えなんてものは、ふわふわ浮いているシャボン玉のように、何時壊れてしまうか分からないもの。そんなものなのです。そんなものであるからこそ、僕は


「どうせちゃんと知ることはできない」


 なんてことを言うんです。





「終わり、みたいね。なんか最後に言いまとめられた感じがあるけど、なかなか良かったじゃない」


「そう思って頂けてなによりです。まあ、評論家やスピーチライターからすれば稚拙なものに過ぎませんがね」


「そんなもの気にしてたら身がもたないわよ」


 世の中、それこそモンスターペアレントや自分で「お客様は神様」なんて言う愚図にあふれているんだから、それらを一つ一つ対処していたら、鬱もいいところだ。


「しかし、『どうせ知ることができない』がそう言う意味とはね……。確かに諦めたって表現は適さないわね」


 頭の足りない私だ。一度聞いた程度では百のうち半分身に付けばいい方だ。そんなだからレコーダーが手放せないんだけど。それでも、脳にしっくり来たものは何時まで経っても剥がれはしない。だからこそ彼が最後に言った言葉の意味を、瞬時に理解することができた。


「そうですね。まあもっと簡潔に短く言うこともできたんですけれどね。でも、ある程度だらだら喋らないと記事になりませんもんね」


 まさかそんなところまで気を配っていたとは……。記者冥利に尽きます。もう最近なんかは言葉足らずな人が無数にいる分、こんな人が稀にいると思うと、励ましになることこの上ないです。


「一応確認なんだけれど、『諦めるのはむしろお前たちだ』ってことでいいのよね?」


「ええまあそんなところです。随分喧嘩腰な言い方になってますけどね」


 今日何度目か分からない、いわゆる営業スマイルを向けられる。裏があるようなのに、その裏を明かした時には実はそれも裏でした、なんてくらい謎で深い表情を持っている。


「『僕たちは説明責任は果たしたよ。それで、君たちはそれを理解できるのかい?』そんな感じですね。煽ってるわけじゃあないですけれど、どうしてもそんな風になってしまいますね」


「まあ、ツイッターでそんなの言ったら共感と同じくらいにクソリプが飛んでくるでしょうね」


「笑えない冗談ですよ」


 自分でネタにしておいてなのだけど、何か事件が起きればツイッター、地震があったらツイッター。それならまだいいのだが、自分で自分の首を絞めるバカッターの数も増えているらしい。未成年飲酒とか、線路に降りた写真あるいは動画を投稿したりとか、頭の悪い事例ばかりである。


「それに、所々私の言ったことを小馬鹿にと言うかなんというか、指摘してくるわよね」


「ああ、講義じゃないってところですか。ええそうです、まさにその通りです」


 決して馬鹿にはしていませんよ。なんて付け加えはしていたけど、真意は一体どうなのやら。確かに私の表現が間違っていたことは認めるんだけど。


「ああそうだ、呉本さん。貴女の連絡先を教えていただいても構いませんか?」


「いいけれど、そりゃまたどうして?」


「個人的に貴女に興味があるだけですよ。別に悪用はしませんのでご安心ください」


 個人的興味、と言われるとどうにも寒気がする。なんかストーカー的な、個人情報の悪用的な、とにかくよからぬ物を思い浮かべてしまう。


「一応だけど、目的を聞いてもいい?勝手に警戒してるだけだから、気にしないでね」


「連絡先を一体連絡以外にどう用いるって言うんですか……。いやまあ、使えないことは無いんですけど」


「いいから答えて」


「ですから連絡用ですってば!」





「それじゃあ、協力ありがとうね。また記事ができたら見せに来るから」


「お疲れさまでした。上々の仕上がりを期待してます」


 任せて、とだけ返事をして帰路につく。帰ったらレコーダーを文章に書き起こす作業が待っていると思うと、足取りは重くなるばかりだった。だが、インタビュー内容を思い起こすと、加速度的に進む足は速くなり、気づけば自宅のドアの前だった。普段の愚痴話を聞かされた後とは違う、どこか高揚した気分は、ドアの蝶番を壊すには十分なアドレナリンを放出していた。


「嘘だあああああああああああ‼」



かなり好き勝手に書いている節がありますので、理解しがたい記述が多々あるかもしれませんが、気にせず指摘していただけると幸いです。

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