第八話 戦争の概略
俺達は奥にある面会室までやってきていた。
面会室まで来て分かったことだがこちら側にもどうやら階段があるようだ。大方、面会者用の階段なんだろう。そして、俺達は手錠をしたまま透明なガラス面で大きく二つに遮られた面会室に連れられていた。俺とリンは隣同士で座り心地の悪い――物凄く脚の立てつけが悪くガタガタしてる上にクッション材質も固い――椅子に座った。
そして、ガラスを挟んで向こう側の空間に楽そうにゆったりと椅子に腰を掛けている先程のおっさん看守が椅子――それはまだいくらか座り心地がよさそう――に座っていた。そして、こちらを見据え口を開いた。
「座ってて分かってると思うが、ぼろい椅子ですまんな。さて、まずは戦争の概要というか、まずなんで戦争を行うことになったからかだが――」
「どうせ、あの港町絡みでしょ?」
隣に座っていたリンがいきなり割って入った。そして、それを聞いた看守は一瞬驚いたような顔を見せたが、すぐに元の表情に戻っていた。
「よく分かったな。そうだ、俺達が同盟関係にある交易都市ビット・タウン、そこで取り扱っている貿易品目の一部を俺達、城郭都市アルマ・クリートが買っているわけだ。こちらも技術力や町を守る人員などを提供している。そして、ビット・タウンに集まる貿易品目ってのは多種多様でこれが結構、内地には希少なものもある。それで、俺達アルマ・クリートは貧乏ながらなんとかやってこれていた。だが――」
「それに目を付けてた他の国が――ここでは町とか城とかって表現したほうがいいかな? まあとにかくそれに目を付けた連中がいると」
リンが原因を理解して確認を取った。看守は満足そうに一つ頷きを見せた。
「大枠では国だから国でいいよ。嬢ちゃんは理解が早いようで助かる」
「看守さんが丁寧に説明してくれたおかげよ。そういう人は好きよ」
「俺も気付いてたぞ! ちゃんと説明される前から理解してたぞ!」
俺は不意に椅子から立ち上がっていた。何故かはよく分からないが無意識にだ。それを見て、リンと看守は小さく口元を隠しながら笑った。なんだ? 俺はなんか面白い事でもしたのか? 分からん。
「くくっ、別にそんな必死にならなくてもいいじゃない。ハルってまだまだ子供よね」
「お嬢ちゃん、随分とこの坊やに好かれてるようだな。中々お似合いじゃないか、はっはっはっ」
「俺は別にリンのことなんか……!」
俺は自分の顔が赤くなっているのが分かった。そのせいか、抗議も虚しく終わった。
「まあまあ、座りなよ坊や。話を進めよう」
「お、おう」
俺は落ち着きを取り戻してゆっくりと椅子に座った。それを確認してから、看守は再び話し始めた。
「それでだ、そいつらが俺達に宣戦布告してきたというわけだ。俺達のこの城郭都市を欲しがってな。開戦はもう一週間後まで迫っている。だが、俺達は貧乏でな。傭兵もなかなか雇えん。だから、ビット・タウン周辺の森で旅人を襲って身包み引っぺがして資金調達していたんだ。お前達にしていたようにな」
「ちょっと待った」
俺は一つ気になることがあり、少しだけ前屈みになった。看守は話を遮られたことを気にすることもなく発言を促した。
「なんであんたら貧乏なんだ? ビットタウンと貿易してんじゃないのか? それにここ城郭都市の名に恥じない立派な壁を囲ってるじゃんか。その金はどっから捻出されたんだ?」
リンが何故だか僅かに嬉しそうに眼を閉じながら一度頷いていたが、意味はよく分からないので無視した。そして、看守の方はというと、僅かにバツの悪そうな表情を浮かべていた。
「いや、それは前領主の大馬鹿ジジイが作らせたもんでな。まあ結果的にはこの都市は守りやすくなって城郭都市なんてご立派な名前も貰った。だが、代わりに大赤字でな十年経った今でも返済しきれていないんだ。おかげでうちは見る見るうちに貧乏都市だ。全く……だがなそんな俺達にも転機が来た。それがこの宣戦布告だ」
「ん? どういうこと? ピンチなんじゃなかったのか?」
俺は話が見えず、疑問を投げる。宣戦布告を受けてやばい! 金もない! 人もいない! そんな状況だったのではなかったのだろうか?
「ああ、正直言うと状況は芳しくない。だが、逆にこれは好機でもある。何故ならこの戦争に勝てさえすれば相手国から賠償金や敗残兵の所持品回収で金が入る。一気に景気は回復、借金も返済出来るだろう。そして、ビット・タウンと更なる貿易が出来るだろう。だからこそ、今回のことは手段を選ばずに必死こいて戦争の準備をしているわけだ。無実の人間ひっとらえてまでしてな」
「なるほどね。流れは分かったわ。それで? 宣戦布告してきた相手国っていうのはどこの国なのかしら?」
看守は息を呑み、一言――。
「――魔法帝国ヒャク・ヤッキ。魔法が一際発展している大国だ」
「都市だの街だの名乗らないで直接国を名乗ってるのね」
リンが名前を聞いてそうぽつりと呟いた。
「それだけ、自分達に自信があるってことだろう。国そのものを名乗ることでそれだけ自分達が大きな存在であることを強調しているんだ。実際、奴らは連戦連勝で他の国をどんどん吸収していった」
「だから、正直この戦争は厳しい戦いになるだろうし負ける確率の方が高いだろう。しかし、俺達に逃げ場はない。戦うしかない。だからこの戦争に勝って名を挙げ、そして大赤字もなしにすると同時に裕福になる。勝てば良いこと尽くめだ」
「負けたら?」
俺は尋ねた。まあ、至極当然だろう。自分に都合の良いことしか想像しないのはばかのすることだ。馬鹿は勝負に勝てない。当然のことだ。
「負けたらまあ都市の住民ごとまとめて路頭に迷うか縄に吊るされることになるだろうな。しかも、社会復帰は永久に不可能。まあ地獄だな」
「まあ、そうでしょうね。でも勝てば良いんでしょう?」
リンがそう付け加えた。珍しいな……。危機管理や危機回避に普段気を使っているのにこんな希望的観測をするなんて。それとももう既に勝算が立っていのか? いや、そんな筈はない。お互いの戦力が分かっていないんだ。そんな筈はない。だから、俺はリンの顔を見た。
「リン、何をそんな簡単なことを言っているんだ? 相手がどれくらい強いのか? こっちがどれくらい強いのか? どれくらいの戦力なのかも分からないうちからそんなこと言い出すなんて……」
俺はリンを窘めるつもりだったが、当のリンは自信満々の笑みを浮かべていた。
「私一人いれば大抵のことは大丈夫でしょう?」
「大抵のこと以上が起こったら?」
「そんな天文学的確率は無視。こんなもんは危機管理するまでもないわ」
これは駄目だ。完全にスイッチ入ってる。リンは時々やたらと好戦的になることがある。何かを発散させるかのように。自制を促した直後でもスイッチ入ることがある。仮にも俺の師匠なのにこれじゃ時々困ってしまう。まあ、今はそれはいい。俺は改めてリンを見る。しっかりと、出来る限り真面目な目つきで目線を合わせて真っ直ぐと見た。ちょっと、照れくさいが。
「リン……本当に大丈夫なのか?」
俺の心配を余所にリンは続けてこう言った。
「大体ね。勝てそうだろうが負けそうだろうが私達はここに囚われている以上戦うしかないのよ? そこの所分かってるのかしら? だから最初から選択肢はないのよ」
「確かに……それはそうだが……」
「それとも? もしかしてハル、びびってるの? 怖気づいた? 私の弟子ともあろうものが?」
「そんなわけないだろ! いいぞ! やってやろうじゃないか! その帝国とやらをぼこぼこにしてやろうじゃないか!」
こうなったら仕方ない。やるしかないだろう。確かに、俺とリンがいれば大抵のことは何とかなるしそれ以外のことも大抵は何とかなるだろう。俺は意気込んだ。だが、またしてもリンと看守は口元に手を当ててクスクスと笑っていた。なんだ? 失礼な奴らだな。
「くくくっ、本当に分かりやすいなこの坊やは」
「でしょう? 本当面白いのよ」
俺には何が何だか分からなかった。
「まあ、とにかくだ。お前達も戦争に参加してくれ。頑張りを期待しているぞ……と言いたいところだがそうもすんなり行かなくてな。悪いが少しばかり力試しに協力してくれ。お前達の実力が知りたいからな」
看守がそう言うと、面会は終わりを告げた。