第四話 その少女、盗賊につき
その金髪碧眼の少女はいきなり金目の物を要求してきた。
「…………あなたはどちらさんで?」
俺はそう聞くと、少女はその控えめな胸を張り、自信満々で答えた。
「私の名はリーファ・ファスト。盗賊よ!」
……さて、どうしたものか。あまりにも堂々としすぎててこれはこれで対応に困る。俺とリンは露骨な程に肩眉を上げて怪訝な顔でリーファとなのる少女を見た。その様子を察したのか、少女はこちらを指差して、更に喚いていた。
「あっ!今、『盗賊? 何言ってんだこいつ』って思ったでしょ!? そうでしょ!? 失礼しちゃうわね! 私、こう見えても物を盗むのは得意なんだから!」
やっぱり、この少女は頭がおかしいのだろうか……? 俺もリンもこの女の対処には困りものだが一つだけ、共通で思ったことがある。
「なあ、リン? こいつもついでに捕まえておくか? 賞金上乗せしてくれるかもしれないし、盗賊って自分で名乗ってるわけだし、問題ないだろうさ」
「そうね。なんか、少しばかり頭の痛そうな子だし、捕まえておくべきね。じゃあ、よろしく」
「だから、なんで俺にやらせようとする!?」
「なんでもかんでも私がやってたら修行にならないでしょうが。さっさと、やりなさい」
「ちっ! じゃあ、そういうわけで俺らに目を付けられた不運を呪って捕まってくれ」
俺はリンと言い合いをしてから、改めてリーファと向き合った。そして、一歩だけ前に出た。
「え? あたしを捕まえようとするの!? てことはあなた達は私の敵ね! 私は捕まえられないわよ! 覚悟して、金目の物だけ置いていきなさい!」
少女はすっと僅かに腰を落とす。元々小柄な体型がさらに小さくなる。俺は、構わず前に出た。さっきの錬金術による身体強化がまだ残っているため、それを頼りにリーファを拘束しようと思う。多分できる、相手は俺よりも小柄な女の子だし。俺は余裕を保ちつつ、ゆっくりと近づいていく。
「一瞬で終わらす」
言って俺は足を大きく踏み出し走り出す。まっすぐ、リーファに向かって一直線に向かっていった。
リーファも体を少し前に揺らす。
「……遅いね」
リーファが口にする。しかし、おかしな光景が目の前に広がる。
「……は?」
俺は間抜けな声を漏らしてしまった。しかし、仕方ないだろう。突如、目の前からリーファが消えたのだ。物の例えではなく、言葉通りの意味でだ。意味が分からない。だが、消えた直後空気が避けるような感触が俺の顔を掠めた。
「ちっ、どこだ!?」
「ここだよ」
俺の背後からリーファの声がする。俺はすぐに振り返った。声の通り、そこにはリーファが立っていた。――錬金術用の試験管を三つ手に持った状態でだ。明らかに俺のものだ。いつの間にか後ろに回っただけではなく、俺の所有物もすり抜いていたのだ。……? 俺は二つしか試験管を持っていない。ということは――。
「あー! 私の物、盗んだでしょ! あんた痛い目を見たくなかったら返しなさい」
リンが抗議する。やっぱり、リンからも盗み取っていたようだ。しかし、俺はともかく、俺よりも遠くにいたはずのしかもリンからバレずに物を盗み出すとはこのリーファとかいう少女は中々のやり手のようだった。リンですら目で追えないとなると中々の相手だ。
「この固い入れ物と中の液体……見たことないわね。レア物と見た! これはありがたく頂戴するわ!」
そう言って、リーファはこの場から立ち去ろうとする。それはさすがにまずい、錬金術のアイテムが盗まれるのは非常に厄介だ。俺達の戦闘手段がなくなってしまう。しかも、相手は異常の足の速さと俊敏さを持っている。一度逃げられると追いかけるのは困難になるだろう。
俺がどうしようかと考えあぐねていたら、リンがリーファに話しかけていた。
「あんた、リーファとか言ったっけ? 物凄い金目の物に目が無いようだけど、いいの? 私まだもっと金目のするもの持ってるんだけどね」
「嘘ね! これが一番金目のはず! 私の勘がそう言ってる!」
リーファはやけに自信満々だが事実だから反論のしようがなかった。だが、リンは不敵な笑みを浮かべた。
「そう。じゃあ、しょうがないね。あーあ、もっと金持ちになれる機会があるのにそれをみすみす逃すんだねー盗賊なんて言っても所詮は俄か程度のようね」
リンは首をもたげ両手を水平に保ち、嫌味たっぷりにそう言うがそれをリンが言う立場ではないだろうと俺は心の中でツッコミを入れた。しかし、リンには何か考えがあるのだろう
「じゃあ、どこに隠してるっていうのさ?」
「私の胸の谷間に」
……は? あらかじめ言っておこう。リンは自分の胸の谷間に物を挟んだことは一度たりともない……はずだ。少なくとも、俺は見たことがない。この女はまた唐突に何を言い出しているのか。
「じゃあ、あなたのそのでーっかい胸の間に挟まってるであろう物を盗ればいいのよね?」
それを盗み出す相手に確認するのもおかしいと思うのだが……。俺が間違っているのだろうか? まあ、とりあえずはリーファが食いついてくれたようでなによりだ。しばらくは逃げなさそうだ。
「さあ、来なさい。その貧相な胸で私の胸に手が届くかしらね」
「胸は関係ないでしょ!」
リーファが強く抗議した。残念だがこれだけは俺も同意だ。だが、リンはその大きな胸を組んだ両腕に乗せて持ち上げた。ぶるんと上下に揺れた胸が美しい。
「まあいいわ、取ってあげる」
リーファは再び腰を落とす。そして、僅かに体を前に傾けるとやはり姿が消えた。消えたというのは少々表現としては正しくはないがぱっと見では本当に消えたように見えるのだ。それで、先程も一瞬のうちに物を盗み取られたのだ。今回も同じ結果になったのだろうか。
「取った……あれ?」
再びリーファの姿を視認した時、リーファはリンの目の前で宙に浮いてバランスを崩していた。このまま倒れればうつ伏せで大の字に地面にぶつかるだろう。ぶつかった。ドンと低い音がした。何が起こったのか? 一瞬、俺は困惑したがすぐに理解した。リンが体を横に仰け反らせて足首を軽く前に出していたのだ。つまり、コケさせたのだ。しかし、どうやって?
「あれ? どうやったんだリン? あと、錬金術用の試験管は?」
「ちゃんと回収してるよ。割ったら大変だし」
リンは二コリとして左手に握られた試験管を見せてきた。そして、地面に突っ伏したリーファはゆっくりと起き上がった。体中に土が付いていたのでそれを取り払いながら。
「あんた、どうして……」
リーファは問い掛ける。しかし、リンは何食わぬ顔で説明する。
「別に大したことじゃないわよ。足払いをしただけ。リーファ、あなたって見たところ足が速いだけだし、簡単に引っ掛かると思ったわ」
「そんな……! 分かっててもそんなあっさりタイミングを合わせて対処できるはず……」
リーファは説明されてなお納得がいかず、困惑していたので俺が分かりやすく説明した。
「リーファ、諦めろ。……リンは常識では図れない逸脱した存在なんだ。俺も何度死に目に会ったことか」
色々とな。
「くっそー、悔しい! いいわ。負けたから仕方ない。私の好きなもん持っていきなさい」
リーファはそう言った。だが、あいにく何も盗る気はなかった。もちろん、リンにもだ。俺はリンにチラリと視線を送る。対応してくれという合図だ。リンは、リーファに声を掛ける。
「別に私達は何も盗らないわ。あなたを狙ってたわけじゃないし、それに勘違いしているようだけど私達はここにいる賞金首を捕まえに来たのよ。本来はあなたもそうなんでしょ? どうせなら一緒に捕まえない? 協力する?」
リンがそう提案した。しかし、さすがに同行させようとまでは俺も思っていなかったんだが――取り分減るし。同じく、訝しがった様子のリーファが素っ頓狂な声を上げた。
「へ……?」