第二話 その異世界の名は”ニューゲート”
喫茶店を後にした俺とリンは民家と商店の立ち並ぶ街中をぶらぶらと歩いていた。特に目的なども今はなかった。
ちなみに、一騒動あった喫茶店は余分にお駄賃を払い謝ったことでその場を収めてくれた。喫茶店のマスターに感謝。そして、後始末の面倒さとそれを頑張ることになろうマスターに敬礼。
ゆったりと無駄に歩いていると、リンはこちらを向いてきた。揺れるきれいな白髪が眩しい。
「あんた、さっきの喫茶店での揉め事の時に”付加術”使ったでしょう?」
俺はぎくりとした。確かに俺はあの喧嘩の際、こっそりと小細工をしていた。正直言うと、相手の体格がでかかったから少しだけビビったのだ。だが、そんな事はリンにはお見通しのようだ。後から来たというのに。
「錬金術は素人に使わないって言ったでしょう? この世界では目立つんだし、それに大人げないから。ましてやあんな素人中の素人に使うなんて」
「俺はリンみたいに素の力だけで頭二つ分もでかい相手を一回転させるほどゴリラじゃないんだよ」
俺は悪態を付いた。リンは何かにつけて小言が多い。あれはするな、これはするな、ああしろ、こうしろと何かといろいろ俺に言ってくるんだ。いつまでも師匠気取りでは困るのだ。
「そんなんじゃ、いつまで経っても免許皆伝とは行かないわよ? あんたはまだ錬金術師とてはひよっこの三流なんだから。私みたいな一流にはすぐにはなれないでしょうけど、少なくとも三年も修行してるんだから二流くらいにはなってくれないと私の沽券に関わるのよ。弟子一人、まともに育てられないと思われるじゃない」
「この異世界で錬金術師なんて俺とリンしかいないじゃん! この世界に錬金術は元々存在してないんだから。リンの評価をする奴なんていないじゃん!」
「あのねえ。この異世界に来たのまだ二週間前じゃない。元居た世界では少なくとも二年分以上の評価はされるのよ。全く、ハルはいつもいつも私の言うことを聞かないし、それに――」
また小言が始まった。俺はリンの小言は右から左に聞き流すことにしている。その方が楽だからだ。
さて、さっきも言っていたがこの異世界に来たのは二週間前だ。原因は根本的には不明だがきっかけはリンだ。元の世界で俺との修行の最中、新しい空間系の錬金術を思いついたとかで実演して試したのだ。そうすると、突如、時空に歪みが出た。そして、俺とリンはその歪みに飲み込まれ、気付いた時にはこの異世界に放り出されていたのだ。リンは全くの予想外だったようで、珍しく必死に弁明していたが、少なくとも新しい錬金術に不具合があったわけじゃないらしい。だが、少なくともきっかけになっていることは間違いなのだ。全く、迷惑な話である。
それから、この世界の情報を集めていていくつか分かったことがある。
・この異世界の名前は”ニューゲート”。
・中世風の雰囲気を出している科学技術の発展した世界であること。
・錬金術が存在しない代わりに魔法が発展していること。
・暦はほぼ元居た世界と変わらず、四季も存在している。
・通貨は全くの別物。
・何故か言葉は通じる。
これくらいだ。
「ところで、リン」
俺は強制的にリンの小言を遮った。よくよく考えれば、大事なことを忘れていた。そもそもなんで俺とリンが別行動を取っていたのかというところだ。
「ん、何?」
「宿屋見つかったの?」
「え?」
「宿屋見つかったの?」
「え?」
これは駄目な奴だ。俺は咄嗟にそう感じた。この女…………。一応、改めてもう一度聞いてみる。
「宿屋は見つかったのか? と聞いている」
「うん、見つかったよ?」
「じゃあ、なんで最初誤魔化そうとした?」
俺は厳しく追及する。ここで引いては駄目だ。この基本駄目駄目女を甘やかすとろくなことがない。それは異世界に来る前から十分に理解しているのだ。こと錬金術以外では途端にダメ人間と化すのがこの一流錬金術師リンなのだ。だから、今回も絶対に甘やかすことはしない。それが、俺の役目でもあるのだ。
「いやさあ、宿屋見つかったよ? 見つかったんだけどさ、部屋取れなかったよ」
「は? 宿屋は見つけたんだよね? なんで? なんて言ったの?」
何か嫌な臭いがする。恐らく、何かしたであろうこの女は……。
「いやさあ、『部屋は一つ、ベッドは一つ、相部屋する相手は男で血の繋がりはなくて伴侶でもない』って言ったら断られた。『うちはそういうの禁止だから』って言われちゃったのよ。そういうのってどういう意味なのかしらね? 分かる」
はっきりした。戦犯・リン。この女は何を言っているんだか……。”そういうこと”ってのはつまりそういうことのことだろうに……。それすら本当に理解してなさそうなのが分かるから何とも言えない気持ちになる。大体、ベッドは一つって俺と一緒のベッドで寝るつもりかよこの女は。
「そら断られても仕方ないよ。何言ってんのリンは?」
「えー? 私何かおかしいこと言ったー?」
不服そうに頬っぺたを膨らませるリン。むすっとした顔も意外に可愛いのだが中身が残念すぎるのが分かってる分気持ちは全くといって乗らないのだ。俺は仕方なく、リンに分かりやすく説明した。
「あのなリン? 部屋が一つはまだいいよ、ベッド一つってその時点でおかしいし、しかも止まる相手が赤の他人ってもう少し嘘の一つや二つでうまく部屋取れないもんなの? それに、俺と一緒のベッドで寝るつもり?」
「え? 駄目なの? ハルは私と一緒じゃ嫌なの?」
リンはハルの顔をじっと覗く。俺はさっと顔を逸らした。少し照れ臭くなったのだ
「嫌とかそういう問題じゃない。とにかく、部屋は最悪一緒でいいからベッドは二つあるところから選ぶから」
「了解ですよ、私の不愛想なお弟子さん」
そう言って、リンは一度にかっと笑ってから正面を向き直した。両手を後ろに回して軽く組み、何やら楽しそうに歩いて行った。歩を進めるたびに左右に揺れる長い白髪と大きく揺れる豊かな胸が真上の太陽に照らされ、俺にとっては美しく、見惚れてしまうほどだった。当然、本人にはそんなこと絶対に言わないが。俺は、ふっと一息吐いてから、小走りで駆け出してリンの隣に並び立つ。なんだかんだで、俺はこの師匠様を師匠としても異性としても尊敬しているのだ。俺はこの人の弟子に慣れて誇りに思った。そう考えたら自然と笑みが零れる。
「師匠、この先に宿屋があるらしいよ。次はそこにあたってみよう」
俺はそう言って、リンよりも少しだけ前に出た。リンの顔は見えないが後ろから声が聞こえてきた。
「本当? さっすがハル、調べてくれてたんだね。……て今私のことなんて呼んだの?」
「え? 急に何を言ってるんだよリン。ほら置いてくぞ!」
俺はわざとらしく速度を上げ走っていく。宿屋までひとっ走りだ。後ろからリンが走ってついてくるのが足音から分かった。そして、今の走ってるリンの姿は大層、目の保養になっただろうが先を走っている俺には拝むことは出来なかったのだけが気掛かりだった。
「ちょっと、待ってよハルー! 置いていかないでー!」