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第一話 コーヒーの恨みは重い

 俺の名はハル。ただのハルだ。苗字はない。先に言っておくと異世界人だ。異世界人と言うと少し変な感じがする。何故なら、俺から見ればこの世界こそが異世界だからだ。だがこの世界の人から見たら俺の方が異世界人なのだろう。


 さて非常に厄介なことになった。それはもう大変なほどに。なぜなら俺は、今トラブルに巻き込まれているからだ。別に自分が悪いわけではない。何か落ち度があったようにも思えない。ただ単純に――運がなかったのだ。もう一度言おう、運がなかったのだ。少なくとも俺には。


 話を(さかのぼ)ろう。


 ここはとある街の喫茶店だ。俺は一人でカウンター席に座り、コーヒーの一杯を片手にとある連れ人を待っていた――その連れ人も俺と同じ異世界人だ――。しかし、待っている最中に別の席でどうやら揉め事が発生したようだ。聞き耳を立てていたら、どうやら喧噪の原因は二人のチンピラ同士の目線が合って睨んだの睨んでないだの、そんな内容だった。


 俺は一切関わり合いをしないように気持ち、体を椅子ごと僅かに遠ざけた。触らぬ神に何とやらだ。面倒事には関わらない。そう決め込んでいた。決め込んでいたはずなのだ。だがそうは問屋が卸さなかった。


 耳だけ喧噪の方に向けていると唐突に鈍い音が聞こえてきた。どうやら殴り合いにまで発展したようだ。俺はそう呑気に考えていた。しかし――。その殴られた方が大層吹っ飛ばされたようで、俺のカウンター席にまで吹っ飛んできたのだ。そして、見事に俺の体とカウンターは揺らされ大事なコーヒーの大半が零れてしまったのだ。


 そこからがいけなかった。


 俺は無意識に椅子から体を降ろし、当の喧噪が起こっていた方に向かって大声を上げてしまっていた。


「おいこら! 俺の大事なコーヒーどうしてくれるんだ! どっちでもいいから弁償しろよ!」


「――あ? なんだこのガキは? 死にたくなかったら引っ込んでろよ。二度はねえぞ」


 喧嘩相手を殴り飛ばした方のチンピラが俺をにらみ返してくる。スキンヘッドでそれなりにがたいの良いいかにもなチンピラだった。だが、俺はそんなことには目も行っていなかった。コーヒーの恨みはもっと怖いのだ。


「うるせえよ。さっさと、どっちでもいいからコーヒー弁償しろよ。てめえらのせいで俺のコーヒー台無しなんだよ」


 辞めておけばいいものを俺はどうも喧嘩っ早いようでいつの間にか喧嘩の輪に加わってしまっていた。どうしたものか……。心配だ――命が。


「たかだが、コーヒーごときでガタガタ抜かしてんなよ貧乏人が。少しお仕置きが必要のようだな」


そう言うと、スキンヘッドのチンピラは俺に近づいてきた。俺と一メートル程の距離まで近づいた。俺とチンピラは頭一個半くらいの身長差があった。チンピラは二メートル近い身長か?


「お寝んねしてな!」


 チンピラは拳を握り締め、俺にまっすぐ殴り掛かってきた。しかし――。


「……がたいの割に弱いな」


 俺はチンピラの拳をがっしりと左手で掴んでいた。ちなみに俺は右利きだ。そして、そのまま右足を蹴り出し、チンピラの鳩尾を打ち抜いた。チンピラはごはっ! とありきたりな呻き声をあげて後ろまで吹っ飛び、空席のテーブルを一つ吹っ飛ばした。さっき、命が心配だと言っただろう? 確かに心配だったのだ。――相手の命が。


 気付けば、店中の視線が俺に向けられていることに気が付いた。気付くと途端に恥ずかしくなってきた。愛想笑いを軽くして、そそくさと元居たテーブルに戻ろうとしたとき、喫茶店の入り口のスイングドアが豪快に音を立てて開けられた。


「なんだなんだ? 揉め事か? ハルの奴、まだ何かしたんじゃないわよね……?」


 スイングドアから入ってきたのは女だった。それも俺のよく知っている人物。俺の待ち人だった。


「あっ! リン! 遅いよ!」


 俺はリンの傍に駆け寄った。リンは黙って俺の頭を軽くチョップした。それから周りを見回して最後に俺を見た後、原因を訪ねてきた。


「あんた、また何かトラブル起こしてんじゃないでしょうね? この私に言って御覧なさい」


 リンはその長い白髪を無造作に揺らしながらそこそこに豊かな胸を張って俺にそう言った。なので、俺も素直に答えることにする。


「俺は今回、何も起こしてないよ。むしろ巻き込まれた側だ。チンピラが襲ってきたからぶっ飛ばしただけだよ」


「やっぱり問題起こしてんじゃないか! 私がいないとじっとしていることも出来ないの?」


 俺は必死に弁明する。そもそも、あいつらが俺のコーヒーを無駄にしたことが悪いんであって、俺はその補填を正当に求めただけだ。その上で襲いかかってきたから、返り討ちにした。それだけだ。何も悪いことはしていない。していないはずなのに、説明すればするほど、リンの目の端はどんどん吊り上っていく。俺は喋りながら、冷や汗がたらたら流れてくるのが分かった。……これはまずい、説教される流れだ。さて、逃げる準備でもしようか? そう頭の中で考え始めていた。


「全く、もう少し周りに気を使いなさい。確かにコーヒーは残念だったけど、それと店で騒動を起こしていい理由にはならない。分かった? 大体――」


 ついに説教が始まった。俺はそろりと後ろ足を忍ばせようとした入り口を目の端で確認した。タイミングを見計らって店から逃走しよう。コーヒーのお駄賃はリンが払ってくれる。そう信じよう。というか払え。


 だが、その時先ほどふっ飛ばされて伸されて気絶していたもう一人のチンピラがゆっくりと立ち上がってきた。


「ちっ、くそ……。あのスキンヘッドは倒れてやがるのか? 店の雰囲気から察するにあのガキか。畜生、人の獲物奪いやがって……スキンヘッドの代わりにあのガキをぶっ飛ばすことにしよう」


 ゆっくりと立ち上がったチンピラは俺とリンを見据え、俺に向かってきた。俺は迎え撃とうとした。しかし、俺よりも先にリンがチンピラの目の前に立った。


「すまないね。うちの連れが迷惑を掛けたようだね。私はこの子の保護者だ。この馬鹿に代わって私が謝るよ」


「あ? 誰だてめえ。女は引っ込んでろ!」


 男はまっすぐ、リンと向かい合った。リンは女にしてはそれなりに背の高い方だがチンピラの方がやはり背は高い頭二つ分ほどだろうか? しかし、背丈の割には体の線は細い。細マッチョというやつだろうか? もしくはヒョロガリとか呼ばれる類か。


「重ね重ね、すまない。私は保護者なんだ。責任は私の方にある。監督不行き届きを詫びよう」


 リンは向かい合って尚、腰を低くして相手にそう言った。しかし、チンピラはそれで収まるはずもない。


「そんなこと知るか! いいからどけよ女。痛い目に遭いたいか? 俺はそのガキに一発、気合を入れてやらなくちゃならん」


 チンピラがその言葉を放った瞬間、空気が一変した。少なくとも俺には感じ取れた。


 何故なら、リンが気配を変えたのだ。先程までの低姿勢をやめた。そして、内に秘める熱い魂がゆっくりと呼び起されてきていたのだ。ああなったリンは怖い、俺でも手の打ちようがない。


「ふーん。あの子に手を出そうっていうんだ? せっかく、何もなしに手打ちにしてあげようってのに。あの子はああ見えても私の弟子なのよ。怪我なんかされても困るのよ。だからあの子に手を出そうっていうならこっちも黙ってないわよ」


「まずは女から痛い目に遭いたいみたいだな。いいだろう……」


 チンピラはリンに殴り掛かった。しかし、予想通りの結果に落ち着いた。リンは右手でチンピラの拳を受け止め――ちなみに彼女は左利きだ――そのまま一本背負いよろしく、チンピラを一回転させ床に叩き付けてしまった。またしてもこのチンピラは気絶してしまったようだ。南無。


 リンは手を二、三回ほどはたいてから溜息を付いた。


「やっぱり、ただのど素人ね。全く、喧嘩売る相手も見極められないようじゃ目も当てられないわ」


 リンがそう言うがそんなことよりも俺は言いたいことができてしまった。


「結局、リンもトラブル起こしてんじゃねえか!」


「何? これ、あんたの起こしたトラブルの後処理でしょう? それにあんたと違って相手に怪我させないように十分に手加減もした。あと、私のことは”師匠”と呼べと毎回言ってるでしょう?」


 リンはそう反論した。


「誰が、師匠だ!」


「私がだ!」


 リンは今度は俺の頭に拳骨を落とした。しかも、それなりに痛い奴を。


「とにかく、さっさと行くわよ。全く、ちょっと目を離した隙にこれなんだから……」


「うるせえやい!」


 俺の名はハル。この異世界生活を口煩い師匠と共に十分に満喫しております。

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