■高校1年 8月第3週 迷宮5層 3回目(4)
「何とかしたいけれど、何ともなりませんよね?」
ボス部屋手前にシートを敷いて黙って座っていたが、ヤカンがコポコポ音を立て始めたところで静華さんが口を開いた。彼らに聞こえないように小声だ。
「せやなぁ、ワイも無理やと思うで。人はタダでは動かんし、木崎があの調子では纏まるもんも纏まらん。タケちゃんもそれでこっちから無理に助ける言わんかったんとちゃうか?」
「木崎? あのロン毛は『野営訓練』にいた奴だよな?」
「なんや、タケちゃんも気付いとったんやないか。C組の『木崎 ノア』。スケコマシのいけ好かんやっちゃ。他所の迷宮校との交換留学生とのハーフらしいで。」
「杉戸君の事だから、他の子も知ってますよね?」
「お、おう。気絶してる方が『加須枝 百子』ちゃん、攻撃魔法専門やね。起きてる方は『花咲 百合恵』ちゃん、この子は木崎ハーレムの一員やない。ポン刀使いで百子ちゃんの親友兼保護者で同行した感じやな。
他の子は……堪忍してや。木崎ハーレムの女は4人だけや無い。顔が潰れてもたら流石のワイも特定できへん。」
「喜久彦なら体型だけで特定できそうね。それで剛志はどうして言い出さなかったの?」
「守りきる自信も無しに、こっちから対価を要求して安請け合いするのもな……。駄目元でしぶしぶ受けたとしても何かあれば絶対文句が出る。木崎の態度も良くなかったから、喜久彦の言ったとおりリスク負う気にもなれなかった。
後続が来るか木崎が説得できるかは別にして、護衛するなら彼らを挟んで前後4人ずつ、彼らの直衛にもう2人盾持ちが欲しい。」
「そうね。あの人達は『助けて貰って当たり前』、私達より自分の仲間を優先して『助けてくれ』と言っているのに気づいてない感じだったわ。連れ帰るなら、連携も考ると3パーティ最低12人は欲しいところね。」
「優ちゃん先生も『人助けは死なない範囲で』と言っていたからな。」
「……。」
「姫宮ちゃん、消防士やレスキューかて自分が危ないときは置き去りにしてケツ捲くって逃げる。ワイ等は本当に死ぬわけやないれど、それは彼らも一緒や。」
「それでも、私はっ!」
まてよ……置き去り!?
「それだ! 助けるのに何も俺達が無理に連れ帰る必要はないんだ!」
つい声を上げてしまった俺と静華さんに、茂子さんが静かにするようにハンドサインを出した。
「……他に方法があるのね?」
「ああ。木崎達が食料・回復薬を死んだ仲間のまでかき集めて、6層側出口扉の向こうの安全地帯に退避する。その上で俺達に救援を呼ぶ伝言を頼むだけでいい。これなら不確かな増援を当てにする事も、帰り道のリスクを負わずに助けられる。」
今度は声を潜めて話す。
そうだよ、冷静に考えれば距離や人数・負傷の程度以外にも明らかに先週とは違う。先週は大量の犬面人に襲われる緊急の危機だったが、今の木崎達は安全地帯にいる。小康状態とは言え、すぐに死ぬ状態でもなければ、化物に襲われる心配もない。
「『迷宮大猪』くれんなら肉だけ採ってすぐ出発できんな。したら、俺達が0層に着くのは夕方前。上級生が出張ってくれんなら、木崎達は24時前には帰れるはずや。」
「……そうですね。女子2人は大量失血の負傷で危険な状態です。特に気絶状態の百子ちゃんは担架も無しに長時間移動させるのは、化物の襲撃が無くても危険と思います。それに私達が帰って救援が来るまでの12時間くらいは……回復薬を併用すればより確実にもつはずです。」
「彼らがそれを聞かなかったらどうするの?」
「その時は木崎をふん縛ってでも言う事を聞かせる。花咲さんもその方が安心して休めるだろう。」
「そっから先は奴ら自身の責任やな。ワイ等にできることはあらへん。」
一段落ついて激しく湯気を上げて自己主張するヤカンに気が付いた俺は、お茶の準備をする事にした。




