■高校1年 4月 入学式(1)
改めて合格通知と頼んだ念書が届いた。
念書にも『校内活動』の内容については触れない形で書かれていて情報は得られない。
入寮の準備と言っても荷物は着替えと文庫本の山とノートPCの荷造りくらいなもの。
問題は人間関係と事務処理だ。
この街で事故後も唯一親身だった大家さんには、太田の指示通り指が治ったことを新開発の義指のテスターになったとごまかしたら「見分けがつかないじゃないか、指戻ってよかったね」と泣かれた。
その後アパートを引き払う事を伝えたら赤ん坊や保育所通いだった頃の話をされて、さらに泣かれた。
もう一つ対称的な意味で厄介だったのは、母方の遠縁の本家に位牌と残り少ない両親の私物を預けに行った時だ。
寮に持って行く訳にも行かなければ、貸し倉庫に放り込むのも不安だ。
父方の親戚は消息不明か、気まずさから門前払い。母方の近い親戚にも断られた。
荷物整理をしている時に本家の存在と住所を知ったのだが、「何故もっと早く頼らない!」と2時間の説教と1発殴られたものの預かっては貰えた。
後日母方の近い親戚が青たんパンダ目で左手吊って謝罪に来たが、断った時との豹変振りが酷すぎて嫌な気分だけが残った。
それに比べれば中学校での手続きは、進路決定の報告と転居先の事務処理だけではるかに楽だった。
今思えば厄介者扱いされて無関心で済んでいたが、手続きを忘れられたり、敵対されいじめの標的などにされなかっただけマシだったのだろう。
なお合格通知には引越し費用などの準備金も添えられていたが、向こう3年分の墓の管理費を払ったら無くなった。
◇◇◇◇◇
そうこうしているうちに入寮を済ませ、入学式の日を迎えた。
俺達は支給された制服を押し着せられて講堂に集合した。
講堂の入口にはクラス分けが貼り出され、それに従い1クラス二列の6列で並んでいる。
しばらくすると責任者こと太田が入場して、続いて職員も入場し講堂の前面に並んだ。
太田が壇上に上がり、マイクを取った。
「ようこそ、青龍大学付属高校へ。
ここには既に知っての通り最新の設備と居住環境を用意している。君たちにはそれを生かして勉学と校内活動に邁進してくれ。
さて教員紹介に移りたいところだが、『校内活動』が気になって耳に入らないだろう? 先に『校内活動』の説明をする。」
一呼吸おいて太田は続ける。
「ダンジョン、迷宮、鬼門、深淵……呼び方は様々だが、今世界には化物が生息する8つの『地下迷宮』が実在する。
放置しておくと化物が地上に溢れる事になるので間引く必要がある。
君たちには週末に『校内活動』として、ここにある『地下迷宮』に入って化物退治をしてもらう。」
『タダより高いものは無い』とはよく言ったものだ。面接や念書は『人を殺める事はない』『人間を殺すこともない』だったから、嘘でもない。それに機密に厳しいのも、あの厳重警備もそう言われれば納得できる。わざわざこんな施設まで用意してるって事は、使い潰すような無茶はさせないだろう。
新入生が騒ぎ始めるが太田は完全に無視した。
「不安に思うのは当然だろう。まずは、迷宮内部の様子を見て欲しい。」
講堂の照明が落とされスクリーンに、映像が映し出された。
『21世紀の秘境を見た!! 人跡未踏の地下迷宮に巨大ゴブリンは実在した!!』
タイトルロゴが消えると、カメラが二次試験で案内された学食から廊下を移動して外に出る。それから別の建物に入り階段を下りると、『地下訓練場(通称:迷宮0階)』のテロップが表示された。ここで映像が早送りになったが、下手な校庭よりも広い地下空間が広がっていたのは解る。
早送りが止まると、目の前には5mほどの大きな扉と警備員2人。
「ご苦労様です。」
撮影者が警備員に声をかけると、目礼で返しロックを解除して幾重もの扉が開いた。扉の奥には、またしても階段。
そして階段を下りる最中に画像が乱れ少し荒い映像に切り替わる。
「迷宮の中では電子機器は正常に動作しません。ここからは8ミリカメラの映像に変えます。」
映像の女性の声が説明をする。
階段を降りると、人工的な灰色な石造りの通路が広かっていた。
テロップには『迷宮1層』の文字。
「このように『迷宮階層』は照明なしで夜道程度の明るさです。懐中電灯で照らすといい標的になるので注意してください。」
「……いるね。『灯火!』」
通路の先に照明弾(?)が発射されると、漂う光の玉が人影を映した。
身長1m足らずの緑の小人が2人。皮膚は緑色、頭髪は無く、おでこには突き出るような奇妙な瘤が一つある。目は金色で、耳は尖って横に長い、腰にボロキレを巻きつけただけの裸だ。
テロップには『緑小鬼』の文字。
「ちょっと準備しますね。」
カメラの前に新聞が映し出される。裏・表と見せて普通の新聞紙。それを床に広げて丁寧に端から折りたたむ。ガムテープで握りを作って……ハリセンが完成した。
「それじゃ、行ってきまーす。」
ハリセンを担いだジャージ姿の少女……。
あれ? 聞いた事ある声と思ったら面接にいたちっちゃい女性職員じゃないか?
前に並んでいる職員の中にその姿を見つけると視線が合った。
にっこり微笑んで手を振られる。
映像では髪留めでアップにしているが、間違いない。
気恥ずかしさから視線を映像に戻すと、カメラがようやく追いついて戦闘を映し出す。
……と言っても、戦闘と呼べるような代物ではなかった。
緑小鬼が二人がかりで、叫び声を上げて必死に少女に掴みかかっている。
しかし彼女は踊るようなゆっくりとしたステップでひたすらに避けている。時々耳を引っ張ったり、馬飛びの馬にして飛び越えたりと完全に遊んでいた。
「そろそろ、いいよね。」
スパーン! スパーン!
ハリセンの小気味良い音が講堂に響いた。
リプレイ映像が流れる。
緑小鬼をかわして、ハリセンで後頭部に一撃。も一つかわして、お尻に一撃。
音は派手だけど全然痛くないのがハリセンの特徴だ。それもダンボールや模造紙では無く、柔らかい新聞紙となれば蚊を殺すのでさえ難しい。
しかし緑小鬼は起き上がること無く絶命していた。