■高校1年 8月第1週 迷宮5層 再び(7)
翌日、食堂での朝飯の帰りに優ちゃん先生を見つけた。喜久彦に渡してある口裏あわせ用の内容で『化物との会話』について話すと保健室に連れ込まれる。『連行』と言うのが正しいかもしれない。保健室に入ると鍵がかけられ、何か障壁も張られた。
夏なのでTシャツにキュロット、その上に白衣と言う薄着な格好。しかも朝風呂に入ったのか髪もいい匂いしている。まじめな伊勢崎先生モードから逃避しても事態は変わりそうもないのが残念だ。
「はぁーっ。
確かに『死なない範囲で積極的に人助けに動いてくれると先生は嬉しい』と言ったわよ。でも亜人に、化物に『回復魔法』かけた挙句『会話』までしちゃうとはね……。」
「やっぱりマズかったですか?」
「不味いなんて物じゃないわよ。
館林君と他のパーティメンバーの事を考えれば、太田先生より上のお偉いさんとかスポンサー団体『迷宮会』とか外の自衛隊連中には絶対聞かせられない話よ。」
「やった俺だけじゃなく他のメンバーもですか?」
「んー。館林君と初対面なら、その嘘は通ると思うけどね。
何ヶ月も見てれば普段と様子が違うのに気づくのよ。あとは女の勘。
大方『ヒール』持ちの姫宮ちゃん辺りがやったんでしょ? 心魔法に嘘発見機的なのとか自白強要の魔法もあるんだけど、使ったほうがいいかな?」
見透かされて俯き加減の俺の視線に回り込むように伊勢崎先生が見上げた。
「拷問されても口は割らない気で居たのですが……お手上げです。」
「素直なのは良い事よ。せんせーも手間が省けて助かるわ。誰が関わったか教えてくれる?」
「回復は俺と静華さんと茂子さん。会話は全員が聞いてます。会話内容は最初話したので嘘はついてません。」
「心魔法の『自白強要』があるって言ったよね。あれは嘘よ。研究した事はあるけどできなかったんだよね♡」
楽しそうに黒い笑顔でニヤニヤ笑ってる。
「……!!。」
やられた。と言うか心理戦で伊勢崎先生に勝てるわけないだろ。
最初の計画が甘すぎた。今までだって散々弄ばれてるのに……。
「でも、まぁ真っ先にせんせーに相談してくれたのは嬉しいかな。信用してくれたって事だからね。」
「じゃあ処罰とかは?」
「相手も非好戦的で、MPKした訳でもないから、何も無いわよ。『会話』についても内容に問題は無いわ。学園側の判定としてはグレーゾーンって奴ね。」
「良かったぁ。助かった。」
「そういう訳だから『回復』も『会話』も秘密にして、大っぴらにはやらない事。あとは迷宮ができた理由とか何故存在するのか聞くことができたらせんせーに口頭で報告すること。」
「報告書には書かなくていいんですね?」
「自分の不利益になる事はわざわざ馬鹿正直に書かなくていーの。学生証に倒した敵が記録されてるように行動トレース機能もあるけれど、そこまで詳細には捕捉出来ないからね。ちなみに『好戦的を治療したら』は記録されるわよ。」
ペットにしようとして治療とかする前に早く止めないと。
「最後に、もし秘密が漏洩した場合は?」
「学園側は『知らなかった、聞いてない』で通すわ。その後どうなるかは、お察しください。」
伊勢崎先生は右手を鉄砲にして、人差し指を俺の額に向けた。
その後、携帯で喜久彦、静華さん、茂子さんを保健室に呼び出して、伊勢崎先生はもう一回同じ説明をした。
「ごめん、あっさり見破られた。」
「役者が違いすぎるわー。ワイでも優ちゃん先生相手はあかんな。」
「相手が相手ですからねー、仕方ないですよ。」
「心魔法で見破れるって言われたら仕方ないわ。伊勢崎先生は『嘘』って言ったけれど心魔法の催眠系である程度言う事を聞かせる事はできるのよ。」
優ちゃん先生が研究してたってのはそれだろうな……。
「それね。『ある程度』はできるんだけど、結局のところ『催眠成功』か『催眠に耐えてかかってる振りしてる』かを見分ける方法がないんだよねー。それとは別に、館林君を6ヶ月見てきたから何時もと違うのに気づいただけよ。」
「4・5・6・7・8、計算合わなくないですか?」
静華さんが指折り数えて指摘する。
「ううん、3月の一般入試二次試験に私も館林君も杉戸君も参加してるからねー。詳しい事は教えられないけど、あの面接は面白かったわよー。太田校長に気圧されないだけでなく、指が治った事に動揺して変なダンス始めてね……。
入学式でもあの映像見てすぐに私だって気付くし、せんせー運命を感じて嬉しくなっちゃった。」
「タケちゃん変なダンスってなんや?」
「俺も良く覚えてない……。」
「話し変わるけど、館林君、心魔法研究続行の為の被験者か将来私の助手にならない?」
「いやホント、マインドコントロール系だけは勘弁してください。伊勢崎先生は絶対悪用して俺が酷い目に逢いそうなので。」
エロ同人誌みたいにっ! それも高確率でBL系。
「気が向いたらいつでも言ってよね。バイト代も奮発しちゃうよっ!」
「先生、ワイはだめなん?」
「いじって面白いのは館林君だからねー。真面目だし反応も可愛いし。」
「伊勢崎先生とは今まで以上にいいお友達になれそうな気がしてきましたっ。」
「……いじって面白いのには同意するわ。」
「確かに、ワイにあの返しはできへん。」
「お前ら……。」
「それから、今かけてあるのは『遮音障壁』だからね。それくらい危ない事なのは理解してね。あとはそういう訳でレポートの方も宜しくね。」
「「「「はい。」」」」
「じゃあ、帰って宜しい。」
「「失礼しましたー。」」
「したぁー。」
俺も保健室でようと思ったが、忘れ物思い出して残った。
「館林君まだ何か御用? ひょっとして愛の告白かな? せんせーは立場があるから高等部卒業してからのつもりでいるのだけど?」
「そうじゃなくてですね……まだお礼言ってなかったと思って。」
「いいのよせんせーは何もしてないの、体裁的にも物理的にもね。」
「いや、でも本当にありがとうございました。」
「気がすまないなら、被験者になってくれると嬉しいんだけどなぁ……。」
「ちらちら見ても、駄目なものは駄目ですから。」
「それじゃあ、『迷宮大猪』のカツサンドくれるかな?」
「特別オーダーのあれですか? 何でまた知ってるんです?」
「館林君の事なら何でも……と言いたいところだけど、食堂のおばちゃんに聞いたのよ。久々に大量入荷したっておばちゃん大はしゃぎだったわ。明日からきっと限定メニューね。
『迷宮大猪』を倒す人は多いんだけど、7層突破するには邪魔なのよね。だから大抵倒しても肉は迷宮内で食べる分だけ取って放置だよ。」
勿体無いなー。味的にも懐的にも美味しいのに。
「作ってもらえるのは今日の夕飯時になりますが、どうします?」
「スペアキー渡しておくから、ここの冷蔵庫に入れておいてちょーだい。」
「冷めちゃいますけどいいのですか?」
「せんせー今日はこれから出張で帰りは終電だからね。魔法で加熱して美味しくいただくわ。」
「解りました。ではそのように。」
「ちょっと待ってねー。一緒に出るから。」
デスクの引き出しから書類を出して、障壁を解除する。
追い出されるように保健室から出された。
「館林君、行ってきます。」
「はい。それじゃまた。」
「そこは『行ってらっしゃい』でしょ? やり直し。」
「えーと、行ってらっしゃい。伊勢崎先生。」
「次は優ちゃん先生でいいわよ。行ってきます。」
優ちゃん先生はご機嫌でスキップまでしている。笑顔で手を振って別れる。
しかしその日、伊勢崎先生は終電後も学園に戻ることはなかった。




