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■高校1年 8月第1週 迷宮5層(3)

距離にして1km足らず。点在する照明魔法『灯火(ライト)』と交戦音を頼りに前線に辿り着いた。


「この先だな。」


曲がり角の手前で止まって様子を伺うと、後ろで動けなくなってるのが4人、2対1くらいで何とか前線を支えてるのが6人、その向こうには『茶犬面人(ブラウンコボルト)』の隊列。同士討ちを恐れて弓を撃ってないのが唯一の救いだ。




まだ『アンモニア水』の意味が解らない俺は喜久彦に作戦を任せる事にした。


「ワイとタケちゃんで瓶を投げる。味方の少し先の壁か天井に当てて割る。味方にかけないように気ぃ付けてや。

その後に茂子ちゃんの魔法。火属性で爆発する奴を軽く(あぶ)る感じに頼むで。」


「瓶が割れた地点ね、解った。」


「タケちゃんは茂子ちゃんが撃ったら、味方と瓶の間に『土壁』や。天井まで3重くらいに頼むわ。」


「任された。」


「私はっ?」

「姫宮ちゃんの出番は一番最後や。『ヒール』で負傷者の治療頼むで。」


瓶の保護ビニールを外してから、ボス戦前のように円陣を組んで支援魔法を貰う。


「いくでぇ、カウント3、3、2、1、今やっ!」

曲がり角から飛び出して瓶を投げる。俺のは少し奥になってしまったが二人とも瓶を割るのに成功した。


「増援や! 後退してやっ!」


「……『爆炎弾(フレアボム)!』」


「……『土壁!』『土壁!』『土壁!』」


作戦通り魔弾が通過したタイミングで『土壁』を3重に建てる。

『土壁』は()ぐに建つ代わりに『バルサ以上ベニヤ未満』と言われるほど耐久力が低い。

二枚目が出来た辺りで『土壁』の向こうで『爆炎弾(フレアボム)』が爆発した。



「「「「「キャウン! キャンキャン!!」」」」」



すると茶犬面人(ブラウンコボルト)の悲鳴の大コーラスが始まった。ドップラー効果を残して遠ざかって消える。

壁の手前に残った『犬面人(コボルト)』数匹も鼻を押さえて動けなくなっていて、もはや敵ではない。

他のパーティと協力して倒していると、かすかに刺激臭がした。


「ありがとー。」


「助かったよ。」


前衛で踏ん張っていた6人は、ジャージで斬撃や矢は防いでいるものの中は打撃で満身創痍だろう。顔や頭から出血者も少なくなく、よく見ると耳を亡くした者までいる。




「お礼は無事に迷宮(ここ)から出てからでいい。それと壁の向こう側に味方は残ってないよな?」


「残念だが壁の向こうにあるのは死体だけだ。」


指で2を作っているのはそういう意味だろう。

見知った生存者は一人しかいない。ウチのクラスからはもう一人犠牲か……。


「さすがにあの状況で確認できんかったからな。ほんならえかったわ。」




「静華さんは動けない人から頼む。それから体力回復薬も配ってくれ。」


「はいっ! 大丈夫ですか? 『浄化』……『ヒール!』」


「『浄化』……『応急手当(ファストエイド)!』。とりあえずこれで少し待っててくれ。」


喜久彦と茂子さんと3人で『浄化』と最下級の回復魔法をセットでかけて体力回復薬を配って回る。

今回はさすがにこれで撤収だろう。非常事態だから仕方ないか、最悪経費は自分持ちだな。

剥ぎ取りしてる空気ではないし、時間が経てば『茶犬面人(ブラウンコボルト)』が戻ってくるだろう。




「先に逃げた人はどうなりました?」


「私達が5層入口に来たときに生きてたのは、細谷とかいう人だけよ。他の3人は駄目だったわ。」


「そうですか……。」


茂子さんが答えると、クラスメイトの女子が自分だけ助かったことに声を出さずに泣き始めた。


「細谷君は救援呼びに行ってるはずです……多分。」


静華さんの言うとおりだろう。

遅ければどうなるかは喜久彦が言ってくれた。どの道0層に戻る以外に逃げる場所は無い。




「こっちは『ヒール』使えるのが一人しかいない。他に使える奴はいないか?」


「私が使える、けれど今はMP枯渇で駄目だわ。」


座り込んでるポニーテイルの少女が手を挙げた。


「これ使ってくれ。」


少女に目の前で蓋を緩めてMP回復薬を手渡した。


「ありがとう。ごめんなさい。役に立てなくて。」


「キミがMP切れまで頑張らなければ、多分もっと死んでた。頑張ったな。」


肩に手を置くと抱きつかれて泣かれた。どうすりゃいいんだ?、と見渡すが喜久彦はサムズアップを返し、茂子さんはヤレヤレなため息を大きく吐いた。静華さんは背面に居て視界に入ってないが、生暖かい目で見られてるか羨ましがってるかのどちらかと思いたい。

こんな時のお約束を思い出して、子供をあやす様に背中を軽く叩いてやると次第に泣き声が小さくなった。


「その……引き止めてごめんなさい。ありがとう。他の人をお願いします。」


「いいんだ。それよりもう歩けるよな?」


少女が頷くのを確認して、彼女の肩をポンと叩いて小声で『浄化』をかける。


「大丈夫、本当に死んだわけじゃない。戦闘不能の人も0階で待ってる。」


自分にも言い聞かせるように告げると立ち上がって他の生存者の様子を見に行った。




「ところで……あの瓶はなんなんだ。」


狐につままれたような顔をしている生存者に茂子さんは説明を始めた。


「ただの医療用『アンモニア水』よ。虫刺されに使う、目に染みるほどものすごーく臭い奴。

吸い過ぎると人間でも危ないけれど、嗅覚数万倍の犬や犬面人(コボルト)が嗅いだらどうなるかしら?」


ああなるほど、確かハ○レンで廃坑逃亡中にアンモニア練成して使ってたな。相手は犬でなく合成獣(キメラ)だったが。それを爆風でちょいと加熱して気化&拡散させた、と。




「そんな訳で『土壁』壊して先に進むんは、迷宮(ダンジョン)消化が終わるもう10分ほど待っとくれや。」


「いや動けるまで回復したら、すぐ撤退だ。

回復薬が残り少ないし、ウチのヒーラー――静華さんも『ヒール』連発して余裕のない状況だ。何より『茶犬面人(ブラウンコボルト)』が戻ってきたらマズい。」


「それがいいな。俺のパーティも荷物無くして、もう先に進むどころでない。」


「ウチ等も武器もこのザマだから無理だ。」


「私達も戦闘不能者3人出してるので、引き上げます。」


「えへへ。私も魔法使いすぎちゃいました。」


『褒めて』オーラを全開で放って微笑む静華さんの頭をつい撫でたくなって手が伸びるが、引っ込めた。




「静華さんもおつかれ。細谷のことも無理聞いてくれて、ありがとな。」


「いえいえー。まだ大丈夫ですよっ!」


にへらーと破顔する姿は、魔法回路オーバーヒートとかMP枯渇とかは問題なく見える。


「彼らだけで帰す訳にも、あの大群を相手する訳にも行かないわ。撤退も仕方ないわね。」


「しゃーない、出直そかー。」


この全員が全快状態なら、陣地作って待ち受けて戦うって手もあるんだが……今は無理だよな。




幸い生存者パーティーのメンバーだけで移動できるまで回復できた。

先頭は喜久彦、その次が女子二人、生存者パーティー一行、殿(しんがり)が俺、と言う隊列で撤退を始めた。

1km足らずの道だったが、戦闘無しで救援隊と合流してなんとか地上に戻った。

俺達が5層入口に置き去りにした荷物は、救援が着てくれたおかげで消失(ロスト)を免れた。




細谷はどうなったか? と言うと救援を呼んだものの、治療を受けた上でそのまま拘束。被害者の蘇生回復を待った上で裁判になるらしい。俺達も簡単な聴取を受けた。巻き込まれた別パーティは負傷の上に武器や荷物消失(ロスト)もしているから最低でもその弁償くらいは、と伊勢崎先生は言っていた。


「ここだけの話だけど、人一人蘇生させるのに費用いくらかかってると思う? ま、機密事項だから具体的な金額もヒントも言えないんだけどねー。それに比べたら救助ボーナスなんて遥かに安いのよ。」


「伊勢崎先生、身も蓋もないにも程がありますよ……。」


「こうはっきり言わないと受け取り拒否する人がいて仕事、増えるんだよね。迷宮(ダンジョン)に出会いを求めたり、ポイントで買えない物も得られるから損にはならないはずよ。だ・か・ら、死なない範囲で積極的に人助けに動いてくれると先生は嬉しいわ。」


「はぁ。」


「ちなみに途中で合流した増援は0層にいた子を緊急救援呼集で出動させて、彼らにも報酬を支払ったわ。だから遠慮なく貰っときなさい。」


そういう訳で俺達には救助の功労者として討伐ポイントの報酬が入り赤字にならずに済んだ。

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