■中学3年 入学試験(3)
施設案内も終わり、体操服から着替えて本日最後の試験――面接になった。
「失礼します。館林 剛志です。」
「どうぞ。」
「掛けたまえ。」
入室して一礼、パイプ椅子に座る。
左側に白衣で童顔な三つ編みの黒縁めがね。確か血液検査したちっちゃい女性職員だ。なぜか机には血液検査の時の注射器とシャーレが並んでいる。
両肘を付いて指を組んでる背広に筋肉を押し込めたオールバックは、中央の机という位置的にお偉いさんだろう。
「太田だ。ここの責任者をやっている。面接室に来た時点で合格はほぼ確定しているから、緊張しなくていい。ところでどうだね、この学校は?」
「学食の飯はウマ…美味しかったです。」
「良い飯は肉体を育て、旨い飯は士気を養うからな。結構気を使っている。」
「それと設備があまりに立派すぎます。本当に無料でいいのですか?」
「ああ、ここへの定住と『校内活動』への対価だと思ってくれればいい。」
「定住するって事は、卒業後に仕事回して貰えるのですよね?」
「主に農業だな。他の仕事や商売を始めるならば、大学に進み資格を取ることを事を勧める。その場合は引き続き『校内活動』を続けてくれれば学費も生活費もこちらで面倒を見る。」
「その『校内活動』って言うのは何をするのでしょうか?」
「機密事項だ。今は答えられない。一人一人に説明するのも面倒だからな、入学式の時に纏めて説明する。」
「警備が厳重なのも、やっぱり『校内活動』ですか?」
「察しが良くて助かる。」
「それは、自分の命に関わる事や人を殺める事ではないんですね?」
「そうだな『校内活動』も含めて落第や出席不足、校則違反などが無ければ無事に3年で卒業できる。『人間』を殺すこともない。」
右手の白手袋を外し、人差し指の欠けた右手を突き出す。
「事前に問い合わせた時にこれでも『校内活動』ができると聞きました。折角なので、それも含めて一筆書いてもらえますか?」
「入学するなら用意しよう。他に質問が無ければ、手続きを進めたい。」
「お願いします。」
これだけ聞ければ十分だ。他にも聞きたいことは山ほどあるが、どうせ答えちゃくれないだろう。
「さて、ここに二通の契約書がある。
一つは入学しないための契約書。今日ここで電車にを降りてから見聞きした事を口外しない守秘義務だけの奴だ。
もう一つは入学するための契約書。守秘義務と入学手続きができる二通の契約書だ。こっちを選ぶならば、さっき希望した念書も後日送ろう。」
「……どっちも選ばないってのは、無しですよね?」
「あっはっはっ、君は実に面白い。悪いが選ばないなら選びたくなるまで拘束させてもらう。独房は確か冷暖房なしのトイレ込みで2畳だったかな?」
太田が保険医らしき女性職員に目をやると無言で頷く。
「それ以外の選択肢もない訳ではないが……君は絶対に逃げられない。追い掛け回すのは労力と税金の無駄だ。それに得難い人材をうしなうのは惜しい。馬鹿な事をしないことを希望する。」
眼光が変わった。
どうやら『入学する』を選んで帰宅して、そのままフケてしまうのも駄目らしい。
あれは『失う』ではなく『喪う』って感じの目だ。
「次の受験者も控えてる、5分で決めたまえ。」
「は、はいっ。」
机に近づき入学用の契約書を手に取る。
まずは解約の条項と守秘義務の確認。3年間の『校内活動』か違約金3億円ってどこの外人部隊だよ。やはり『校内活動』の内容はどこにも記載されていない。
定住のほうはもっと条件が厳しすぎて事実上の解約不能。逃げても連れ戻される。屯田兵を思い出したがこんな山奥にいる敵が想像できなかった。民間軍事会社というのもおかしな話だ。
守秘義務は……オブラートに包んであるが、一生塀の中ってとこだろう。コンクリ入りドラム缶で『* いしのなかにいる *』かも知れない。
じっと右手を見る。
中卒でこの手で働くことができるだろうか? そもそも近い親戚は逃げてしまって保証人のあてもない。
高校無償化と言っても、制服や生活費が無償になるわけではない。政府の障害者支援を受けるにしても、未成年の俺は親戚を保護者に据える必要がある。
いやな予感がするが、ここに入学すれば少なくとも3年間は確実に食っていける。
さらに定住の対価として卒業後に仕事を回して貰える……。
「入学でお願いします。」
「この契約にクーリングオフはない。解約する場合は違約金などが発生するが本当にいいのか?」
「はい、お願いします。」
「よろしい。ではこことここにサインを。」
手渡されたボールペンで二通の契約書に自分の名前を書き込む。
太田はそれを確認すると、女性職員が注射器とシャーレを持って来た。注射器には俺の受験番号が書いてある、おそらく血液検査の残りだろう。注射針のキャップを外すとシャーレに血を注いだ。
「本当は指に針を刺すんだが、最近は色々煩い上に二度手間なんでね。これでサインの上に右親指で血判を押してくれたまえ。」
「こうですか?」
シャーレの血に親指を浸してから契約書に軽く押し付ける。
「そうだ、もう一通も頼む。」
同じように血判を押した。
「うむ。契約完了だな。」
太田は2通の契約書のサインと血判を確認して、満足そうに目を細める。
「さて念書は後日届けさせるとして、ひとつご褒美をあげよう。入学祝いって奴だ。右手をみせたまえ。」
右手? 入学祝い? よくわからない組み合わせだ。
「いえ、まだ血で汚れてますし。」
「構わん。言っておくが、少年性愛ではないからな。」
逃げる間もなく右手を両手で包むように掴まれて、ムニムニと感触を確かめながら観察されている。
『見せたまえ』でなく『診せたまえ』? どう見ても医者には見えない。
「確か負傷したのは一年ほど前の事故だったな。傷の痛みや幻肢痛はあるか?」
「はい。傷自体はさして痛みませんが、幻肢痛は稀に。」
「そうか……悪いが少し痛くするぞ。」
「痛っ! 熱っ!!」
幻肢痛を数倍した痛みが『無いはずの人指し指』から起こる。
思わず手を引き抜こうをするが、ガッチリ押さえられていてびくともしない。
「もうちょっと我慢してくれよ。」
強く黄緑色に光った後、光が薄れるにつれて人指し指の痛みが引き始める。じんわりとした温かさだけ残して光は消えた。
「ふぅ、こんなものか。」
太田はようやく右手を開放し背を向けると、首を回してゴキリと骨を鳴らした。
驚くことに開放された俺の右手には人差し指が戻っていた。
何をされたのかさっぱりわからない。
グー・チョキ・パー・鉄砲・カエル・機動要塞デストロイヤー。
感触もあって自由に動く、確かに俺の指で間違いない。
「治った指について聞かれたら、そうだな……新開発の義指のテストをしているって事にしておいてくれ。」
「あ、あんたは一体……!?」
「ただのここの責任者だ。適正があれば君にもできるようになる。」
振り向かず背を見せたまま答える。
「……。」
「面接は終わりだ。入学式でまた合おう。」
「……ありがとうございました。」
深々と最敬礼をすると手を上げて答えるが、こちらを振り向くことはなかった。
◇◇◇◇◇
生徒の退室を確認して暫くして太田は口を開いた。
「俺の方でも確認したが、念のために伊勢崎も契約書を確認を頼む。」
「はい。」
太田が女性職員に血判サイン済みの契約書を渡す。
「 書式上は問題なしです。呪術的な制約も正常に動作していますね。
これなら機密漏洩や『加護付与』手続きの心配はないでしょう。」
「そうか、入学契約書を事務に回して学生証への加工を進めてくれ。機密保持の方は何時も通りに。」
「了解ですよ。ついでに次の受験生呼んできます。」
「それから申請のあった廃棄物搬入も進めてくれ。」
「はいっ。」
溜まっていた契約書を纏めて、伊勢崎と呼ばれた職員は一礼して退出。事務室に向かった。