■高校1年 7月第2週 初ダンジョン(7)
時刻は5時少し過ぎ、空はもう白んでいる。喜久彦は気を使って延長してくれたようだ。
「おはよう。悪い寝坊した。」
「おはー。なぁに、ちょっと静華ちゃんと話し込んでて起こすの遅くなっただけや。」
「おはようございます。今後の事とか、昨日の事とか色々ですよ。」
「おはよ。まだちょっと眠いわ。」
「それじゃ、あとは任せたで。」
「私ももう限界です……。」
「おつかれー。」
「おやすみ。」
喜久彦と姫宮さんはテントに入り、すぐに寝息が聞こえてきた。
「これだけ明るければ火も使えるな。コーヒーとお茶どっちがいい?」
「ココアにして。剛志も飲む?」
茂子さんは自分の荷物からマグカップとスティック包装のココアを2本出した。
「ごめん。俺は泥のようなコーヒでカフェイン補給したい。」
ココアを一本だけとカップ受け取り、『造水』で水を入れたヤカンをキャンプ用のコンロで沸かし始める。
マグカップふたつを『造水』で軽く洗い、瓶のインスタントコーヒーと茶菓子代わりにエナジーバーの準備をした。
『浄化』で済ませてもいいが気分の問題……そういや茂子さんは『造水』もってないんだったな。
「茂子さん、顔洗うのに水は要るかい?」
「戴くわ、ちょっと待って。」
地面に手を置き目を瞑り集中。魔法反応の淡い光の中に素焼きのような洗面器ができあがる。
「便利だな、土属性魔法だよな?」
差し出した洗面器に『造水』でドボドボと水を入れた。
「ありがと。『浄化』では目が覚めないから水で顔洗いたかったのよ。それとこれは『石礫』の応用。タライを頭の上に落とそうと研究してたらできるようになったわ。」
「何故にタライ……?」
○リフかっ? ドリ○なのかっ!?
「頭上からの不意打ちは回避が難しいのよ。それにタライの方が面白いから。」
話しながらも見張りは継続している。森側を除けば木が点在してるだけの平原で森からも結構離れている。500mを10秒で走るような化物や優ちゃん先生がやって見せた認識阻害でも無ければ見逃すことは無いだろう。
◇◇◇◇◇
「お客さんよ。影は人型7つ、北北西からこっちに向かってきてるわ。」
ゼンマイ式の懐中時計を見ると8時半過ぎ、できればもう1時間くらいは寝かせてやりたい。
「喜久彦起こすから、姫宮さんを頼む。」
「わかったわ。」
「んぅー? あと10分。」
「敵襲だ! 起きろ!!」
喜久彦をテントから引きずり出して『造水』で産んだ水を頭にかける。
姫宮さんは……
「静華、敵襲よ起きて。」
「なぁにー、朝ご飯ー?」
「だめね……『凍結手 威力:最低』」
「@*?#$%&っ!」
テントの中でじたばた暴れてる。魔法で冷たくした手を首元か背中に突っ込んだと思われる。
「あんなー。もうちょいやさしう起こす方法とかないんか?」
「お望みなら、あっちの方法もできるのだが。」
まだ「きゃあきゃあ」言ってる女子テントを指す。
「すまん俺が悪かった。」
テントをかばうように北北西に立って戦闘準備。
「あかん、昨日の鎧と杖だけでなく、弓緑小鬼もおるで。『風防壁!』」
矢をはじく為の防御魔法をかけて回る。
「お二人さん早く出てきてくれ。キク、時間稼ぎに吶喊するから援護と二人を頼む。」
「こっちは任せてや。『風加速!』」
移動速度向上の風魔法もかけてもらった。これで1対7でも引っ掻き回して時間稼ぎできるだろう。
キャンプの周囲は高さ20cmほどの草原で身を隠す場所は無い。
敵の構成は、近接型な剣緑小鬼3、魔法型な杖緑小鬼2、遠距離型の弓緑小鬼2。密集隊形でこちらに駆けて来る。1層ボスと比べると鎧やローブはボロボロ、武器も錆が浮いて欠けている。
ただ接近される前に迎撃しないと、テントが射程に入ってしまう。
「『力強化!』『フォースシールド 位置:左腕』!』」
さらに自己バフをかけ、左腕に生んだ半透明な魔法の盾を構えて突撃する。
その間に、もう一発の魔法の準備をする。最悪不発でも群れの中に飛び込めば同士討ちを気にして動きが鈍るはずだ。
「……『暗黒霧 高さ:40 厚さ:80!』」
昨日の一件でまだ気分は負に振れている。闇魔法は無事に発現した。
緑小鬼に視界をつぶす黒い霧を張った。パラメータ指定であえて膝下は霧に覆っていない。
黒い霧から逃れた緑小鬼3匹が袋叩きを狙って俺に近づく。両側二匹は無視、中央の一匹にスライディングキックを入れて足を刈る。朝露に濡れた草はスライディングの速度を殺さない。滑り込みながら暗黒霧の中へ、棍棒を振ってさらに足だけ見えてる杖・弓緑小鬼各1匹の足を刈った。
暗黒霧の範囲を突き抜けて止まり、振り向いて無事な方の弓緑小鬼に襲い掛かる。緑小鬼の膝上の高さに80cmの厚さにしか暗黒霧を張っていないので、その上下にはみ出す武器は丸見えだ。もう一回突撃行けるっ!
トスッ!
左足に激痛が走る。
足を刈られて倒れた弓緑小鬼は寝転んだ状態で矢を放っていた。放った矢は距離が近すぎて『風防壁』で逸らしきれず、靴とジャージの間、踝の少し下に生えている。
靴下は支給品なものの難燃以外の機能はなく防御力は皆無だ。靴下は血で赤く染まり靴の中にいやな感触が広がる。
「くそがぁっ!!」
完全に油断したっ! 痛みと自分の愚かさに腹が立ち吼える。
「『暗黒霧!』」
追撃阻止にもう一発放つ。もう感情が完全に負の方向に振り切ってるので普通に発動した。今度はパラメータ無しなので足元から高さ5mで黒い霧が覆う。
とにかく移動だ。次はさっきの叫びが聞こえた方向にめくら撃ちしてくるだろう。『フォースシールド』で顔を守りながら棍棒を杖にして移動する。
そこに黒い霧の中から当てずっぽうで打たれた杖緑小鬼の火魔法が軌道を変えず至近を通過した。これはまずい。喜久彦にかけて貰った『風防壁』はもう解けてる。おまけに二発目の『暗黒霧』は緑小鬼の視界を完全にふさいだが、こちらからの視界も奪い挙動や位置が全く見えない。
『暗黒霧』の効果時間は180秒。矢は骨で止まっているものの『応急手当』で治すには、明らかに時間が足りない。矢を抜くのに傷を広げて回復中に『暗黒霧』の効果が切れたら一斉攻撃で確実に詰む。俺の『応急手当』より治す時間の短い体力回復薬はキャンプの荷物の中だ。
さらに悪いことに、剣緑小鬼2匹――最初に逃した奴がこちらを見つけて駆け寄ってくる。
「『フォースシールド 位置:左手 サイズ:大』!」
イメージはライオットシールド。足を止めて戦う以上相応の準備を……。
ズキッ
頭部に鈍痛が走る。これはMP切れ? それとも魔法連発しすぎの魔法回路のオーバーヒートか?
そう言えば昨日は睡眠時間短かく回復も不十分。朝起きてからも『造水』を連発。緑小鬼を見つけてからも各種支援魔法と『暗黒霧』を連発。幸い最後の『フォースシールド』は発現したが、この頭痛は原因がどちらにしてもしばらく魔法が使えないことを意味している。その対策のMP回復薬もキャンプの荷物の中だ。
ヤバい。ヤバい。ヤバい。ヤバい。ヤバい。ヤバい。ヤバい。ヤバい。ヤバい。
姫宮さんが起きて直ぐに増援が来ること考えての1対7への吶喊だったのに、その考えも甘かった。剣緑小鬼2匹との接触まであと3m。いよいよ進退窮まった。




