■高校1年 5月 特別授業とお悩み相談(1)
あれから1ヶ月経った。
俺は訓練を続けている。
迷宮は『迷宮学』で知れば知るほどゲーム的だ。
『異世界転生したい』とか夢見がちな事は思ったことは無いが、VRとかでちょっと戦ってみたいと言うのはあった。
しかも命の心配がないときている。
それに学園で指を治して貰った義理もあれば、生活費以上に稼げると言うのも魅力だ。
魔法を学ぶのも楽しい。
できない事が苦労してできるようになる事に脳の快楽物質が駄々漏れになってる感じだ。
ただ俺は生活魔法以外の属性魔法は正直芳しくない。面接で受けた欠損再生の『中級回復魔法』へ繋がる、その下位互換の『ヒール』習得も見えていないのである。
喜久彦は魔法には俺以上に苦戦しているようだ。
それと工作室に頼んでいだオーダーメイドの棍棒が完成した。
テニスラケットと同じように八角形のグリップにして、グリップテープもテニス用のを巻いてある。グリップテープは通販で買うことを考えていたが、工作室に併設されてる購買に結構な種類が置いてあったのでその中から選んだ。テニス以外では野球用グリップテープから竹刀の柄革の大きい奴まで、日本刀や西洋剣と同じような加工も受け付けていた。
やはり訓練場に置いてある量産型よりも八角形でこの太さの握りが手にしっくり来る。グリップエンドまで再現してあるのですっぽ抜ける心配も無い。30000ほど金はかかったけれど、これで朝走った後に素振りも出来ると思うとつい顔が綻んだ。
◇◇◇◇◇
「なぁなぁ、タケ。休日なのに遊び行かないんか?」
寮は一人一部屋だが、喜久彦が暇つぶしに転がり込んでいた。
「んー。無駄遣いしたくないし、午後から優ちゃん先生の『特別授業』もあるんだよ。」
PCに向かい背を向けたまま答える。
生活費として週25000円が支給されていて4週で100000円。
月96000円の工科学校と比べると貰えている様に見えるが、こっちは食費諸経費込みである。
「なんや、優ちゃん先生みたいのが好みなんかいな。」
「見た目は良いけど、あの性格はキツいかな。一緒に居たら休まらないし体も持たない。
それより『中級回復魔法』覚えて、万一の時に自分で再生できるようになりたいんだよ。」
あれで黒い笑顔にならなければ……とは思うけれど、年の差もあるし先生だし相手にされないだろう。
「地上に戻れば再生できると分かってても、もう一度無くすんは一時でも避けたいからなー。
ところで、さっきからなにやっとるん? エロ動画か?」
「ただのネトゲだよ。」
入院の暇つぶしから続けている、クリック型のMMORPGだ。
「休みの日まで迷宮攻略しなくてもええやん。FPSとかはやらんの?」
「どうも対戦型ってのは性にあわなくてね。アーケードで格ゲーくらいはやるけれど、ネット対戦は闇が深すぎて好きじゃないんだ。」
「ネトゲでの嫉妬や憎悪は『仄暗い水の底』なんてレベルでないからなぁー。わからなくもないで。」
「もし無課金でできて面白そうなのあったら教えてくれ。」
「あいあい。しゃーない、今日は洗濯でもして、ゲーセンと漫喫でも冷やかしてこよか。」
◇◇◇◇◇
時計が十二時を回り、キリがいいところでログアウト。
『特別授業』の用意を持って学食に向かう。
食券をチキン南蛮なA定食に引き換えた所で声をかけられた。
「おーいタケー。こっちやこっちー。」
喜久彦だ。他人のフリをして立ち去ろうかと思ったが、近くに空席は無く諦めた。
「なぁー、付き合い悪い奴じゃないやろ。」
同席の女子2人はクラスメイトだった気がするけれど、名前が思い出せない。
「相席いいか? えーと、同じクラスの……?」
「空いてるからどうぞ。寺前 茂子よ。茂子でいいわ。」
長い黒髪を先っちょだけリボンで止めた、ジト目少女だ。
ひょっとして優ちゃん先生より小さい?
佐野先生に質問していた子だった……はず。
「姫宮 静華です。確か入学式で質問した人ですよね?」
肩までの髪の垂れ目気味で優しそうな少女だ。
茂子さんに比べると身長も胸も大きい。
「ああ、館林 剛志だ。呼び方は姫宮さんでいいか?」
「はい。館林君、ちゃんと話すの初めてだね。よろしく。」
「よろしく。茂子さんもよろしく。」
茂子さんは黙って頷いて答える。席についてA定食の乗ったトレイを置いた。
「なぁタケさんや。『色々あった』のは分かるけれど、ここはみんな『訳あり』みたいやからそんなに気負わなくてええんやで。」
「じゃあ、君達も面接で俺の手や喜久彦の目のように治療を!?」
「……。」
「ええ、治してくれたのは伊勢崎先生だけれど。」
姫宮さんは頬を染めて沈黙し、茂子さんが答えた。
「太田校長がやったみたいに患部を触診したらセクハラ案件やな。」
「ごめん、具体的な所まで詮索するつもりはないよ。」
「ありがと。」
「助かるわ。」
「そんな感じでぼちぼちやってこう。やないと女子との接し方忘れて思い出せなくなるで。」
「違いない。」
「なぁに。いずれ迷宮入るんならパーティ組む事になる。
人数多いほうが野営は楽になるし、どうせ組むならかわええ女の子の方がええやろ。」
「……あの、そ、そういう事は当人の目の前で言わないほうが。いいい良いと思うのです。」
姫宮さんは顔真っ赤で完全にオーバーヒートしてる。
「喜久彦はノーマルかぁ、残念。」
茂子さんは、お冷を一飲みして溜息とともに腐女子であることをさらっとカミングアウトした。
「いやいや、俺もノーマルで普通に女の子好きだから。」
「ひどいわ、二次試験のバスでは男同士であんなに盛り上がったのに。」
喜久彦はおどけて、科を作ってハンカチを噛む。
頼むから止めてくれ。
「お前が戦車見てはしゃいでただけだろが。」
「そうだっけ?」
茶化すだけ茶化して、引き際も絶妙。だからコイツは憎めない。
「くすくす。」
「……おかげでいいネタができたわ。」
「生物駄目ゼッタイ。
他人の見る分には笑えるけど題材になるのはあかん。」
「二次試験の送迎バスで隣の席になった。それで懐かれた。ただの腐れ縁だからな。」
味噌汁を含んで一息つく。
「あーもうこんな時間か。
ごめん。優ちゃん先生の授業あるから。急いで食わないと。」
「館林君は『特別授業』出てるの?」
姫宮さんの質問に、俺は掻きこんだご飯を咀嚼しながらうなずいて答える。
「効果は出てる?」
目を閉じて首を振って答えた。
「そうなんだ……。」
飲み込んで口内を空にして答える。
「迷宮入る前には『ヒール』使えるようになりたいけれど、なかなか上手く行かないんだ。
抜けた奴も、諦めた奴と『ヒール』覚えて卒業できた奴が半々くらいってとこだ。」
チキン南蛮を端っこの一切れにタルタルを付けて一口で頬張る。
「静華はもう『ヒール』使えるわ。
適正があるなら私も『特別授業』受けたかったのだけど、光属性の適正が0ではね……。」
回復魔法は光属性の領域だ。
0と言うことはどう頑張っても駄目なことを意味していた。茂子さんは残念そうに視線を落とした。
「で、でも茂子ちゃんは攻撃魔法が凄いんですよ。火属性の爆発系をもう覚えて、ばばーんって。」
姫宮さんが両手を広げるゼスチャーを交えてフォローに入った。
この2人は結構いいコンビなのかもしれない。
「そいつは凄いな。俺はまだ生活魔法と水属性・力属性がちょっとできるだけだよ。」
俺の適正で一番高いのは力、その次が光と闇、さらに次が水だ。
なのに何故力と水が発動して光と闇が発動しないのだろう?
「ワイは魔法は生活魔法以外、空っけつや。
やからパーティ組むなら、二人みたいな魔法寄りの子がええと思てる。」
「俺達は武器振り回すしか能がないけれど、その時は組んでくれるとありがたいな。」
社交辞令でなくホントにそう思う。そもそも二人が受け入れてくれるんだろか?
「「……。」」
2人とも頬を赤らめて黙った。
「時間ないので話を戻すけれど、優ちゃん先生は単純骨折で綺麗に折ってくれるから痛みは少ない。でも、ちょっとドSでスパルタンなのでお勧めはしないよ。」
このクラスでの最初の犠牲者、喜久彦も賛同してうなずいてる。
『特別授業』中は『全休符』で沈黙状態にしない。魔法授業の初日と違って結構な阿鼻叫喚である。
俺もできれば、女の子の悲鳴は聞きたくない。
「……で、誰がドSでスパルタンなのかな?」
背後から殺気が膨れ上がる。
「や、やだなー。『優ちゃん先生は、なるべく痛くないように治しやすいように折ってくれる。』って褒めたじゃないですかー。」
全身に脂汗が浮かぶ。振り向いたらやられる。般若めいた笑みを湛えてるに違いない。
「館林くぅん? 授業前に少しOHANASHIしましょうかー。杉戸君、まだ半分ほど残ってるけど片付けお願いね。」
「は、はい。」
姫宮さんは両手を合わせて「ごめんね」と声に出さずに謝ってる。
喜久彦と茂子さんは敬礼で見送ってくれてる。
さようなら俺の昼飯、さようなら穏やかな休日。
そこには衆人監視の中、180cm男が150cmちみっこ女教師に引きずられ連行されるという奇妙な光景があった。
◇◇◇◇◇
「館林君って真面目で無骨なイメージだったのですけど、ああいう冗談も言えるんですね。」
「いやいや、あれは素やで。本気で組みたいと思てる。
ただまぁ、多分組んだ先のことまでのことは考えてないけどな。」
「それはそれで性質が悪いわ……。」




