秋静葉+紅美鈴
やっと投稿できた……どうも、毎度お馴染み長良です。
今回は、静葉姉さんと美鈴というある意味異色のコラボですね。この二人のちょっとずれた感じとか、もう大好きです。
……あ、そういえば秋と紅ってちょっと似てますね(どこがだよ)。
ではでは、この二人(だけとは限らない)の心暖まる会話を、ゆっくり楽しんでいってね!
『秋の夜空と乙女の心、夜長の空の星は明し』
「穣子、穣子ー?」
紅葉舞い散る、碧い空。木の実が実る、秋の山。
私達姉妹により更に活気を増した山で、私はいる筈の妹を探し歩いていた。そろそろ、人里で神事が始まる頃である。
「穣子、早くしないと巫女が来ちゃうわよー?」
私の妹・穣子は、秋の空も深まる頃、毎年一度だけ人里へ降りてゆく。豊穣の神たる穣子に捧げる演舞が、博麗の巫女により執り行われるため、それを『神として』受け取りに行くのだ。
人間がそれを怠るのは勿論禁忌だが、神が目に見える存在である幻想郷においては、見る側がそれを受け取りに行かないのもまた問題となる。神と人間におけるある種の対等さ、ただでさえ危ういバランスを崩す様な事は、可能な限り避けるべきなのだから。
「穣子ー、早く出てこないとお姉ちゃん怒るわよ、って……あら、いた」
約半刻ほど探し回った末、私は大きな木の根に隠れてうずくまっている穣子を、ようやく見つけることが出来た。
声をかけた瞬間、細い肩がびくっと跳ねる。ここ以外にも様々な場所にいたのだろう、よく見れば服が土で汚れていた。
「どうしたの、そんな所で?服が汚れてるじゃない」
「……………」
頰を膨らませ、そっぽを向く我が妹。何やらむくれている様だが、心当たりなど全く無いのもまた事実。
どれにしろ、話してくれない事には始まらないのだ。
「どうしたって言うの……何かあったのなら、私でよければ相談に乗るわよ?」
仮に何か私が悪かったなら、本心に関わらず全力で謝って解決するだけだ。目の前で凹んでいる穣子には申し訳無いが、今はこの子の機嫌を直すことが最優先なのだから。
「……あの巫女!」
「へ?」
「あの巫女、私の事を普通に吹き飛ばして通っていったわ!しかも毎年舞ってるくせして、私の顔を覚えてもいなかった…何でそんな奴の舞を見に行かなきゃいけないの!?」
「穣子……」
『あの巫女』とは、恐らく博麗の巫女の事だろう。普通に吹き飛ばしていったというのも、最近起きた異変の際の出来事と照らし合わせれば納得できる。
あの時、私も巫女の前に立った(そして歯牙にも掛けられなかった)が…やはり、穣子も同じ事をしていたのだろう。そして見事返り討ちに遭って、退散したと。
「………」
この場合更に厄介なのは、穣子の頭に来ているポイントが『巫女が穣子の顔を覚えていなかった』のだということである。正直、これはフォローのしようが無い。
私はあまり表舞台に顔を出すことは無いし、正体に気付かれなかったどころか会話すら無かったのも、さして疑問に思ってはいなかったが…なるほど穣子にとっては、それなりに気になるポイントだったらしい。
(どうしたものかしら…このままじゃ、またあのスキマ妖怪に睨まれてしまうわ)
前回の異変の時にも、問題が収束した後に少々小言を喰らってしまった。どうやら巫女が山の上の神を懲らしめるというところまで、本人達の知り得ぬ所でシナリオが出来上がっていたらしい。
正直、アレはもう二度と御免である…穣子には何とかして行ってもらわないと、困るのはこちらでもあるのだ。
何か助けになる事は無いかと、私は頭の中を探った。ーーーと、その時。
「……あー、いたいた。さっさと来なさいよ穣子。私の演舞、見損ねても良いっての?」
秋風に靡く漆黒の髪と、それに対比する様な白磁の肌。
陽の光を反射して光る、黒曜石の瞳。
そして何より彼女を彼女たらしめる、特徴的な紅白の装束。
誰が見ても間違える事の無い、当代博麗の巫女…博麗霊夢が、そこにいた。
そう、よりにもよって、ここで元凶の登場である。
「あ、あなた……」
穣子の顔は、最早怒りやら何やらを通り越して真っ赤な色に染まっていた。
のこのこと自分の前に出てきた彼女に対する怒り、子供の様に拗ねている場面を見られた羞恥…様々な感情が、今頃穣子の中で渦巻いているに違いない。
「もう一度言うけど、さっさと来なさいよ。このままじゃ色々不都合があるのは、他ならぬあんたが一番知ってるでしょ?」
「うぅ……でも…」
唇を尖らせ、そっぽを向く穣子。
恐らくこの子もわかっているのだ、巫女の言っている事の方が正しいのだという事実を。
「全くもう。よくわからないけど、こいつは何でこんなにおかんむりな訳?」
巫女はやれやれとばかりに肩をすくめ、こちらを見た。……いや、こっちを見られても。
「知っているけれど、貴女にだけは教えられないわ。きっちり自分で考えて、そしてさっさとこの子を連れてって頂戴」
「お姉ちゃん!?」
私の台詞の前半部分では弛みきった顔をしていた穣子が、後半を聴き終えた直後に悲鳴を上げた。この裏切り者!とでも言いたそうな顔でこちらを睨んでくる。
「あなたがごねてばかりいるのが悪いのよ。……さぁ巫女。この子の機嫌は私が後で直すから、とりあえず今日はお願いするわ」
「え、ええ…?それで大丈夫なの、そっちは」
二転三転する状況に、目を白黒させながら答える巫女。
「こちらは問題無いわよ…むしろ演舞がパーになった後の、スキマ妖怪のお小言の方が面倒だから」
「あー……わかったわ。ほら行くわよ穣子」
「あーーーれーーーー……」
首根っこを掴まれ引きずられていく妹を見て、何故か私の脳内では、子牛が売られていく時のあの曲が流れていた。
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(さて……どれにしろ、私は暇なのよね)
穣子がドナドナされていった後、私は山で一番大きな松の木の枝に登り、麓にある人間の里を眺めていた。
恐らく今頃、あの巫女が穣子に捧げる舞を踊っているのだろう。頰をリスの様に膨らませながらも、それとなく見入ってしまっているあの子の姿が瞼の裏に浮かび、不覚にもすこし笑ってしまった。
そもそも、穣子は気付いているのだろうか。博麗の巫女が、先程から自分の事を『穣子』と呼び続けていた、その理由に。
穣子自身が動揺していなかった事から、恐らく先の異変の際に改めて自己紹介なり何なりしていたのだろう。だから今回「は」ちゃんと名前を呼んで貰えたのだ…とでも考えているのではないだろうか、あの子の事だから。
だが、考えてもみろ、と言いたい。
仮にあの巫女があなたの事を覚えていたとして、彼女の行動は果たして変わったかしらーーーと。
先程の巫女と言葉を交わして、私は確信していた。彼奴は、ちゃんと最初から穣子の顔と名前を覚えていたのだ。だからこそ、目の前で業を煮やしている神の、怒りの理由がわからなかった(仮にそうでなくともわかっていたかは怪しいが)。
「全く……厄介なものね」
「何がですか?」
「私の妹のことよ。何かよくわからないすれ違いが……ってうわ!?」
突然横から聞こえてきた声に、慌ててそちらを向くと。
……そこには、赤い髪を風に靡かせ佇む、一人の美少女がいた。
「……だ、誰?」
身体に纏う雰囲気からして、悪人でないのはわかる。ここまで気配を感じさせなかったことから、只者ではない事も勿論。
でも、だからこそ、何故こんな所にいるのか…そこが不可解であり、少し不気味だった。
「こんな所に、何故?」
ここは私しか知らない、というか私レベルで暇でないと来る気すら起きないような場所である。仮に私に用があるのだとしても、ここを見つけるのは容易ではない筈。
「あー、いや、その……」
私が尋ねても、少女はばつが悪そうに頭を掻くばかりで、一向に答えようとしない。……私の中で、この娘に対する警戒ランクが少し上がった。
「私に何か用でもあるの?それなら話くらいは聞くけれど…そうじゃないなら、さっさと帰って頂戴な。一介の妖怪では、ここは危険よ」
最後通牒。これでも誤魔化そうとする様なら、それこそ実力行使を以てでも帰ってもらおう。そう思って呼び掛けると、その少女はようやく口を開いた。
「いえ、その、ですね……豊穣の神様がどこにいらっしゃるか、ご存知でしょうか?どうしても見つからず途方に暮れていたら、木の上に貴女を見つけたので」
「…………へ?」
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「成る程……ちょうど今さっき、人里へですか」
「ええ、そうなのよ。急ぎの要件でなければ、何なら私が言伝を承りましょうか?」
彼女の名前は、紅美鈴と云うらしかった。麓に出来た屋敷に勤める、しがない門番…とのことだが、正直なところ疑問まみれである。
これだけの力を持つ妖怪に、事もあろうか門番をさせているという、吸血鬼のお嬢様。果たして、本人の能力は如何程なのか。
「じゃあお願いします。……っと、そういえばお名前を伺っていませんでしたね。よろしければ、教えて頂いても良いですか?」
「あ、そうだったわね。
私の名前は秋静葉。この幻想郷における、紅葉を司る神などをしている者よ」
「…………ふぇっ?」
目を丸くして固まる紅さん。
「か、神様でございますか?」
「ええ。……別に、そこまで珍しいものでもないでしょうに」
「いやいや、珍しいですよ!そもそもこの山に神様がいっぱいい過ぎるだけなんです!」
「あら、そうなの?」
「そうですよぉ…」
思わず、口の端で笑みを浮かべる。我ながら久しぶりの、気の抜ける様な会話だった。
麓の者達と話をすると、このように文化の違いを知らしめられる時がままある。それもまた、一種の閉鎖空間である妖怪の山に住む上での魅力なのだ、と私は考えているが…どうにも穣子からは不評で、「お姉ちゃんはお婆さん思考だから」と事あるごとに罵られる日々である。
やはりこれはアレか、巷で噂の反抗期というやつなのだろうか。
「……とにかく、そういうことだから。気兼ねなく言って頂戴?」
「は、はい…それじゃあ、遠慮なく」
そして、美鈴(本人はそう呼んで欲しいらしい)はつっかえつっかえになりながらも、丁寧に説明してくれた。
彼女の勤めるお屋敷のお嬢様が、いつもの気まぐれで、屋敷総出でぶどう狩りを行うと言ったこと。
それに関して山の神様に挨拶すべく、お屋敷で唯一暇だった美鈴に白羽の矢が立ったこと。
初めの内は断ったが、メイド長(なんと人間だというのだから驚きである)の笑顔という名の脅しに負けて、泣く泣く屋敷を出てきたこと。
……最後の方は最早愚痴になっていたが、そこには触れてやるまい。彼女も色々と苦労しているのだろう。
「……ふーん、良いと思うわよ?そんな信仰が集まりそうなイベントに、あの子がペケ出す訳が無いし。それに関してはもう、神様の承諾付きと思ってくれて構わないわ」
「………良いんですか?そんなに簡単で」
「外国に行ったらこうはいかないけれど、ね。日本の神様なんて、案外ざっくりしてるものなのよ」
「はぁ……」
それでいいのかなぁ、と頭を捻っている美鈴を見ていて…ふと、いい考えが閃いた。
「そうそう、これは私からのお節介になるのだけどーーー」
「はい?」
「御当主様は吸血鬼なのでしょう?それなら、月がよく見える場所を知っているわ。葡萄酒でも飲んで紅葉を眺めるには絶好のスポットを……どう?」
ピクリ、と美鈴の眉が動いた。
「どうかしら。じきに日も暮れるし、ついでにちょっと、今から眺めて行かない?」
私の言葉に、腕を組み、むむむと唸る美鈴。さくやさんがー、とかあんまり遅れるとー、とかぼそぼそと呟いていたが、少し考えた後に結局「わかりました」と首肯してくれた。
「あまり遅くならずに済むなら、教えて頂けますか?お嬢様達もお喜びになるでしょう」
「はいはい、お安い御用よ」
ここより少し遠い場所にあるのだが、まあ問題は無いだろう。見たところ彼女もかなり力のある妖怪の様だし、私は言わずもがなである。
特筆すべき能力こそ無いものの、神の名は伊達ではないのだ。
「……それじゃ、向かいましょう。中腹辺りの川辺に、綺麗に開けた場所があるの」
逢魔が時を少し回った、夕焼けに染まる妖怪の山。
この美しい光景が宵闇に閉ざされた時…私は、美鈴を誘った事を心の底から後悔するのだった。
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「きゃぁああぁぁあ!?」『ドゴォン!』
「……………」
幻想郷全域に響く様な悲鳴をあげて、飛び出してくる妖怪を美鈴が一撃でノックアウトする。木の幹に叩きつけられた火の玉が力無く地面に落ち、そしてピクリとも動かなくなった。
(ごめんなさい、十九匹目の妖怪さん……)
自分が迂闊に連れ出したばかりにこんな惨事が…と、少し後悔の念が浮かんだ。
「そもそも、妖怪の癖にお化けが駄目ってどうなのよ……」
しかも当の本人は私の腕にかじりついて震えっぱなしなのだから、もう全くもって救えない。
「し、仕方ないじゃないですか!殴れないんですから!」
「いや思いっきり殴ってたわよね!ほらあそこで微動だにしてないあの子、アレ貴女の拳にやられたのよッ!?」
守矢神社の二柱の様に信仰を集めている訳では無いにしろ、やはり私も神の一角。山の妖怪達は皆、我が子の様に愛おしいものである。
美鈴の暴挙をこのまま放っておくのは、流石に無理というものだった。
「何かこう、殴れなさそうじゃないですか!実体無いっぽいし!」
「いやまあ、それもそうだけれど…っていうか、アレは本当に実体の無い妖怪だった筈よ?寧ろ殴れる貴女の方が怖いと言うか」
「えっ、無かったんですか!?…ってまた出たぁーーッ!」『ドゴォン!』
「………もう良いわ、好きになさい……」
半べそになりながら、吹き飛ばした妖怪に追撃を掛けようとする美鈴を宥めつつ、私は周囲の妖怪に警告を送る為の神気を飛ばした。
『危険な妖怪が暴れている為、近寄る者の身の安全は保障しない』と。
(……急がないと、天狗達が五月蝿くなりそうね)
平和な夜空に相応しくない、きな臭い考えが浮かんでしまうのは……そうだ、さっきから暴れている美鈴が悪い。そうに違いない。
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そんな破壊と恐怖を撒き散らしながらの行軍は、思いの外早くに収束を見せた。前回ここに来た時は天狗達の挨拶等をかわしながらのものだった為、今回よりも余計に時間がかかってしまっていたのだろう。
「……ここよ。テーブルなり何なりを持参すれば、宴会の一つも開けそうな場所だけれど」
私達は、川辺のとある場所で立ち止まった。
生い茂る木々の隙間から漏れる月光が、さらさらと揺れる葉により途切れ途切れに振り注いでいる。暗闇に響く、川のせせらぎと葉の擦れる音が、人工物では決して表現し得ない穏やかな旋律を奏でていた。
此処は、河童達のテリトリー。天狗の管理も緩くなっている上に少し開けた場所のため、今日は十三夜月がよく見える、景観も最高の場所である。
「おおぉ…これは予想以上でした!久々に、美味しいお酒が飲めそうですね…」
うへへと笑いながら大きな石の上に腰を下ろし、空気で出来た徳利を振る美鈴。……外見はまだ十代の少女のため、些か不釣り合いに見えてしまう。
「こらこら、女の子がそんなことするもんじゃ無いわよ。」
私は自分でもわかるくらいに、これでもかとばかりのジト目で彼女を睨んだ。
……それにしても。
「美鈴って……」
と、そんな歳じゃありませんよぅ、とそっぽを向いて照れていた美鈴が、私の声に反応してこちらを向いた。
「はい、どうかしましたか?」
「いや…何というか…」
そう、これは美鈴の挙動を見ていて思った事なのだが。
「貫禄、あるわよね」
「………はい?」
きょとん、と目を丸くする美鈴。
しかしその間も、この少女はここ一帯を飛び交う天狗達の気配を探っている。
……そう。これだ、私が言っているのは。
弛みきり安穏としている様でいて、常にどこか研ぎ澄まされた気配。鞘に収められた妖刀の様な鈍い存在感を、この少女の姿をした妖怪は放っているのだ。
「何というか、こう…歴戦のなんとやら?みたいな、ある種完成された落ち着きを感じるのよ。貴女、かなり年経た妖怪でしょう?」
「……はい」
「だからこそ私は、貴女程の人材を門番なんて下っ端にしている、その『お嬢様』とやらの存在が気になるわね。余程の大物か、それとも貴女の前で言う事じゃないけど、相手の力量を測る能力も無いのか。」
門番という職業は…言ってしまえば下っ端な上に、使い捨ての効く存在だ。外敵に対する迎撃は勿論任務に組み込まれているものの、最悪の場合、情報だけを屋敷内の人間に渡して神風特攻を敵に喰らわせる事になる。
確かに美鈴の気配察知は、敵から屋敷を守る上では使えるかもしれない。だが、ここまでの力を持つ妖怪を使い捨ての駒にするなど…正気の沙汰とは思えなかった。
「…………………」
一度何かを言おうと口を開いた後、黙りこくって、地面を見つめる美鈴。
……しまった、こんな重い空気にするつもりでは無かったのに。
「えっと、気分を害したのなら謝るわ。貴女を不快にさせるつもりなかったの…ただ、少し気になって」
咄嗟に口をついて出てきたのは、自分でもみっともなく思える様な、情けない弁解だった。
だが、それが逆に功を奏したのかもしれない。目の前の少女は少しぎこちないながらも笑顔を浮かべ、いいんです、と私に笑いかけた。
「自分でも何と言ったらいいのか、ちょっとよくわからなくなってしまいまして。
……ねえ、静葉さま」
と、美鈴は。
これまでのやり取りの中で初めて、私のファースト・ネームを口にした。
「何?美鈴」
対する私は、今まで通りの呼称を用いて、彼女の存在を肯定する。
そして美鈴は、重々しく口を開いた。
「一年ほど前、幻想郷上空を紅の雲が覆う異変がありましたよね。……あれ、うちのお嬢様の仕業なんですよ」
「な、ッ!?」
耳を疑う。
その異変だけなら、私にも覚えがあった。日光が十分に供給されなかった所為で、山全体の葉が黄色く染まってしまった、妖怪の山に住む者からすればまさに忌むべき異変である。
私は今まで、あれは幾匹もの妖怪が連携して行ったものだと思っていた。雲の中より伝わる魔力の流れが、あまりに大きなものだったから。
しかし美鈴の言によれば、あれを起こしたのはたった一人の吸血鬼なのだという。……にわかには信じ難い話である。
「……お嬢様、吸血鬼なのだったかしら?」
「ええ、そうです。スカーレット家現当主、レミリアお嬢様です」
信じられない、という私の顔を見て、少し小気味良さそうに胸を反らす美鈴。
自分がやった訳でもあるまいに、とも思ったが、それは口に出す前に自分自身で否定した。
忠誠心とは何なのか。それがわからない程、若いつもりも無い。
「……で、それがどうか?」
だが、彼女の話が全く脈絡の無いものであったのも、また事実である。優れた主に仕えているというのは確かに従者の誇りだが、それはどう足掻いても、直接自分の評価に結びつくものでは無いのだから。
そういう意味を込めて私が言うと、美鈴は私の方をしかと見据えて、にこりと笑い、言った。
曇りのない瞳で、真っ直ぐにこちらを見つめながら。
「そのお嬢様が、私の采配を間違えるなど…天地がひっくり返ってもあり得ません」
……その一言が、全てだった。
「………あっ、そう」
言霊に込められた『お嬢様』への信頼、崇敬…その全てを感じた私は、ただ相槌を返すことしかできなかった。彼女の内に秘められたモノが、あまりにも重く、堅いものだったから。
嗚呼、そうだ。紅美鈴は、確かに誰よりも門番に向いているよ……私はそう叫んで、その『お嬢様』とやらの頬を一発、思い切り張ってやりたかった。
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「ねえ、静葉さま」
あれから、急に黙り込んでしまった私を見て慌てた美鈴が、足を滑らせて川に落ちてしまい、それを見た私がお腹が痛くなる程大爆笑して……と、少しの賑やかなやり取りを挟んだ後は、とりとめもない身内の話をして時間を潰していた。
あまり遅くならない様にと言っていた美鈴も、気付けば時間を忘れた様に、話にのめり込んでいた。聞いた限り、普段はあまり屋敷の者とコミュニケーションを取る事は無かったそうなので、この娘にもこの位の休息は取らせるべきだろう…そう思い、あえて進言はしなかったが。
そしてその後、いつしか話は止まり、私達は自然の奏でる静謐と互いの存在だけに耳を澄ませていた。
そんな緩やかに過ぎて行く時間に美鈴が一つの小石を投げてきたのは、ある意味必然ともいえる出来事だったのだろう。
「なあに、美鈴?」
私も当然、それに応える。
そんな私の顔を見て、美鈴はどこか満ち足りた様な表情を浮かべて、にこりと微笑んだ。
「私、そろそろ戻ろうかと思います。ご丁寧に、ありがとうございました」
「………あら、そう?じゃあせめて、麓まで送っていきましょう」
よっこらせ、と年寄り臭い声をあげて、石から立ち上がる。……少し、お尻を冷やしてしまったか。
体温というものを必要としていない私達ではあるが、どうしても『冷えた』という感覚は残る。問題無いからといって放っておくのもあまりいい気分では無いし、何より私は山の生き物達を見守る者。神として、そういった感覚は、大事にしていきたいと思うのだ。
「お尻、冷えちゃいましたね。…随分長い間、座ってましたし」
どうやら、美鈴も同じことを考えていた様だ。そしてそう感じたということは、恐らく彼女もそうありたいと願っているのだろう。
私達の身体は、その心の在り方で、如何様にも変われるのだから。
「さて、それじゃあ向かうわよ……あぁ、そうだ」
思い出したことがあって、私はその場に立ち止まる。
「静葉さま、どうしたんです?」
「……今度こそは、無差別に幽霊を攻撃したりしないように」
「あ、あはは……」
それはできない相談です、とばかりに目を逸らされ、私はただため息を吐くのだった。
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「…………で、何でこうなったの?」
あれから二日経った、十五夜の夜。比較的麓に近い、ぶどうの木が群生している場所で、私は美鈴が持ってきたお酒に舌鼓を打っていた。
そう。予想通り、紅魔館のメンバーは今日、ぶどう狩りにやって来た………余計な面子を、何人か連れて。
「何ってそりゃあ、人数が多いに越した事は無いじゃないの。ほら穣子、あーん」
「んぐんぐ…お姉ちゃんはこういうの苦手だからね。もっと私みたいに社交的にならないと駄目よ?……あ、こら霊夢!房ごと食べないの!味わわなきゃ勿体無いでしょう!?」
こらこら妹よ、私だって別にコミュニケーションが苦手という訳じゃ無い……いや、やはり苦手なのだろうか。
先程例の『お嬢様』が挨拶に来た際も、しどろもどろになってしまったし…これは少し、山にこもりきりの生活を改めなければならないかもしれない。
「ほらパチェ、この際だから思いっきり飲みなさい。帰りは咲夜がおぶってくれるから」
「……はい、承りました〜…」
「なッ、私が下戸なのは知ってるでしょう!?」
「お、なんだ、珍しく呑むのかパチュリー?それならほれ、マイタケ食べると悪酔いしないぜ」
「そういう問題じゃないのよ…あの飲んだ瞬間の、ぐらって来る感覚が苦手なの!」
「知ったことか!ほれイッキ!イッキ!」
「……………」
しかも、一部はもう完全に宴会テンションが入ってきている。今日はもう、このままここで騒いでお開きだろう。
まあ、この勢いであの場所になだれ込まれても、河童達はいい迷惑だろうし…これでいいのだ。
ふと、向こうの木に寄りかかってちびちびと酒を飲んでいる美鈴に目がいった。同時に、向こうも視線に気付いたのか、ちらりとこちらを伺ってくる。
先程私が考えていたのと、同じ事を思ったのだろう。美鈴は騒いでいる『お嬢様』達をちらと見て、苦笑を漏らした。その顔を見て、思わず私の頰も少し持ち上がる。
あの場所で美鈴と過ごした、密度の高い時間。実際振り返ってみると、あれは何ら意味の無い、薄っぺらな会話をしていただけの様な気もする。
……だけど、私は楽しかった。
もう一度、美鈴と一緒にあそこで話したい。今度は酒を沢山持ち寄って、素面ではできない様な勢いで語り合いたい。
互いに長い生を満喫する、友人として。
今回の短編に関しては、実は結構考えてタイトルを作ってあったりします(そこかよ)。考えれば考えるほど、水の染み込んだスポンジを握るみたいにじわじわと考察が出てくる…みたいな?そんな感じを目指しました。
その辺の感想も、宜しければ感想の欄で聞かせて頂けると喜びます。そりゃあもう。