第5話*名前で呼んでほしいなんて
ある日、美穂は先生に呼ばれた。
「あー、えっと、ちょっと。」
「はい」
1ヶ月は経ったものの、担任でもなければ副担任でもない先生は、もちろん他のクラスの生徒の名前なんて覚えていない。しかも修平先生は、隣のクラスの副担任なのだ。
「えっと、中村。8組だよな?」
その日は偶然学校ジャージを着ていたため、左胸に名前が付いていた。
それを見たのであろう、修平先生は、“中村”と言った。
「はい、そうです。」
美穂は答えた。“名前で呼んでほしい”なんて思った自分に、『馬鹿じゃないの』と言い聞かせながら。
「次8組、日本史だろ?新しいテキスト──っていうか、ワーク届いたんだよ。これから持って行くの大変だから、手伝ってくれないか?」
「は、はい、わかりました。」
美穂はそんなこと言われると思っていなかったため、驚いた。
「そうか、ありがとう。これからちょっと進路室寄ってくるから、先に職員室の前に行っててくれ。すぐ行くから。」
「はい。」
表に出さないように、冷静を装って。
そう考えても、ちっとも頭は言うことをきかない。
“なんで、私だったの?”
“たくさん生徒はいるのに”
そう思って、ドキドキして。先生の顔を思い浮かべて。
職員室の前に来たが、これから先生が来ると思うと、どんな顔すれば良いのかわからなくなって。
色々考えていたら、すぐに先生がやってきた。準備すら出来てなかったのに。
「ごめんな、中村。待った?」
初めて先生が、ネームを見ないで自分の名前を呼んでくれた瞬間だった。
「いえ、全然待ってないです。今来たばっかりですから。」
「そっか、それなら良かった。」
先生は笑顔を浮かべて、「じゃ、ちょっとこっちまで入ってきて」と美穂を招いた。
その笑顔は反則でしょ。
そう美穂は思い、先生の後について行った。