第9話:声なき勇者の筆談無双! ~タコの吸盤は喉の特効薬(?)~
平原に、二万の増援の足音が地鳴りのように響く。
先ほどの一万を「組体操」で失った魔王軍は、さらなる狂気を投入してきた。
現れた二万の魔物たち。彼らは全員、**「巨大な一輪車」に乗り、片手には「皿回し用の棒と皿」**を携えていた。
「キキッ……。……第三形態、『サーカス団の強襲』……開始……」
二万台の一輪車が、無言で、だが一糸乱れぬバランス感覚でアキラ一行を包囲する。
本来なら、アキラの「ふざけんなぁぁぁ!!!」という怒号が空を裂き、彼らを消し飛ばしているはずだった。
だが。
「…………(ガハッ……!)」
アキラは、地面に手をつき、荒い息を吐いていた。
口の端から垂れる鮮血。喉の奥は、まるで溶岩を流し込まれたように熱く、一言発しようとするだけで意識が飛びそうな激痛が走る。
「アキラ様、もう喋っちゃダメ! 声帯が、あなたの『正論の熱量』に耐えきれなくなってるのよ!」
エルナが涙ながらにアキラを抱きかかえる。
その隣で、ルビィが折れた剣を支えに立ち上がった。
「アキラ殿……。貴殿がツッコめない今、我々が……ボケの防波堤になるしかない。
見てくれ、あの二万の一輪車軍団。……ふ、ふふ。あいつらに無言で衝突されたら、私の骨は何本折れるだろうか……。想像しただけで、私のガードスキルが……くっ、悲鳴を上げている……!」
ルビィは、ボロボロになった鎧をあえて脱ぎ捨て、薄いアンダーウェア姿で二万の軍勢の前に立ちはだかった。
「…………(何してんねんお前、風邪ひくぞボケ!)」
アキラは必死に叫ぼうとしたが、喉からは「ヒュー……」という虚しい風鳴りの音しか漏れない。
もどかしい。ツッコミどころが目の前に万単位で転がっているのに、それを指摘できないストレス。
それはアキラにとって、死よりも辛い苦行だった。
その時、シズクがアキラの手を取り、自分のノートとペンを握らせた。
彼女は無言で、アキラの目を見つめる。
『声が出ないなら、書いて。あなたの言葉は、形になれば「力」になる』
アキラは頷いた。
震える手で、ノートに猛烈な勢いで文字を叩きつける。
そして、一輪車で突っ込んでくる魔物たちに向け、そのページを掲げた。
【皿を回しながら攻めてくるな! お前らは大道芸のオーディション中か!!】
……シーン。
静寂。
物理的な爆発は、起きなかった。
文字によるツッコミは、アキラの「声」という媒体を通さないため、世界の理を書き換えるほどのエネルギーを持たなかったのだ。
「キキッ……。……文字が、小さい。……読めない……」
魔王軍のゴブリンが、一輪車を漕ぎながら鼻で笑った。
「…………(お前の視力が低いだけやろがい!! コンタクト作ってこい!!)」
アキラは心の中で叫ぶが、届かない。
二万の軍勢が、皿を回しながら、一輪車のタイヤでエルナたちの結界を削り取っていく。
「アキラ様……ごめんなさい。私のタコちゃんも、もう魔力が空っぽで……」
エルナの腕の中で、ぐったりとしていたタコ。
ナイトキャップも、ネクタイも、手旗信号の旗も失い、ただの「茹で上がる前の軟体生物」のようになっていたタコが――。
その時。
タコの瞳が、怪しくギョロリと動いた。
タコは自らの足一本を器用に使い、アキラが吐き出した血を「ぺろり」と舐め取ったのだ。
「…………(汚ねぇな! 何食うとんねん!!)」
アキラが目を見開く中、タコの体色が、紫から、まばゆいばかりの**「黄金色」**へと変化していく。
「あら!? タコちゃんが、アキラ様の『ツッコミ成分(血)』を取り込んで、究極形態に……!?」
黄金のタコは、アキラの首元に飛び移った。
そして、その八本の足を、アキラの喉仏を包み込むように、優しく、かつ強力に巻き付けた。
「…………(ひぎぃっ!? 首絞めとるやんけ!! 殺す気か!!)」
アキラが白目を剥きかけたその瞬間。
タコの吸盤から、冷涼な、だが凄まじい密度の魔力がアキラの喉へと流し込まれた。
それは「治療」ではなかった。
タコのヌメリと吸盤の吸引力が、アキラのズタズタになった声帯を**「物理的に強制補強」**し、さらにタコそのものが「高性能なスピーカー」として機能し始めたのだ。
アキラの喉元で、タコがネクタイを締め直し、マイクのような形に変形する。
「……あ、……あぁ」
声が出た。
それも、以前よりも深く、重く、地響きを伴うような、**「絶対的な肯定(を許さない)ツッコミの波動」**を孕んだ声だ。
「……おい。……エルナ、ルビィ。……シズク」
「アキラ様! 声が……タコちゃんと合体して、さらに渋くなってるわ!」
「アキラ殿……! その喉元で蠢くタコの感触……私にも、私にも味あわせてくれないか……っ!」
アキラは立ち上がった。
喉元に黄金のタコをネクタイのように巻き付け、全身から「なんでやねん」のオーラを立ち昇らせる。
前方には、二万の一輪車軍団。
彼らは今まさに、必殺の「一斉皿投げ(という名の不法投棄)」を繰り出そうとしていた。
「……ええか、お前ら。二万回も言わへんぞ」
アキラが大きく息を吸い込む。
喉のタコが、黄金の光を放ち、アキラの声帯と共鳴する。
「一輪車はなぁ……!! 公園で練習するもんやぁぁぁ!!
戦場で皿を回す暇があるなら、その皿で……美味いもんの一杯でも食わせてから来いボケぇぇぇ!!!」
「「「ボケぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」」」
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!
アキラの喉から放たれた衝撃波は、もはや一つの「天災」だった。
二万の一輪車軍団は、皿もろとも分子レベルで粉砕され、平原には巨大な「なんでやねん」の文字の形をしたクレーターが刻まれた。
空は晴れ渡り、魔王軍の影は一欠片も残っていない。
「……ふぅ。……タコ、お前、意外とやるやんけ」
アキラが喉元を触ると、黄金のタコは「キュ~」と満足げに鳴き、再びエルナの腕の中へと戻っていった。
「やったわ、アキラ様! 大勝利よ!」
「ああ……。アキラ殿の復活の咆哮……。私の鼓膜は、今、至福の時を迎えている……」
シズクも、無言でアキラに抱きつき、その胸元に『おかえり』と書いたノートを押し当てた。
こうして、フェンリル・パレスを巡る戦いは、一人の芸人と一匹のタコの共演によって幕を閉じた。
だが、これはまだ序章に過ぎない。
「……よし。……行くぞ、魔王城へ。
俺のこの『タコ付きの喉』が枯れる前に、魔王に最高のオチをつけさせたるわ!」
アキラ一行は、新たな絆(と変態性)を胸に、夕陽に向かって歩き出す。
喉の状態: タコ・ブーストにより「神のツッコミ」へと進化。
• タコの階級: 聖女のペット 兼 勇者の喉サポーター(黄金モード)。
• パーティー: 芸人・タコ・聖女・ドM・無口。




