第20話:心の汚れは「概念」ごと。ミリティ、勇者の記憶を漂白せよ!
シズクの「影の包囲網」から一夜明け、アキラの目の下には、もはや化粧では隠せないほど濃い隈が刻まれていた。
朝日は無情にも輝き、一行は再び旅の準備を始める。
エルナは朝食に「タコの踊り食い(タコが社交ダンスを踊りながら口に飛び込んでくる)」を推奨し、ルビィは「寝不足でふらつくアキラ殿に踏まれたい」と足元に転がっている。シズクは無言で、アキラの飲み干したコップの残り香を瓶に詰めていた。
「……もう、ええわ。俺、一回死んでリスポーンしたい」
アキラが力なく呟いた時、その背後に「シュッ」という小気味よい音が響いた。
ミリティだ。彼女は霧吹きと雑巾を手に、アキラの影の形に合わせて地面を磨いていた。
「……アキラ様。今の発言、0.3秒の『負のゆらぎ』を感じました。
精神の衛生状態が、深刻なレベルで汚染されています」
「お前のせいや!!
大体、なんで地面の『俺の影が落ちてた場所』を磨いとんねん!
影が去った後まで清潔にする必要あるか!!」
パキィィィン!
寝不足の割にキレのあるツッコミ。だが、ミリティは動じない。
彼女は杖(耳かき)をスッと掲げ、アキラの鼻先に突きつけた。
「アキラ様。最後は私です。
皆さんのボケを浴び続けて、アキラ様の『脳内メモリ』はゴミ箱がいっぱいになったパソコンのようになっています。
……マジカル・ディスクアップ・クリーン!!」
「横文字で誤魔化すな!!
お前、今俺の頭の中に直接魔法を流し込もうとしたやろ!
人の脳みそを洗濯機にかけるなぁぁぁ!!!」
「いいえ、アキラ様。これは『心の断捨離』です。
不条理なタコ、変態的な騎士、重すぎる獣人……。
それらの記憶を一度『アーカイブ(圧縮)』して、
ついでにアキラ様の過去の『恥ずかしい思い出』も、綺麗さっぱり消去してあげます!」
ミリティの瞳が、高圧洗浄機のノズルのように鋭く光る。
「……待て。今、サラッと言ったな。
『恥ずかしい思い出』を消すって、それ、俺の人格形成に関わる重大なバグやぞ!!
中学生の時に書いたポエムとか、
漫才の舞台でスベり倒して逃げ帰った夜の記憶とか……!
それが無くなったら、俺のツッコミの『深み(悲哀)』が消えてまうやろがい!!」
「……アキラ様。過去に執着するのは、部屋に古い雑誌を溜め込むのと同じです。
『あの時、右手を光らせて”俺の魂が叫んでいる”とか言っちゃった夜』の記憶……。
今すぐ、白紙に戻しましょう!!」
「なんでそれを知っとんねん!!!
お前、魔法で俺の脳内のフォルダ勝手に漁ったな!!
プライバシーの侵害や! 精神の家宅捜索や!!
その思い出は、俺が死ぬ時に『うわあああぁぁぁ!』って叫びながら墓まで持っていくもんや!
勝手にゴミ箱にドラッグ&ドロップするなぁぁぁ!!!」
ドガガガガァァァン!!!
アキラの魂の叫びが、ミリティの展開した「洗浄フィールド」を突き破る。
だが、ミリティは「ふむ」と頷くと、さらに強力な魔法を練り始めた。
「……頑固な汚れ(黒歴史)ですね。
では、奥の手です。……マジカル・概念漂白!!
この空間に存在する『ボケ』という概念そのものを、一時的に無効化します!」
ミリティが杖を振り下ろすと、周囲の景色が「真っ白なショールーム」のように漂白された。
すると、どうだろうか。
それまで暴れていたエルナが、真顔でタコを川に逃がし始めた。
「……そうね。聖女たるもの、軟体生物に固執するのは不衛生だわ。
これからは、純粋な『光』だけを信仰するわね。タコ焼き器も捨ててくるわ」
「エルナが……!? エルナが正気になった!?
タコを捨てた聖女なんて、ただの『光る置物』やないか!!」
さらに、地面に転がっていたルビィが、キリッと立ち上がり、鎧の襟を正した。
「……アキラ殿。先ほどまでの私は、騎士としての誇りを忘れていたようだ。
これからは、一歩離れた場所で、貴殿を紳士的に守護することを誓おう。
……あ、その、私のことは無視して構わない。それが真の礼儀だ」
「ルビィがドMを卒業した……!?
『無視して構わない』って言うてる時の目が、一ミリも潤んでへん!
嘘やろ、このパーティーから『不条理』が消えていく……!!」
シズクも、手に持っていた婚姻届の束を、静かに焚き火の中に放り込んだ。
(……アキラ様。個人の追跡は、公共の福祉に反する行為。
……私は、あなたの影ではなく、ただの『パーティーメンバーA』として振る舞う。
……婚姻届、全部燃やした。……さよなら、執着)
「シズクぅぅぅ!! お前までホワイト企業みたいな顔すな!!
婚姻届を燃やす時の顔が、まるで『不要な領収書』をシュレッダーにかけてるOLやないか!!」
アキラは周囲を見渡し、絶望した。
そこにあるのは、完璧に清潔で、完璧に理性的で、そして完璧に「面白くない」世界だった。
「……ミリティ。お前……何してくれたんや。
確かに、俺は『ボケがうるさい』って叫び続けてたけど……。
でも、こんな……誰もボケへん世界、俺、何にツッコんだらええねん!
俺の存在意義が、完全にデリートされとるやないか!!」
「……アキラ様。これが、あなたの求めていた『普通の、まともな世界』ですよ。
さあ、私のことも『便利な掃除用魔法デバイス』だと思って、清々しく旅を続けましょう。
思い出も、欲望も、汚れも……何もない、真っ白な未来へ!」
ミリティが、感情の消えた笑顔で、アキラに手を差し出す。
その手は、あまりにも綺麗で、あまりにも冷たかった。
「……ふざけんな!!
『まとも』って、こういうことちゃうわ!!
タコにまみれても、変態でも、ストーカーでも……!
そいつらが、生きて、喚いて、失敗して、それを俺が全力で叩き直す!!
その『無駄』こそが、俺の生きてる実感なんじゃ!!」
アキラは、自分の喉が裂けるほどの声で、真っ白な世界に向かって吠えた。
「お前の魔法は、世界の汚れだけやなくて、『心』まで洗濯してまいよったな!!
そんな綺麗なだけの世界、俺がツッコミ一発で……泥まみれに戻したるわ!!
お前の『潔癖魔法』の仕様書、今すぐここで破り捨てろぉぉぉ!!!」
ドゴォォォォォォォォォォン!!!!!
アキラの、過去最大級のツッコミが炸裂した。
それは、論理を越え、概念を越え、ミリティの「漂白フィールド」を粉々に砕き散らした。
光が弾け、色が戻る。
すると、次の瞬間。
「……あら? 私、なんでタコちゃんを川に流そうとしてるのかしら!
戻ってきて! あなたがいないと、私の頭頂部が寂しくて死んじゃうわ!!」
「はっ……! 私は今、何を……!?
アキラ殿に放置されるという『究極の放置プレイ』に酔いしれていたのか……!?
ああ、なんて罪深い……! さあ、アキラ殿! 今の失態を、1時間ぶっ通しで罵倒してくれ!!」
(……アキラ様。今、婚姻届を燃やす夢を見た。……悪夢。
……バックアップの2000枚目を、今すぐアキラ様の靴の裏に仕込む。……離さない)
三人が、いつも通り……いや、いつも以上のパワーでボケ倒しながらアキラに群がる。
「……ぜぇ、はぁ……。戻った……。
地獄に戻ってきたわ……。……ああ、喉が痛い。最高に喉が痛いわボケ……」
アキラが地面に膝をつくと、隣でミリティが「テヘッ」と舌を出した。
その瞳には、先ほどの無機質な光ではなく、いたずらっ子のような輝きが戻っていた。
「……合格です、アキラ様。
あなたが『ボケのない世界』を否定してくれた。
これで私も、心置きなく『世界のバグ(皆さん)』のお掃除に専念できます。
……あ、アキラ様。今のツッコミで、また唾液が0.5ミリ飛んで地面を汚しましたね。
はい、マジカル・モップ!!」
「お前、わざとやったな!!
俺の存在意義を確認するために、世界を漂白したやろ!!
この地味な策士め!!
お前が一番、俺の喉を戦略的に破壊しにきとるやないか!!!」
ドガァァァン!!
勇者アキラと、四人のバグたち。
個別面談を経て、彼らの絆(という名の不治の病)は、より一層深く、修復不能なものへと固定された。
「……よし。休憩は終わりや。(俺だけ全然休憩できてへんけど)
おい、野郎ども! 荷物まとめろ!
『バグの核心』へ向けて、出発や!!」
「「「「はーい!!(ギュルルルル/タコの鳴き声)」」」」
アキラのツッコミが、旅立ちの合図となって、どこまでも続く荒野へと消えていった。
• アキラの喉: 「ボケのない世界」の恐怖を知ったことで、以前よりツッコミに「愛の重み」が乗るようになった。
• ミリティの成果: アキラの「ツッコミの必要性」を再確認させ、パーティー内の不動のポジションを確保。
• 全体の雰囲気: 各自が「自分のボケはアキラの生き甲斐」だと勘違いし、第3章での暴走が約束された。




