鉄壁の守護者は「攻め」を待つ。アキラ、鋼鉄の迷宮から生還せよ!
河原での「タコ石生成事件」から数時間後。夜の帳が下り、焚き火の爆ぜる音だけが周囲に響く平穏な時間が訪れていた。……はずだった。
「……おい。ルビィ。そこどけ。俺のテントの入り口や」
アキラは、自分の寝床の前に、まるで「門番」のように鎮座している銀色の塊を見上げて溜息をついた。
重騎士ルビィ。彼女は今、フルプレートの鎧を完璧に磨き上げ(ミリティの仕業である)、月光を反射して不気味なほどに輝いている。
「……待っていたぞ、アキラ殿。……いや、『看守殿』と呼ぶべきか?」
「看守じゃねえわ!! 誰が刑務所を開設したんや!!
お前、なんで入り口を塞いどるねん。警護ならもっと離れたところで、普通に立っとけや!」
ルビィは、頬を微かに染め、震える手で自らの巨大な盾を地面に突き立てた。
「断る……! 今夜の私は、盾ではない。……アキラ殿という名の『正論の嵐』を受け止めるための、『避雷針』なのだから……!」
「避雷針に意志を持たせるな!!
あと、その盾! よく見たら、内側にトゲトゲのクッションが敷き詰められとるやないか!
守るための道具を、自傷用のインテリアに改造するなぁぁぁ!!!」
パキィィィン!
アキラのツッコミが夜風を切り裂き、ルビィの鎧を激しく振動させる。
「ひゃうんっ!! 響く……! 鎧の隙間から、アキラ殿の怒声が粒子となって肌を刺す……!
ああ、なんて贅沢な振動……。これぞまさに、魂のフルコースだ……!」
「食事にするな!! 聴覚で栄養を摂取しようとすな!!
お前、騎士道っていう言葉の意味、一度辞書で引いてこい!
『高潔』とか『誠実』って書いてあるはずや! 『変態』とか『マゾヒズム』とは一文字も被ってへんぞ!!」
「ふっ……。アキラ殿。貴殿は甘いな。
真の騎士とは、主君を守るために、あらゆる痛みを『悦び』に変換できなければ務まらんのだ。
……さあ、アキラ殿。私のこの、鋼鉄の自制心を、あなたの言葉で……物理的に粉砕してくれないか?」
ルビィは、おもむろに立ち上がると、アキラをテントの中へと押し込み始めた。
「ちょ、待て! 何すんねん! 狭い! 鎧の角が当たって痛いわ!!」
「……実は、秘密の修行を用意した。
このテントの内部は今、ミリティの魔法によって『音を一切外に漏らさない空間』になっている。
つまり……アキラ殿がここでどれだけ叫んでも、誰にも届かない。
私とあなた、二人きりの……『無限ツッコミ地獄』の始まりだ!!」
「地獄を密室で作るな!! どんなサウナやねん!!
あと、ミリティ! お前も余計な協力すな!!
『音漏れ防止』を、そんな不純な動機に使う魔法少女がおるか!!」
アキラの叫びは、確かにテントの布一枚を超えられず、内部で反響し、ルビィの鼓膜を激しく蹂躙した。
「ああ……っ! 反響する怒声が、逃げ場を失って私の全身を包囲する……!
アキラ殿、もっとだ! もっとこの、物理法則を無視した『世界の矛盾(私の存在)』を、叩き壊してくれ!!」
「お前自身がバグやって認めとるやないか!!
修正プログラム(俺)を、ただのマッサージ機代わりにするな!!
この『鋼鉄の欲求不満』め!!
お前が盾で守っとるんは、平和じゃなくて自分の『性癖』やろがい!!!」
ドガァァァン!!!
アキラの全力のツッコミが、狭いテント内で多重反響し、もはや物理的な衝撃波となってルビィを壁面に叩きつけた。
「ぐふっ……! 素晴らしい……。今の『性癖』という言葉のキレ……。
私の魂が、真っ二つに……いや、八つ裂きにされていく感覚……。
アキラ殿、……愛しているぞ。あなたのその、容赦のない正論を……!」
「愛をムチに変換するな!!
お前の愛、重すぎて鋼鉄の鎧より肩が凝るわ!!
大体、なんで俺が、夜の貴重な睡眠時間を削って、
鎧を着た大型犬のしつけをせなあかんねん!!
お前は一生、野原で転がっとけ!!」
ルビィは、床に倒れ伏しながら、恍惚の表情でアキラの足首を掴んだ。
「……逃がさんぞ。アキラ殿。
あなたが世界を直すというのなら、私はその『世界の汚れ(ボケ)』として、
永遠にあなたの前に立ちはだかり続ける。
……さあ、もう一度。……私を、叱ってくれ……!」
「ストーカーの宣言かそれは!!
目的が『世界征服』とかじゃなくて『叱られたい』って、
魔王も困惑して玉座から転げ落ちるわ!!
離せ! そのグローブの冷たさが、俺の心まで凍えさせるんじゃ!!」
アキラは必死に足を振り解き、防音魔法のかかったテントから這い出した。
外では、シズクが「18話:密室の騎士と勇者」というタイトルの付いた婚姻届の別紙を、月の光にかざして検品していた。
「……アキラ様。中の音、全然聞こえなかった。
……嫉妬。私の影、テントの中に滑り込ませたかった。
……ルビィ、ずるい。私も、声の粒子に包まれたい。
……あ。今、背中に貼ったのは、婚姻届じゃなくて『密室使用料の請求書(裏面に婚姻届)』。
……逃さない。共同責任者として、サインして」
「請求書の裏に何を仕込んどんねん!!
あと、ミリティ! お前も無言で石を並べるのをやめて、この状況をなんとかしろ!!」
ミリティは、アキラの足元にある砂利を一粒、ピンセットでつまみ上げると、静かに答えた。
「……アキラ様。ルビィさんの鎧の表面温度が、興奮で1.2度上昇していました。
冷却のために、バケツ一杯の聖水をぶっかけてもいいですか?
あ、ついでにアキラ様のシャツのシワも、高圧洗浄で伸ばしておきますね」
「高圧洗浄でシワを伸ばすな!! 体が真っ二つに割れるわ!!
あと、聖水をそんな打ち水みたいに気軽に使うな!!」
アキラは、夜空を見上げて再び深い溜息をついた。
聖女はタコ。騎士はドM。獣人はストーカー。魔法少女は潔癖。
この四人と一晩過ごすだけで、世界の謎よりも自分の精神が崩壊する方が早そうだと、彼は確信した。
「……もう、寝かせてくれ……。
俺の喉は、明日の朝には『カッサカサの砂漠』になっとるわ……」
「大丈夫よ、アキラ様。タコちゃんの分泌液で、保湿パックしてあげるから……」
「エルナ、お前はいつの間に背後に立っとんねん!!
そのパック、二度と顔から剥がれへんようになる呪いがかかっとるやろがい!!!」
アキラの悲鳴が、防音されていない外の世界へと、どこまでも響き渡っていった。




