第14話:禁断の魔導書は「世界のデバッグ」を夢見るか?
魔法学園ラピス・ラズリ。その地下深く、地図にも載らず、歴代の学園長ですら存在を忘却していた「静止した図書室」。
先日の四天王メフィストとの激闘の際、アキラが放った全力のツッコミの衝撃波が、物理法則を突き破って地下の防壁を粉砕してしまった。その結果、一行は偶然にも、この世の理から切り離された空間へと足を踏み入れてしまったのだ。
「……おい。ここ、どこやねん。カビ臭いし、空気の密度がおかしいぞ」
アキラが咳き込みながら暗闇を進む。松明の火を掲げるのは、当然のようにアキラの背後に張り付いているシズクだ。
(アキラ様。ここは、時間の流れが「渋滞」している。
私の野生の勘が、ここから先は「R18指定(愛の重さ的な意味で)」だと告げている。
暗い。狭い。密室。……今ここで、婚姻届に実印を押せば、闇に紛れて既成事実化できる。
……あ。足元に、私の抜け毛。これで、あなたの靴に私のDNAを付着させた。逃がさない)
「抜け毛をトラップに使うな! 掃除しろ!!
あと、既成事実に闇営業みたいな怪しさを持たせるな!
婚姻届は、もっとお天道様の下で、お互い納得した上で『しゃあないなぁ』って言いながら書くもんやろがい!!」
パキィィィン!
アキラのツッコミが暗闇を切り裂くと、その衝撃波が地下通路の埃を一掃し、最深部にある異様な扉を露出させた。
そこには、無数の「黄金の鎖」でがんじがらめに封印された一冊の本が、台座の上で不気味に、脈動するように浮遊していた。
「……何よ、あの本。見てるだけで、頭の中がタコの足でかき回されるような不快感がするわ……」
聖女エルナが、頭に乗せたタコをギュッと抱きしめながら、顔をしかめる。
「聖女の直感が言っているわ。あれは、読んじゃいけないやつよ。
開いた瞬間に、世界中のタコがイカに進化してしまうような、取り返しのつかない冒涜的な何かが詰まっている気がする……!」
「お前の直感は、全部タコ基準か!!
でも、確かに異様な雰囲気やな。学園の連中も誰も知らん場所にあるってことは、相当ヤバいブツなのは間違いないわ」
そこへ、重騎士ルビィが鎖の擦れる音を立てて、頬を赤らめながら前に出た。
「アキラ殿……! 感じるぞ……あの本から放たれる、圧倒的な『拒絶』のオーラを……!
あれは、触れる者を精神的に凌辱し、自我を粉々に粉砕するための罠だ……!
ああ、なんて素晴らしい……! 私が最初に触れよう! 私の脳を、その禁断の知識でズタズタにしてくれ!!」
「お前は一生、図書室の入館証を剥奪されとけ!!
知識を『攻め』の道具にするな! 本がかわいそうやろがい!!」
アキラがルビィの襟首を掴んで引き剥がし、自ら台座に歩み寄る。
アキラがその「黄金の鎖」に触れようとした瞬間――異変が起きた。
本来、何重もの強力な結界がかかっているはずの鎖が、アキラの指先が触れた瞬間に「カチリ」と音を立てて解け、サラサラと砂となって崩れ落ちたのだ。
「……え? 壊れた? 俺、まだ何もしてへんぞ?」
(アキラ様……。鎖が、喜んでいる。
「ようやく、俺を叱ってくれる奴が来た」って、鎖が咽び泣いている。
……嫉妬。無機物にまで、あなたは愛されるのね。
……その鎖、今夜、私とあなたの手首を繋ぐために再利用する)
「鎖の情緒を勝手に代弁するな!! あとリサイクル案が犯罪的すぎるわ!!」
封印が解け、魔導書がひとりでにパラパラと開く。
そのページには、文字ではなく「歪んだ景色」が描かれていた。
アキラが目を凝らすと、そこにはこの世界の「成り立ち」に関する、あまりにもバカバカしく、そして残酷な真実が記されていた。
無名の魔導書・断片
『記録。第8522次、世界構築シミュレーション。
原因不明の「論理的崩壊」が全域に蔓延。
物理法則は、個人の欲望によって上書きされ、整合性は消失した。
この世界は、神という名の作者が、締め切り間際に投げやりになって書いた「駄作」である。
あまりにボケが多すぎて、もはや収拾がつかない。
放置すれば、この世界は「シュールストレミングの缶詰」のように爆発して消滅するだろう。』
アキラの指が震える。
今まで、この世界の住人たちの異常な行動を「異世界だから」と割り切ろうとしてきた。だが、この本は言っている。これは「異常」なのだと。
「……投げやりな駄作?
ふざけんな。俺が今、必死に喉を潰しながらツッコんでるこの日常が、ただの『書き損じ』やと言うんか?」
(アキラ様。続きがある。……見て。
「唯一の修正手段は、外部次元より召喚された『論理的楔』による外部介入。
彼が矛盾を指摘するたび、世界の解像度は一時的に回復する。
ツッコミこそが、この宇宙を繋ぎ止める最後のネジである」……)
シズクがノートを掲げ、アキラの顔をじっと見つめる。
その無機質な瞳に、一瞬だけ深い慈しみが宿ったように見えた。
「……俺が、ネジ?
笑わせんな。俺は、ただの売れない漫才師や。
こんな、タコに人生捧げとる奴や、叩かれたくてたまらん奴らに、黙ってられへんかっただけやぞ」
そこへ、新顔の地味すぎる魔法少女・ミリティが、ハートの杖(先端は耳かき)を持ってトコトコと歩み寄ってきた。
彼女は魔導書の端に付着した、ほんの僅かな「文字の滲み」を見つけて、ひどく悲しそうな顔をした。
「……アキラ様。この本、すごく『行間』がバラバラです。
ここの一行だけ、フォントが微妙に明朝体からゴシック体に変わっています。……許せません。
私の魔法で、世界の記述を『一律12ポイント』に整えてもいいですか?」
「お前は事の重大さを理解しろ!!
フォントの乱れを直して、世界の滅亡が止まるかボケ!!
あと、マジカル・耳かきで魔導書をガリガリすな! ページが破れるやろがい!!」
ドガガガガァァァン!!!
アキラの激しいツッコミが、魔導書と地下室の空間そのものを直撃した。
すると、魔導書の中から「黄金のノイズ」が溢れ出し、周囲の景色がチカチカと点滅し始めた。
『エラー報告を受信。……修正パッチ「ツッコミ」を適用中。
世界の論理整合性を……0.0000001%回復。
勇者アキラ。……あなたの怒声は、この死にかけた物語への「人工呼吸」です。
ボケという名の癌細胞を、もっと……もっと激しく切り捨ててください……』
頭の中に直接響く、無機質な機械音声。
それは、アキラが今まで感じていた「世界への違和感」が、正しかったことを証明していた。
光が収まると、そこには元の、埃っぽい地下室が広がっていた。
魔導書はただの、中身が白紙になった古いノートに成り果てており、ミリティがそれを一生懸命、ハタキで叩いていた。
「……あ、アキラ様。本が白紙になりました。
汚れが完全に落ちたみたいで、とってもスッキリしますね。
私の『マジカル・ブリーチ』の効果です。これでお部屋もクリーンです」
「……お前の魔法は、世界の真実すら『漂白』してまうんか!!
大事な情報が全部消えたやないか!! この家事代行マシーンめ!!」
エルナがタコを頭に乗せたまま、不思議そうにアキラの顔を覗き込む。
「アキラ様? 急に難しい顔をして、どうしたの?
もしかして、あの本を読んで『タコ焼きの起源』を知ってしまったの!?
いいのよ、アキラ様。過去がどうあれ、今の私たちがタコを愛していれば、それで……」
「タコ焼きの話なんて一文字も載ってへんかったわ!!
あと、俺が深刻な顔しとる時に、タコの吸盤を俺の頬に吸い付かせるな!
集中力が全部『ぬめり』に持っていかれるわ!!」
ルビィがアキラの足元に滑り込み、恍惚とした表情で床を叩く。
「アキラ殿! 先ほどの黄金の光……!
私の細胞一つ一つが、あなたの言葉で『正しく直されていく』ような、暴力的な全能感……!
ああ、もっとだ! もっと私を修正してくれ!
私のこの、歪みに歪み抜いた生存本能を、言葉の金槌でペシャンコにしてくれ!!」
「お前の性癖は、世界の修正プログラムでも『修復不可』って判定されとったぞ!!
バグの化身かお前は!! 騎士の鎧を脱いで、反省文100枚書いてこい!!」
アキラは大きく肩で息をすると、地下室の出口へと続く階段を見上げた。
今まで、魔王を倒すのは「このふざけた世界から脱出するため」だと思っていた。
だが、もし自分がこの世界の「最後の理性」なのだとしたら。
自分のツッコミが止まった瞬間、この世界が、ただの「無意味な情報のゴミ溜め」になって消えてしまうのだとしたら。
ふとアキラは周囲を見渡した。
タコ狂いの聖女、ドM騎士、ストーカー獣人少女、潔癖魔法少女コイツらは決して無意味なゴミ溜めではない
そしてアキラは決心する
「……しゃあない。この世界を『まともな、退屈な世界』に戻してやるまで、俺の喉が物理的に消滅するのが先か、世界のバグを叩き潰すのが先か……。
どっちにしろ、魔王のケツを蹴り飛ばす理由は増えたわ」
シズクが無言で、アキラの背中にそっと「婚姻届」を、付箋のように貼り付けた。
(アキラ様。世界が直っても、直らなくても、私はあなたの後ろにいる。
……あ。今、背中に貼ったのは、婚姻届じゃなくて『世界を救うためのエネルギー充填ポート(裏面に婚姻届)』。
……逃さない。世界が再構築されても、私はあなたの「妻」として初期設定されるように、魔導書に自分の名前を書いておいた)
「勝手に世界の設定を改ざんするな!!
お前が一番、魔王よりタチの悪いバグやないか!!
全員、一回表に出ろ! 喉を休める暇も与えへんこの世界、一発殴らな気が済まへんわ!!」
アキラのツッコミが、地下室の天井を突き抜け、学園の時計塔を揺らした。
世界の「謎」の片鱗に触れたアキラ。
だが、隣にいる仲間たちのボケは、相変わらず1ミリも「修正」される気配がない。
勇者の戦いは、より一層、不毛で騒がしいものへと加速していくのであった。
アキラの現在の状況
・自分が「世界の整合性を守る最後の防衛線」であるという、あまりにも重すぎる設定に、喉が悲鳴を上げている。
・エルナ、ルビィ、シズク、ミリティという「バグの四天王」を連れて歩くことの矛盾に、頭が痛くなっている。
・魔導書を漂白したミリティを、今後「デリート担当」として警戒すべきか悩んでいる。




