第12話:寄り道した学園は地味な地獄! 獣人の愛は重く、魔法少女の術は家庭的
魔導大国の中枢、魔法学園ラピス・ラズリ。
青く輝く巨大な浮遊クリスタルが門を飾り、選ばれしエリートたちがホウキにまたがって空を飛ぶ、異世界でも最高峰の魔導の聖域。
本来なら、冒険者が憧れを抱き、襟を正して足を踏み入れるべき場所なのだが、アキラにとっては「四天王の情報収集のために、仕方なく立ち寄ったサービスエリア」程度の認識だった。
「……おい、シズク。そこどけ。門が見えへん」
アキラの目の前にあるのは、荘厳な装飾が施された正門ではない。シズクの、後頭部である。
彼女はアキラが視線を向ける先に、コンマ一秒の狂いもなく先回りし、物理的に視界をジャックする特技を持っていた。
「お前、一回くらい俺の視界から消えろ! 後頭部見すぎてノイローゼになりそうやわ!」
シズクは無言で、懐から使い古されたノートを取り出した。シュバババッ、と猛烈な速度でペンが走り、摩擦熱で紙が焦げた匂いが漂う。
(アキラ様の視界に、私以外のメスが入るのを防ぐ防波堤。
学園の女子生徒は全員、私が無言で「不合格」のタトゥーを額に刻んでおいた。
これで、あなたは私だけを見ていればいい。一生。逃さない)
「勝手に他人の人生を不合格にするな!
あと、防波堤にしては背が足りんわ! お前の耳が邪魔で、さっきから門番の顔が半分しか見えへんのじゃ!!」
パキィィィン!
アキラの鋭いツッコミが響き、余波で正門の結界にビビが入った。シズクは満足げに、だが無表情のまま、一歩だけ横にズレた。
シズクという少女の生態は、もはや「同行者」や「仲間」という言葉で片付けられるものではなかった。
アキラが学園の資料室で調べ物をしようと椅子に座った瞬間、彼女は椅子の脚になり代わろうとしていたのだ。
「……お前、なんで俺の股の間で四つん這いになっとんねん」
(アキラ様の体重を、ダイレクトに感じたい。
椅子のクッションなどという「不純物」は、私が昨夜のうちに全て中身を抜いておいた。
さあ、私の上に。……結婚記念日は、このポーズで写真を撮ろう。
私が土台。あなたがその上の、絶対的君主。……最高)
「撮るかぁぁぁ!! どんなプレイやねん!!
あと、学園中の椅子の綿を抜くな!
さっきから自習室で『……硬い。最近の魔導学は、お尻にも厳しいのか……』って困惑してる秀才たちの声が聞こえるわ!!」
シズクは無言で、さらにノートをめくる。
(アキラ様のツッコミ、時速300キロ。私の心拍数、時速5000回。
この不整脈こそ、愛の証。……今夜、学園の寮に忍び込んで、あなたの寝言を全自動録音する。
カセットテープ100本分。私の宝物。寝返りの音も、逃さない)
「ストーカーの告白を、計算式みたいに書くな!!
お前の心臓、もう爆発しとるやないか!! あと、カセットテープってなんや、この世界にあるんか!!」
シズクの重すぎる愛は、止まらない。
彼女はアキラの「飲みかけの水」を、まるで聖水のようにビンに詰め、自分の尻尾を筆代わりにして地面に魔法陣を描き始めた。
(これで、アキラ様のDNAを解析して、私の細胞と配合する。
人為的に二人の子供の予測図を作成。……名前は、太郎と花子。
……もう、小学校の入学手続きは済ませた。……無言で)
「……こえーよ!! 勝手に未来を確定させるな!!
配合すな、解析すな! それ、ただの唾液まみれの水やぞ!!
あと、なんで子供の名前に昭和の風吹かせとんねん! 異世界やぞ!!」
資料室を追い出され(主にシズクの奇行のせい)、中庭で聞き込みをしようとしたアキラの前に、一人の少女が立ちふさがった。
パステルピンクのフリルがついた衣装、手には大きなハート型の杖。
どこからどう見ても、この世界における「魔法少女」のステレオタイプだ。
だが、彼女の放つオーラは、学園の片隅に生えている苔よりも、あるいは薄めたお粥よりも薄い。
「あの……。すみません。そこの、声が大きくて血管が心配な方……」
少女が、おずおずと、消え入りそうな声で話しかけてくる。
「……誰が血圧高めの勇者やねん。俺はアキラや。四天王の情報を探しに来ただけやからな。入学も編入もしねーぞ」
「そうなんですね……。私は、微細魔法のミリティと言います。
あまりに皆さんの歩き方が『ガサツ』で……シャツの襟が0.5ミリほどズレていたので……つい、私の魔法で整えたくなってしまって……」
ミリティと名乗った少女は、おどおどしながらハートの杖を振った。
アキラは身構えた。魔法学園のエリートによる、空間を歪めるような強大な魔法が来るのか、と。
「……いきます。マジカル・チャック閉め!!」
ポスッ、という気の抜けた音と共に、アキラの鞄の半開きだったチャックが、淡い光に包まれて「シュルッ」と完璧に閉まった。
「…………え、それだけ?」
「はい。……あ、あとこれも。ミラクル・靴紐の左右対称化!!」
杖から微弱な光が放たれ、アキラの右の靴紐と左の靴紐が、1ミリの狂いもなく同じ長さ、同じ角度で揃えられた。
「…………(絶句)」
「……どうですか? 左右のバランスが整うと、歩行時の魔力のロスが、0.0001パーセントくらい軽減された気がしませんか?」
「……軽減されるかぁぁぁ!!!
お前、やってること『おせっかいなオカン』レベルやないか!!
わざわざ魔法少女のコスプレして、チャック閉めるな! 指で閉めるわ!!」
ドガガガガァァァン!!!
アキラのツッコミの風圧で、中庭の噴水が「左右対称」に形を変え、さらにシズクのノートが三枚ほど吹き飛んだ。
「ひゃうんっ!? あなたのツッコミ……なんて無駄のない『指摘』なの……!
私のマジカル・シャツの裾入れが、一瞬でかき消されるなんて……!」
「シャツの裾は、あえて出しとんねん! ファッションや!!
なんやねんこの学園、大魔法で世界を書き換える奴ばっかりかと思ったら、生活の細部を地味に干渉してくる『お掃除ロボット』みたいな奴がおるんか!!
魔法の無駄遣いも甚だしいわ!!」
ミリティは杖(先端をよく見ると、耳かきがついている)をギュッと抱きしめ、頬を赤らめた。
「だって……。派手な爆発魔法なんて、後からホウキで掃くのが大変じゃないですか……。
私はただ、この乱れた世界を『几帳面』にしたいだけなんです……」
「主婦のこだわりか!! 魔法少女なら、もっとこう……悪の軍団を星にするとか、そういう夢を見せろ!!
お前が星にできるのは、せいぜい『ガスコンロの焦げ付き』くらいやろがい!!」
三人のヒロイン、地獄の共演
そこへ、聖女エルナがタコを揺らしながらやってきた。
「アキラ様、見て! 学園の食堂で『タコの八本足の角度を測る定規』を借りてきたわ! これでタコちゃんの健康美が証明できるわ!」
「測るな! 野放しにしろ!!」
さらに、ルビィが鎖を引きずりながら現れる。
「アキラ殿! 今、校門でミリティ殿の魔法により、私のアンダーウェアのタグを、魔法で『チクチクしない位置』に修正されたのだ……!
ああ……! チクチクという快感が奪われる、この絶望……! さあ、もっと私の肌を、言葉の刃でチクチクさせてくれ!!」
「タグの向きなんてどうでもええわ!
お前ら、全員一回整列しろ!
タコ狂いの聖女、ドMの騎士、ストーカー獣人……。
そこに、新たに『地味すぎる潔癖魔法少女』が加わって、俺の精神衛生はどうなるんや!!」
アキラは頭を抱えた。
魔法学園という、本来なら「知性」と「神秘」の象徴である場所が、今やアキラにとっては「世界一ツッコミの効率が悪いゴミ捨て場」のように見えていた。
ミリティがおずおずと、アキラの背後に回り込み、杖を構える。
「……あ、アキラ様。あの……背中に、糸くずがついています。
マジカル・糸くず……」
「取るなと言っとるやろ!!
糸くず一本くらい、俺の人生の一部や!! 勝手に剥ぎ取るな!!」
ドゴォォォォォォォォォォン!!!!!
アキラの叫びと共に、魔法学園の時計塔が「正しく12時」を指して停止した。
ツッコミが物理法則を超え、ついに「時間のズレ」というボケまで修正し始めたのだ。
「……あかん。これ、情報の聞き込みどころじゃないわ。
ここに一日おったら、俺、世界中の『地味な汚れ』をツッコミで消去し続ける掃除屋になってまう……」
シズクがシュバババッとノートに書き込む。
(大丈夫。アキラ様が掃除屋になるなら、私はそのゴミ袋になる。
あなたの中に、私を詰め込んで。……不法投棄は、しないでね。……誓約書、書く?)
「書くかぁぁぁ!! 全員、一回黙って歩け!!」
アキラ一行の第2章、魔法学園編。
四天王の影も形も見えない中、アキラの喉は、かつてない「チクチクするボケ」の波状攻撃によって、削り取られていくのであった。
アキラの現在の心境
・魔法学園の偏差値が、地味すぎて逆に測れないことに恐怖している。
・シズクの「小学校の入学手続き」がどこで行われたのか、本気で心配している。
・ミリティの杖の「耳かき」が、いつ自分の耳を狙ってくるか、戦々恐々としている。




