第8章 少年2人と水
白い世界
人の列は今日も続いている。神は気まぐれながらも、人々をみて願いを聞いている。
『りんね』の中はまた様子が変わっている。プールが店の中に出来ているではないか。プールの中を泳ぐもの、プールサイドで食べたり飲んだりするもの、様々である。
ある海パンの少年2人がプールから出て来る。プールサイドからクーラーが効いた席に移動するまでにその姿を変える。少年野球の練習着に変わってしまったではないか。
席に座ってマスターが持ってきたものは、なんと水だけ。それも水道から出てきたばかりの少しだけ冷えた水。少年2人はその水を一気に飲む。
「この感じ。あん時は飲めなかったもんな」
「プールだって入れなかったもんな。体冷やすなって」
この少年2人はそう話すと、マスターは水を空になったコップに注いでくれる。自然と話が聞こえる。
瞬と大和
2人はバッテリーだ。瞬がピッチャー、大和がキャッチャー。少年野球に入ってから2人はいつも一緒だった。彼等のチームは勝ちっぱなしだ。ピッチャーの瞬は特徴があった。その当日には珍しい左投げ、柔軟な身体と長い腕、異常な程のクロスステップ、サイド気味のスリークォーターから投げられるボールは、左打者は視界の外になり投げるリリースポイントが見えない。右打者にはクロスファイヤーに自然となり、角度が異様についており打ちにくい。
一方、大和は強肩強打、守備もそつなく熟す。そして、瞬の球を取れる唯一の捕手。打順も常に4番。周りにもたくさん仲間がいて、少年野球では敵無し。全国大会に出場した。
中学に上がり、少年野球の彼等はそのまま中学野球部に入部し、勝利を重ねていく。ただ県大会には、全国大会常連校があってなかなか勝てなかった。私立中学でスカウトされた学生が半分授業そっちのけでやっている学校だけある。しかし、彼等が中学3年の夏には、なんと決勝で勝ち、優勝する。ブロック大会では惜しくも勝ち上がることは出来なかったが、有名な学校からスカウトが多く来た。2人を狙って。
2人はそれを断った。2人の答えは一緒だった。
「高校でも一緒にやる。自分達がチームを勝たせて甲子園に行きます」
彼等は高校に入った。
しかし運命はここから残酷になる。まずは瞬に異変が起こる。高校野球部で監督から、
「なんじゃあ、こんなフォーム見たことない!矯正したる」
瞬は特徴的だったフォームをいじられ、球筋が変わる。
そして少年野球から続いて来た負荷が彼の左腕に現れてくる。軽い痛みだったが監督は
「フォーム矯正しとるんや、痛み少しぐらい出るやろ。肩肘は投げれば投げるほど鍛えられる。黙って投げとけ」
今では考えられない。肩肘は消耗品だ、しっかりケアしなければならない。でもこれが常識として罷り通る時代。某400勝投手は肩を壊しても投げていた。
肩を冷やすなとプール禁止。
練習中の給水はバテるから禁止。
など、ザ昭和である。
瞬は肘を痛めた。それを庇いながら投げ続けるうちに肩も壊して、ピッチャーができなくなった。左投げの彼はファーストにコンバートされた。
次は大和だ。彼の身体は背があまり伸びなかった。キャッチャーとしては小柄であり、ある練習試合で、ホームでの交錯プレーで大きく弾き飛ばされた。コリジョンルールなどまだ無い。監督は激怒して大和に
「身体が小さい。キャッチャーから外野や」
大和は外野にコンバートされた。更に無理な遠投をさせられ、ある日利き腕を脱臼してしまい、何度も繰り返して脱臼は癖になる。選手から彼はマネージャーになってしまった。
もちろん甲子園など行けず、彼等は失意のまま生活して大人になり、最期を迎えて白い世界にやって来た。
ひとしきり話すとマスターが一礼して去っていく。
2人が立ち上がって扉へと向かうとプールは無くなり、いつもの店内に戻っていった。
神の前
[願いを言え。ひとつずつ叶えてやる]
2人は
「また2人で野球をやりたい」
願いは叶えられた。
新しい世界
あるグラウンド
今日はプロ野球選手たちが来てくれました。
楽しく野球しましょーねー!
元気な子供達に優しく指導している選手たち。
「.ピッチャー、キャッチャー集まって。」
「.お話ししてから始めるよ。」
2人にプロ野球選手が身体の大事さ、怪我の怖さを伝えてから指導に入っている。個性を大事にしながら。
神は気まぐれだ。過去の辛さを味合わせないよう、新たな未来のために願いを叶える。




