第1章 自動車整備士と親子とコーヒー
ここは白い世界。
光に向かって人は列を作っている。
列から少し離れた喫茶店『りんね』
みえるひとにはみえる、みえないひとにはみえない。
そんな喫茶店のなかにはいろんなひとがいる。
年齢も様々だ、年老いた白髪の男性やら筋骨隆々の女性、飛び跳ねるこども、泣き疲れた赤子まで様々だ。
テラス席では1人の汚れた作業着の男性が、母と子の2人に楽しそうに話している。
「あの時、としさんはこう言ってくれたんです。」
マスターはコーヒーを運ぶ。
男性は驚く。そしてコーヒーを口に含むと更に目を見開き感嘆の声を上げる。
「妻のコーヒーと一緒だ。マスターなぜこの味が!」
マスターは静かにこう答えた。
「ここでは望むものがしぜんと用意できるのです。」
マスターは続けてこう言った。
「楽しそうに話されていましたが、なんの話を?」
作業着の男性の名は、こうた。自動車整備を生業として来た。
ある時代において車はどんどん増えていった。そんな中、こうたは自動車整備士として、あるタクシー会社の車を整備し、乗る人が安全であるために手を抜かない職人だった。
ある日、礼服に身を包んだ男性が怒鳴り込んで来た。泣き叫び暴れ、膝から崩れた男は、とし。タクシーの事故により妻のさち、娘のさつきを亡くしていた。
シートベルトがまだ整備されていない時代。今のように座席に座れば必ずシートベルトということはなく、車も事故を考えて作られていない時代。交通事故では命が失われてしまうことが多い。
「タクシーを整備したやつを出せ!」
こうたが前に出ると、としは胸ぐら掴んでこう叫ぶ。
「お前がしっかり整備しないから、俺の家族はみんな亡くなった。運転手は言ってたぞ、ブレーキが効かなかったと」
こうたは愕然としてなにも答えられない。
しっかり整備した。間違いなく安全である車を引き渡しして説明した。考えが回り続ける。
「こんな整備士辞めさせろ!」
この数日後、こうたは会社を辞めさせられた。
「遺族感情を考えるとねぇ。すまんね。」
こうたは田舎へ引っ越した。そこで結婚し細々と整備工場を経営して来た。庭に花が咲いている。
田舎では整備できる人がいなくて困っている人たちが自分を頼ってくれた。それを誇りに、5年頑張ってきたある日にある黄色いタクシーが前に止まる。運転手が降りてきて、
「俺の車を整備しろ」
なんと、運転手は家族を亡くして泣き叫び暴れたあのとしだった。
としは嫌がらせにきた。エリートサラリーマンだったがあの日を境に転落し、妻と娘を奪ったタクシー会社に雇われるくらいに。
「わかりました」
こうたは鍵を受け取り、代車を渡した。
3日後
車を受け取り運転したとしは、驚く。キビキビ走り、しっかり止まる。曲がる時にはふらつかない。
文句を言ってやろうにも付け入る隙が無い。
会社に戻ると会話が聞こえる。あの事故の時ブレーキ効かなかったと嘘ついた。そのおかげで、俺にあいつのあたりはなかった。
としは愕然として会社を去ってしまった。
としは田舎に行き、こうたにこう言った。
「タクシー会社をやる。車の整備をお願いします。」
こうたは笑顔で答えた。
『りんね』の中。
窓ガラスの外にはどこかでみた花が咲いた庭。そして歩み寄ってくる女性。
こうたは驚く。
「お前なんでここに?」
女性は
「私のコーヒーの香りがしたから、はいってみたの」
こうたは母と子に話した
「僕は行きます。一緒に行きますか?」
母は言う
「としを待ちます」
光の中、こうたとその妻が、今まさに神と話している。
神が言う
[願いを言え。ひとつずつ叶えてやる]
こうたは言う
「また自動車整備士に」
妻は言う
「じゃあ私はこの人が整備した車で花屋さんをしたい」
新しい世界
黄色い車で整備工場に入ってくる。
「定期点検に来ました。」
若い女性が整備士に声を掛けている。
「3日後には安全な車に仕上がってますよ。」
整備士は更に言う。
「変わった車で花屋さんしてますね」
女性は答える
「田舎で見つけたんです。整備されてていい車だし、古いけどなんか目が離せなくなって。それに目立つでしょ、こんな車で花屋さんって」
神は気まぐれだ。ときに運命を掛け合わせる。




